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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1

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 ところが、杏寿郎が一人暮らしをするには、年齢以上に深刻で高すぎるハードルが存在する。父や母だけでなく、親しい友人たちもそろって真顔になり、やめておけと言うほどのハードル……いや、今はなきベルリンの壁クラスの難題だ。なにしろ大のお兄ちゃんっ子で杏寿郎を心の底から尊敬してくれている千寿郎さえもが「生き急ぐような真似はやめてください、兄上」と涙声で言う始末である。
 たかが一人暮らしで、この言われよう。あんまりではなかろうか。
 たいへん心外ではあるが、進学先を決めるにあたっても少々もめた。もちろん学力のレベルや学費うんぬんではなく、学校の場所が問題で、だ。
 杏寿郎が進学を希望する大学は、先にも述べたとおり煉獄家から離れた場所にある。県を二つほどまたいだ地方都市だ。家から通うなら新幹線通学になる。移動に大幅に時間を取られるのは必至で、バイトもできないし、学業にも支障が出るかもしれない。
 ここまでくれば誰だって、大学近くにアパートでも借りるのが妥当と考えて然るべきだろう。杏寿郎だって春からの一人暮らしをまったく疑っていなかった。
 ところが、父や母はそろって渋い顔をした。新幹線通学も問題がないとはいえないが、杏寿郎に一人暮らしさせるよりはまだマシだと。
 その理由はといえば、父や母曰く。

「アパートが燃えたら、どう責任を取るつもりか」

 だ、そうな。
 心外の極み……とは、口にしづらい。二階以上の部屋なら階下を水没させる可能性もあるとの言にも、反論は難しいところだ。
 なにしろ一人暮らしとは家事をすべて自分でこなすのと同義である。まともに生活したかったら、掃除洗濯、炊事もすべて、自分でしなければいけない。杏寿郎だって当然そのつもりでいる。
 だがそれこそが、杏寿郎の一人暮らしをみんなが阻止したがる理由だった。



 突然だが、煉獄杏寿郎という男の家事スキルは、ゼロどころかマイナスである。母のお腹に家事能力のすべてを置き忘れてきたのだろうとは父の言だ。忘れ去られた家事の才能は、そっくりそのまま弟の千寿郎が二人分持って生まれたと思われる。千寿郎の家事スキルは幼稚園児のころでさえ杏寿郎を遥かにしのぎ、小学五年の今ではベテラン主婦並みなので、眉唾とも言いがたい。
 とはいえ、掃除はまだいい。これだけは杏寿郎だって人並みにこなせる。雑巾がけはむしろ得意だ。
 だが、炊事洗濯になるとてんで駄目だ。杏寿郎はたちまち人間凶器と化す。台所のリーサルウェポン。年上の友人である宇髄が命名した杏寿郎の二つ名に、誰もが神妙な顔でうなずく始末だ。
 包丁を持てばまな板が真っ二つ。フライパンや鍋が天井に届かんばかりの勢いで燃え上がったのも、一度や二度ではない。これならどうだとご飯を炊けば、炊飯ジャーが煙を吹き、十中八九壊れる。無洗米と水を入れてスイッチを押しただけなのに、なぜだ。こればかりは誰にも解けぬ長年の謎だ。
 それでもどうにか料理ができあがることもまれにあるが、正直、ダークマター以外の何物でもない。

 天国に一番近い料理。食べるな危険。食の破壊者《デストロイヤー》。

 杏寿郎が作った料理を前に宣われた数々の言葉には、常にポジティブな杏寿郎ですら粛々と土下座するよりなかった。
 中学のころに友人たちと初めてキャンプに行ったときも悲惨だった。杏寿郎の壊滅的な調理スキルを甘くみていた友人たちとカレーを作ったのだが、できあがった代物ときたら……。
 杏寿郎が鍋の前にいた時間は、ほんの数分である。なのにどうしてこうなった。
 唖然とする一同を前に、先輩であり友人でもある不死川が「食い物を粗末にすんじゃねェ!」との怒鳴り声とともに脳天に落としてきた拳骨は、かなり痛かった。仲の良い従兄の伊黒にすら「すまん、これは庇えそうにない……」と文字どおり匙《さじ》を投げられたカレーは、なぜだか紫色をしていた。
 まぁ、あれはあれで、不本意ながらある意味役に立ったと言えなくもないのだが。

 とにもかくにも、そんな諸々の惨劇を経て誰もが悟るのだ。煉獄杏寿郎に鍋釜包丁を持たせるな、と。
 巷にあふれるレンジでチンするだけの便利な食品も、杏寿郎にとってはこれまた鬼門だ。
 なぜ、レンジというのは爆発するのだろう。聞いても誰も納得のいく答えを返してはくれない。

 普通は爆発しねぇから!

 最初のうちは誰もが青筋立ててそう言ったものだが、今では誰一人まともにとりあってくれやしないありさまだ。残念ながらこれからも謎は謎のままだろう。
 三代目の電子レンジがご臨終となったのを機に、杏寿郎は台所への立入禁止を母より厳命されたため、冷食やチルド食品にも見放された。レンジに触れたのは、小六の二月が最後だ。
 ちなみにそのとき温めようとしたのは……というか作ろうとしたのは、レンジで作れるという触れ込みのフォンダンショコラ。ぶっちゃけバレンタインのチョコである。
 毎年贈りあっていた友チョコだが、その年は特別だ。友達として贈るのはこれでおしまい。来年のバレンタインはきっと……と、面映ゆさと膨らんでいくばかりの恋心を込めたチョコだった。
 だが、できあがったのはなにやら怪しげな泡をブクブクと立てる炭だ。レシピを考案した人も、よもや自分のレシピで炭が誕生するなど夢にも思わないだろう。ご臨終した三代目電子レンジも最後の仕事がこれではやりきれまい。
 結局チョコは買い替えられたピカピカのオーブンレンジを使用し、当時まだ幼稚園児だった千寿郎が作ってくれた。杏寿郎はホットケーキミックスやココアの分量を計っただけ。やるせないことこの上ない。
 それでも、アナログかつ理科の実験と変わらない作業だろうと、できることがあったのだから、良しとすべきだろう。「俺が作った」とは口が裂けても言えないが、「俺も手伝った」とはかろうじて言えるのだから。
 材料を混ぜ合わせることすら、幼稚園児らしからぬ達観した透明な笑みを浮かべた千寿郎に「大丈夫ですから」と断られはしたけれども。それでも、ほんのちょっとはやれることがあったのだから良かった。
 型をレンジに入れるのでさえ、まるで出来の悪い子をやさしく見守る慈母のような目で「本当に大丈夫ですから」と微笑まれつつやんわりと阻まれたが、チョコは無事にできたのだから、良かったったら良かったのだ。無念さは拭い難いが、ポジティブ思考と切り替えの早さは杏寿郎の美点のひとつだ。
 そんなありさまになるのを確実に予測済みだったであろう母が、まだまだ寿命には間があるレンジの使用を杏寿郎に許可した理由は、あまり考えないでおきたい。いそいそと新たなレンジを買いに行った母が買い求めたのは、新発売の高機能オーブンレンジだ。新聞広告を見ながら母が「いいですね……」とつぶやいていた機種である。かなりお高いらしい。とりあえず、煉獄家の献立レパートリーはぐんと増えた。

 母の思惑はともかくとして。
 では洗濯はどうかというと、煉獄家の脱衣所に鎮座している洗濯機は、四代目である。それで察してほしい。
 廊下にまであふれ出た泡で足を滑らせた父が、思い切りすっ転んで足を骨折したその日から、洗濯機には『杏寿郎 触れるべからず』と母直筆の書が貼られている。