二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1

INDEX|2ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 心外の極み……とは、口にしづらい。二階以上の部屋なら、階下を水没させる可能性もあるとの言にも、反論は難しいところだ。
 一人暮らしとは、家事をすべて自分でこなすのと同義である。まともに生活したかったら、掃除洗濯、炊事もすべて、自分でしなければいけない。
 それこそが、杏寿郎の一人暮らしをみんなが阻止したがる理由だった。

 突然だが、煉獄杏寿郎という男の家事スキルは、ゼロどころかマイナスである。母のお腹に家事能力をすべて置いてきたのだろうとは父の言だ。忘れ去られた家事の才能は、そっくりそのまま弟の千寿郎が二人分持って生まれたと思われる。千寿郎の家事スキルは幼稚園児のころでさえ杏寿郎を遥かにしのぎ、小学五年の今ではベテラン主婦並みなので、眉唾とも言いがたい。
 とはいえ、掃除はまだいい。これだけは杏寿郎だって人並みにこなせる。雑巾がけはむしろ得意だ。
 だが、炊事洗濯になると、杏寿郎はたちまち人間凶器と化す。台所のリーサルウェポン。年上の友人である宇髄が命名した杏寿郎の二つ名に、誰もが神妙な顔でうなずく始末だ。
 包丁を持てばまな板が真っ二つ。火にかけたフライパンや鍋が、天井に届かんばかりの勢いで燃え上がったのも一度や二度ではない。これならどうだとご飯を炊けば、炊飯ジャーが煙を吹き壊れる。無洗米と水を入れてスイッチを押しただけなのに、なぜだ。こればかりは誰にも解けぬ長年の謎だ。
 それでもどうにか料理ができあがることもまれにあるが、正直、ダークマター以外の何物でもない。

 天国に一番近い料理。食べるな危険。食い物を粗末にすんじゃねぇ!

 杏寿郎が作った料理を前に宣われた数々の言葉には、常にポジティブな杏寿郎ですら粛々と土下座するよりなかった。
 中学のころに友人たちとキャンプに行ったときも悲惨だった。杏寿郎の壊滅的な調理スキルを甘くみていた友人たちとカレーを作ったのだが、できあがった代物ときたら……。杏寿郎が鍋の前にいた時間は、ほんの数分である。なのにどうしてこうなった。
 唖然とする一同を前に、先輩であり友人でもある不死川が脳天に落としてきた拳骨は、かなり痛かった。仲の良い従兄の伊黒にすら、すまんこれは庇えそうにないとさじを投げられたカレーは、なぜだか紫色をしていた。
 まぁ、あれはあれで、不本意ながらある意味役に立ったと言えなくもないのだが。

 ともあれ、そんな諸々の惨劇を経て、誰もが悟るのだ。煉獄杏寿郎に鍋釜包丁を持たせるな。煉獄家のみならず、親しい友人全員の総意であるのは言うまでもない。
 巷にあふれるレンジでチンするだけの便利な食品も、杏寿郎にとってはこれまた鬼門だ。
 なぜ、レンジというのは爆発するのだろう。聞いても誰も納得のいく答えを返してはくれない。

 普通は爆発しねぇから!

 最初のうちは誰もが青筋立ててそう言ったものだが、今では誰一人まともにとりあってくれやしないありさまだ。残念ながらこれからも謎は謎のままだろう。
 三代目の電子レンジがご臨終となったのを機に、杏寿郎は台所への立入禁止を母より厳命されたため、冷食やチルド食品にも見放された。レンジに触れたのは、小六の二月が最後だ。
 ちなみにそのとき温めようとしたのは……というか作ろうとしたのは、ホットケーキミックスを使って簡単にレンジで作れるという触れ込みのフォンダンショコラだ。だができあがったのは、なにやら怪しげな泡をブクブクと立てる炭である。レシピを考案した人も、よもや自分のレシピで炭が誕生するなど夢にも思わなかっただろう。ご臨終した電子レンジも最後の仕事がこれではやりきれまい。
 作ろうとしたチョコは、買い替えられたオーブンレンジを使用し、当時まだ幼稚園児だった千寿郎が作ってくれた。大好きな黒猫へのプレゼントだというのに、杏寿郎がやったのはホットケーキミックスやココアの分量を計ることだけだ。やるせないことこの上ない。
 まだ告白する気はなかったとはいえ、初恋を自覚していた杏寿郎にとっては気合と期待のこもったチョコだったのだ。来年の今頃には絶対に恋人になっているのだと、心に誓いと希望を抱きながら作ったチョコだ。アナログかつ理科の実験と変わらない作業だけでも、自分の手でできて良かった。
 材料を混ぜ合わせることすら、幼稚園児らしからぬ達観した透明な笑みを浮かべた千寿郎に「大丈夫ですから」と断られはしたけれども。それでも、ほんのちょっとはやれることがあったのだから、本当に良かった。
 型をレンジに入れるのでさえ、まるで出来の悪い子をやさしく見守る慈母のような目で「あ、本当に大丈夫ですから」とやんわり微笑まれつつ阻まれたが、チョコは無事にできたのだから良かったったら良かったのだ……うむ。
 そんなありさまになるのを確実に予測済みだったであろう母が、杏寿郎にまだまだ寿命には間があるレンジの使用を許可した理由は、あまり考えないでおきたい。いそいそと新たなレンジを買いに行った母が買い求めたのは、新発売の高機能オーブンレンジだ。新聞広告を見ながら母が「いいですね……」とつぶやいていた機種である。かなりお高いらしい。とりあえず、煉獄家の献立レパートリーはぐんと増えた。

 母の思惑はともかくとして。
 では洗濯はどうかというと、煉獄家の脱衣所に鎮座している洗濯機は、四代目である。それで察してほしい。
 廊下にまであふれ出た泡で足を滑らせた父が、思い切りすっ転んで足を骨折したその日から、洗濯機には『杏寿郎 触れるべからず』と母直筆の書が貼られている。
 市のカルチャーセンターで講師をしている母の書は、墨痕鮮やかかつ整然として美しいが、見るたび杏寿郎の眉はへにゃりと下がる。猫が泊ってゆくたび、じっとその紙を見ているのがまた、いたたまれない。
 口頭で充分ですと、杏寿郎にはめずらしく母に反発したこともあるが、菩薩の如く穏やかながらもどこを見てるのか判然としない目で微笑まれただけで終わった。今も洗濯機には、美しい筆跡で情けなさをかき立てる文言をしたためられた半紙が、堂々と貼られている。
 杏寿郎の手からは白物家電を破壊する電磁波が出ているとは、まことしやかに友人連中がささやくところだ。
 そんな杏寿郎ですら箒とちりとりを使えばできるのだから、掃除という家事は素晴らしい。『禁杏寿郎』の札が貼ってある掃除機と違って、杏寿郎が使っても壊れない。アナログ万歳。ありがたいかぎりだ。

 閑話休題。

 さて、そんなこんなで台所のリーサルウェポンの名を確固たるものにしている杏寿郎が、一人暮らしなどすればどうなるか。水浸しになった階下の住人から怒鳴り込まれるぐらいならまだマシで、最悪、家を焼け出されるに違いないというのが、みなの共通認識である。両親にしてみればそうそう許可できるものではない。不本意ながら、杏寿郎だってそれは理解している。
 杏寿郎が壊した家電の買い替えだけでも――否、加えて台所の修繕も何度かしている――かなりの出費を強いられている煉獄家だ。