にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1
だがそんな輝かしい成績の数々が、最愛の幼馴染兼恋人に「えらいな、杏寿郎はすごい」と褒めてもらいたいがゆえだと知る者は、そう多くはない。
恋人だとはさすがに気づいていないだろうが、社長をはじめ運送会社の社員たちにも、杏寿郎が義勇になつきになつきまくっていることは知られている。なにしろここは、蔦子が勤めていた会社なのだ。
親戚には恵まれなかった冨岡姉弟であるが、遠くの親戚より近くの他人というのは事実らしい。遺産を着服していた親戚に、非合法な働き口を蔦子に斡旋するほどのあくどさがなくて幸いだ。安アパートをあてがったあとは勝手に就職先を探せとほったらかされたからこそ、煉獄家とも繋がりが持てたと言えなくもない。
十五歳と五歳で二親を亡くし健気に肩寄せあって生きる姉弟をたいそう不憫に思い、なにくれとなく心砕いてくれる社長がいる会社に勤められたのも、幸運であった。社長も専務も、社員たちも皆、蔦子のことをたいへんかわいがってくれている。
蔦子が寿退社した今でも頻繁に蔦子と義勇の名を会話に乗せているのは、ありがたくも微笑ましい。子に恵まれなかった社長夫妻にとって、蔦子と義勇は我が子とも思い大事に育てるべき存在なのだろう。離れて暮らす今もそれは変わらぬようだ。
小学生のころには、蔦子の退社時間を待ってこの公園で遊ぶことも多かったので、社長たちは義勇のこともよく知っている。となれば、杏寿郎だって顔馴染みなのは当然だ。
面接に訪れた杏寿郎が開口一番社長に言われたのは「よぉ、蔦子ちゃんの結婚式ぶりだな! で、いつからくる?」という、面接ってなんだっけと首をひねりたくなる一言である。
営業部長補佐という肩書の三毛猫を膝に抱いた社長から、履歴書を渡すまでもなく告げられた採用決定。履歴書持参の意味とはと思わなくもないが、採用ならば文句などあるわけがない。
即座に「できれば明日からでも働きたいです! よろしくお願いします!」と笑った杏寿郎に、営業部長を務める柴犬を撫でながら専務が苦笑していた。犬と猫の肩書の違いに二人の力関係が見えるとは、不死川の言である。
ちなみに、不死川も面接内容は似たようなものだったらしい。それもこれも蔦子への信頼あったればこそだと思うと、弟同然な杏寿郎もなんだか誇らしくなる。
めちゃくちゃ時間かけて履歴書書いたのによォと、不死川は遠い目をしていたが、杏寿郎にはピンとこない。履歴書を書いているときに顔をのぞかせた父に「どれ、見せてみろ」と言われ、素直に見せたらゲンコツを落とされたことのほうが解せぬ。
「志望動機に新幹線代などと書く奴があるかっ、この馬鹿息子!」
父は青筋を立てそう怒鳴ったが、正直は美徳だと父も母も言うではないか。嘘も方便とも言われたが。
それを話したらこの場にはいない伊黒にも、なぜ冨岡が絡んだとたんにおまえのIQは一気に下がるんだと呆れられた。杏寿郎からすれば、それこそなぜそんなことを言われるのかわからんと、首をひねらずにいられない。不死川には死んだ魚のような目をされ、宇髄には爆笑された。これまた解せぬ。
それはともかく。
「冨岡のこったから、煉獄が一緒に住んだらなし崩しに家賃だなんだを全部親父さんが払っちまうと思ってやがんだろォ。あとはアレか、引っ越しすんのがめんどくせェ」
「そのとおりだ! よくわかるな、不死川!」
「わからいでか。なんだかんだで付き合いも長ぇしなァ」
不死川の口調はボヤキに近いが、杏寿郎からすれば羨ましいことこの上ない。
小学校からのつきあいである不死川は、悔しいが杏寿郎よりも学校での義勇をよく知っている。小一から高三に至るまで、なぜだかすべて義勇と同じクラスという奇跡を得ているのだ。小中高すべての卒業アルバムには、義勇と不死川が一緒に写っている。
出席番号だってあまり離れてなかったせいか、修学旅行も全部同じ班だ。よしんば杏寿郎が義勇とクラスメイトだったとしても、冨岡と煉獄では同じ班になれたか怪しい。名字一つとっても格段の差だ。
おまけに小学校の登校班だって同じだったのだから、偶然なんて言葉ではおさまらないものを感じざるを得ない。
登園時間より毎朝二十分も早くに母と一緒に家を出て「おはよう義勇! いってらっしゃい! いってきます!」と挨拶するだけの二年間を過ごさねばならなかったと杏寿郎に比べ、不死川は労せず義勇と一緒。なんなのだ、この差は。
杏寿郎が小学校に入ってからは、家を出る時間はさらに十分早まった。毎朝大急ぎで義勇たちの集合場所まで駆けていき、義勇と挨拶を交わして不死川に「登校するあいだ義勇を頼む!」とお願いしたら、自分の集合に間に合うよう駆け戻る。そんな毎日だった。
不死川はあくび混じりに集合時間ギリギリに現れることも多かったので、逢えるかどうかは運次第なところはあったけれども、それはべつにいい。義勇に朝一番に挨拶をする。それこそが肝要だったのだから気にするほどのことではない。どうせ学校に行けば逢えたのだし、いちいち頼み込まずとも不死川が義勇から目を離さずいてくれることぐらい、杏寿郎だってちゃんと知っていた。
ちなみに、宇髄は登校班こそ違えどルートがかぶるそうで、毎朝途中からは一緒だったと聞いている。やっぱり朝に義勇と過ごす時間は杏寿郎よりもちょっとだけ長い。想像するだに楽しい登校風景だ。
なぜ杏寿郎の班だけは違う道なのか。どれだけ悔しがろうと、こればかりは年齢同様に杏寿郎にはどうしようもなかった。一年時は同じ一年のお友達を、二年からは加えて年下の子達を守るという責務を負った杏寿郎が、勝手にほかの班にまじって登校できるわけもない。
毎朝明るく笑って登校していたものの、一刻も早く義勇に逢いたいとほとんど早足になったのは当然だろう。「杏《きょう》ちゃん待ってっ。早いよぉ」と一、二年生から泣きが入って、謝り倒したことも二、三度あった。……もしかしたら、五度くらいはあったかもしれない。いや、八……十? 年に二、三度のうっかりぐらい誰しもあるものだ。
それはさておき。
思えばなんと涙ぐましい日々だったのか。中学に入るまで一度も義勇と一緒に登校できなかったのを思い返すたび、今でも杏寿郎は「日本の教育制度は恋する者に厳しすぎる!」と天に向かって叫びそうになる。
そんな苦労をせずとも毎日義勇と一緒にいられた不死川が羨ましい。じつに羨ましすぎる境遇ではないか。ちょっぴり妬ましくすら思える。
十五ヶ月違いの杏寿郎は、中学高校は一年ずつしか義勇とともに通えなかったというのに、不死川は十二年間一緒なのだ。これを奇跡と言わずしてなんと言う。
運命とは言わない。口が裂けても言いたくない。けれども縁深いことに違いはないし、不死川はいい奴だ。杏寿郎が同じ学校に通えぬあいだ、誤解されがちな義勇を見守ってくれた。
短気で怒りっぽい不死川は、口下手な義勇に対する苛立ちを隠さない。慣れぬ者には不仲だと思われがちだ。それは今でも変わらないが、実のところやたらと突っかかっていたのは、せいぜい最初の一年だけである。杏寿郎がようやく小学校に入学できた年には、すっかり義勇の保護者っぷりが板についていた。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1 作家名:オバ/OBA