にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1
不死川は子沢山家庭の長男ゆえか意外と世話焼き気質だから、ポヤポヤとした義勇をほっておけなかったのだろう。気持ちはわかる。
ともあれどうあがこうと、杏寿郎は義勇よりも十五ヶ月年下なのだ。ずっと一緒にいたくともそういうわけにはいかない。杏寿郎がいないのは寂しいけど不死川がいてくれるから学校も楽しいと、義勇が笑顔でいられたのだから、文句など言っては罰が当たる。……が、やっぱり羨ましい。
「けどアイツ、大学院に進む気なんだろ? 生活費は姉貴に頼らずバイトで賄ってるっつうし、家賃や光熱費を折半できるのは派手にありがたい話だろうによ。あいかわらず意固地なのな」
「蔦子姉さんにも頼らぬものを、我が家に頼るなど義勇がするわけないからな。だが、意固地というのとは違うぞ! 義勇はとても真面目で義理堅いだけなのだ!」
ハイハイといかにも苦笑めいた声で言う宇髄は、義勇たちとは三つ違いで、同じ学校に通ったのは小学校のころだけだ。中高は義勇たちと入れ替わりである。ほかの誰かならきっと、小学校を卒業すると同時に縁は薄れていたに違いない。
なのに、杏寿郎の従兄である伊黒も含めたメンツで今でもつるむことが多いのは、宇髄自身が杏寿郎たちを気に入ってくれているからだろう。
新進気鋭のイラストレーターとして脚光を浴びている宇髄は引く手あまたで、都心への引っ越しを進められることも多いらしい。都会とはいいがたい街で中古の単身用マンション暮らしなんて、華やかで派手な宇髄のイメージにそぐわないのだそうな。そんな言い分は杏寿郎にはピンとこないが、情報収集と分析力に秀でている宇髄が株取引でも一財産築いているのはよく知っている。弱冠二十三歳であっても宇髄ならば都心のタワマンだろうと自力で購入できるだろう。セレブ生活だってきっと思いのままだ。
それでも宇髄は、お節介な言葉を飄々《ひょうひょう》とした笑みで受け流し、慣れ親しんだこの街でいまだに暮らしている。
今日も今日とて呆れた顔で笑う宇髄が、義勇を案じているのは疑いようがない。当然のことながら、杏寿郎や不死川、このところなにやら忙しいらしくめっきり顔をあわせる機会が減っている伊黒のこともだ。
宇髄は在宅ワーカーだが、住んでいるマンションが近所なため、公園に杏寿郎たちが来たのが窓から見えるとこうしてフラッと現れる。息抜きと本人は言うが、最近は頻度が増えた。杏寿郎の受験が近づいたからだろう。
本当に宇髄はいい奴だなと、杏寿郎はちょっとだけ微笑んだ。
面白がりで事態を引っ掻きまわすこともそれなりにあるけれど、面倒見のいい男なのだ。杏寿郎と義勇の行く末を気にかけてくれているのだとわかるから、杏寿郎も、宇髄には父や母にも言えぬ相談をしがちだ。義勇も同様なのは、少々妬けなくもないけれども。
このメンバーで一番年下なのは言うまでもなく杏寿郎だが、末っ子扱いされているのはむしろ義勇だ。怒りっぽい不死川はしょっちゅう義勇に文句を言っているが、それでも長男らしい世話焼き精神を発揮してなんだかんだと面倒をみているし、みんなの兄貴分な宇髄にいたっては言うまでもない。皮肉屋の伊黒でさえネチネチと文句を言いつつも義勇をかまうから、杏寿郎はうれしくなるのと同時に、ちょっぴりヤキモキしたりもする。
当の本人は頑として認めないが、甘やかされるのに慣れている義勇は、年上の宇髄にはとくになついているのだ。これまた羨ましい。杏寿郎には無条件に甘えてくれやしないのに、宇髄にだけは完全に甘えん坊な弟の顔を見せるなんて、ズルい。
だからなぜおまえは冨岡に関してだけそんなに心が狭いんだと、伊黒には頭を抱えられるが、しょうがないではないか。杏寿郎の義勇馬鹿っぷりは、母曰く幼稚園からの筋金入りだ。
「もういっちょ追加で、煉獄と一緒に暮らしたら毎晩派手に求められて、身がもたないから嫌だ。こんなとこかね」
ブフォッと盛大な音を立て飲みかけたコーヒーを吹き出したのは、不可抗力だ。
「うぉっ! 汚ぇなぁ、おいっ! 大丈夫かよ」
むせた杏寿郎の背中を、宇髄がトントンとたたいてくる。ありがたいが、そもそも宇髄の発言が原因だ。いきなりそういう話を振るのはやめてもらいたい。
「…………宇髄、義勇はそういうことを君に相談しているのか?」
地を這うような声音になったのもまた、やむなしと思いたいところだ。
いつもの面々には杏寿郎の恋心などだだ漏れなので、義勇と晴れて恋人となって以降は、杏寿郎だってなにかと相談している。だから、義勇がよしんば宇髄に杏寿郎とのアレコレを相談したとしても、責める道理はない。
ないのだが、それはどうかと思うではないか。こればかりは杏寿郎の心が狭いうんぬんの話ではない。
宇髄は見るからに美丈夫で頼りがいもあり、信頼の置ける年上の男だ。とにかくモテる。小中高すべてで、宇髄のモテっぷりが伝説めいて語り継がれているほどなのだ。しかも彼女は三人。不誠実だとなじられてもしかたないところだが、彼女たち全員の同意のもとだと言うから恐れ入る。杏寿郎も宇髄の彼女たちとは顔見知りだが、それぞれ個性的でいい人たちばかりだし、三人とも宇髄とは相思相愛なのが傍目にもわかる。
そんな宇髄に、溺愛している恋人が自分の知らぬところで夜の営みについて話しているなど、想像するだけで照れくさいのを通り越し胸が焼けてもしかたがなかろう。
感想や愚痴があるのなら、俺に直接言ってくれればいいものを。義勇が望むならできるかぎり善処するというのにっ!
杏寿郎は胸中でうなる。ほんのちょっぴり落ち込みもする。実際、義勇が待てと言えば杏寿郎は脂汗が流れようと我慢して動かず待つし、無理はけっしてさせていないつもりだ。なのになぜ不満があるなら俺に言ってくれないのかと、不本意ながら少しだけすねたくもなった。
もう無理と訴えられることはあるが、駄目なのか? と悲しく見つめれば、義勇は受け入れてくれるから、同意の上であるのに違いはない。……はずだ。大丈夫。うむ。義勇はもうちょっと加減しろとは言うけれど、怒っていない。……はずだ。たぶん。
「ていうかよォ、宇髄にゴムの通販頼んでる時点で、おまえに文句言う権利ねぇだろ。そんぐらいコンビニで買えや。冨岡相手にそんなに盛れるってのが、俺にゃわかんねぇけどなァ」
少し乾いた笑い声を立てて言った不死川に、杏寿郎はちょっと唇をとがらせた。
このメンツだと少々子供っぽくなるのは、杏寿郎も義勇とどっこいどっこいだ。むしろ、義勇がいると無意識に背伸びして大人っぽく見られようとしてしまいがちなので、こちらのほうが素と言えなくもない。
そんな杏寿郎を宇髄は面白がり、不死川や伊黒は少々呆れつつも見守ってくれているというのが、このメンバーでの通常運転である。
わからんと言いつつ、不死川の顔に嫌悪の色は一切ない。従兄の伊黒だって、毎度まいど眉をひそめはしても、慎みを持てとの忠告だとか杏寿郎の義勇馬鹿っぷりへの呆れのほうが、だんぜん大きい。本当に友人に恵まれたと、杏寿郎は常々感謝している。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1 作家名:オバ/OBA