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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1

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 ナイトよろしく手を引く杏寿郎に、ありがとうと笑って素直についていく姿はたいそう愛らしかったと、母は懐かしそうに笑う。
「義勇さんのおかげで、子育てがとても楽です」
 いつも義勇がお世話になってと恐縮する蔦子に、母がコロコロと笑ってそう言っていたのは、掛け値なしの本音だっただろう。
 義勇さんはちゃんとうがい手洗いしてますよだの、遊んだ玩具を片付けられて義勇さんはえらいことだの言われれば、杏寿郎だってきちんとせねばと張り切る。お手伝いやお勉強だって義勇と一緒なら以前にもまして進んでするし、義勇に恥をかかせてなるものかと礼儀作法だってバッチリだ。父から習いだした剣道も、義勇を守る強さを身につけるため真剣に打ち込んだ。
 おばけだって怖くないし、転んでも泣いたりしない杏寿郎だけれど、義勇に嫌われるのは怖い。悲しくてつらいに決まっている。嫌われるのは絶対に嫌だ。
 義勇に呆れられたり眉をひそめられたりしないよう良い子に、義勇を守る騎士となるべく今以上に強い子になるのだと努めた結果、杏寿郎はまったく手のかからぬ子になった。駄々をこねたりわがままを言うなんて子供じみた真似はもってのほか。反抗期? なんですか、それ。ってなものだ。
 とはいえ、義勇はおっとりとしているわりに存外気が強いので、深窓の姫君のごとくに守られるつもりなどさらさらないだろうが、気持ちの問題である。

 どれだけ杏寿郎が頑張ろうと、家事能力に関してだけはいかんともしがたかったのだが、それはまぁしょうがない。義勇はそんなことではちっとも杏寿郎を嫌ったりしなかったし、それどころか、杏寿郎よりもできることが俺にもあってうれしいと笑うから、今まで問題にもならなかった。
 千寿郎が生まれてからは、杏寿郎が生来持つ庇護欲もいや増したものだが、義勇だって負けず劣らずである。兄貴分として堂々と可愛がれるからか、義勇は千寿郎にはたいそう甘い。千寿郎が家事を好むようになったのは、大好きな義勇が率先して母や姉の手伝いをするのを見て育ったからだろう。杏寿郎を尊敬してやまぬ千寿郎だけれども、こと家事に関してだけは、母の次に義勇を師と崇め奉っている兆候すらある。
 そんな煉獄家であるから、家電や家さえ無事ならば、杏寿郎の家事音痴もとくに問題視されていなかった。だというのに、ここにきてまさに杏寿郎の破壊神もかくやな家事能力こそが、義勇を連れ戻すにあたっての大問題なのだ。
 煉獄家一同が落とすため息は、とてつもなく深かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そんなの同棲すりゃ派手に解決じゃねぇの?」
 呆れた声で言う宇髄の感想はもっともだ。もちろん杏寿郎だって最初はそのつもりだった。一人暮らしより二人暮らし。同棲。いい響きだ。当然、夢見ている。
 けれども。 
「義勇が許してくれないのだ……」
「あー……あいつはそうかもなァ」

 十一月も末が近づく児童公園は、日が暮れてしまえば子供の姿はない。街灯に照らされた小さな公園は静かなものだ。
 缶コーヒーを手にベンチに腰掛けた杏寿郎は、深くため息をついた。
 すこぶる体格のいい男三人が並んで座るには、児童公園のベンチはいかにも狭い。けれど木枯らしが吹くこの季節、ギュウギュウとくっつきあうこの狭さこそがちょっとありがたかった。
 幹線道路を挟んだ向かいには、杏寿郎たちがアルバイトをしている運送会社がデンッと建っている。個人経営の中小企業ではあるが、そこそこ羽振りはいい。大の猫好きな社長と、無類の犬好きな専務兼奥さんの人柄もよく、バイト先としては大当たりだ。

 杏寿郎がここの倉庫で仕分けのバイトを始めたのは、高二の春。義勇が進学のために地方へと引っ越したのにあわせ即バイトを探し始めた杏寿郎に、蔦子が勤めていた運送会社を紹介してくれた。
 大学に合格した不死川も似たような経緯で一足先にバイト採用されている。
 不死川もこの児童公園で杏寿郎たちと一緒に弟妹連れで遊ぶこともあったから、もともと運送会社の面々とはそれなりに顔見知りだ。そのせいか馴染むのはやたらと早かったらしい。杏寿郎も同様で、この夏までは部活動で忙しくシフトに入れない日も多かったが、肩身の狭い思いをせずにいる。
 身近にいる大人はみな本当にいい人たちばかりだとしみじみ思いつつ、道向かいで煌々と光る運送会社の看板を見るともなしに見やった杏寿郎は、手にしたコーヒーをグビリと飲んだ。会社に設置された自販機のコーヒーはブラックが最安値で七十円。遠距離恋愛中でいろいろと物入りな杏寿郎にとっては有り難いかぎりだ。
 そんな優良職場ではあるが、休憩になると社員とは別に過ごすことが多い。社員の多くが休憩する倉庫の裏手にある喫煙所は、高校生の杏寿郎には少々難ありなのだ。周りに喫煙者がいないこともあり、タバコの臭いは好かない。自然、向かいにある馴染みの児童公園に足が向かう。
 この秋に成人した不死川も喫煙者ではないし、杏寿郎が入る前から休憩時間には公園のベンチで過ごしていたと聞く。バイト初日に誘われるまま喫煙所で休憩したら、自身はタバコなど吸わなかったにもかかわらず、弟妹から「兄ちゃん臭い! 近づかないで!」と避けられたのだそうな。なんとも恐ろしい話ではないか。
 弟妹を溺愛する長男にとって、たいそうショックだったのは想像に難くない。まるで真っ白に燃え尽きた某ボクシング漫画の主人公めいたありさまとなった不死川に、宇髄は「そりゃ派手に災難だったな」と笑ったが、杏寿郎にとっては笑い事ではない事態だ。千寿郎から同じ非難を浴びないよう気をつけろとの忠告に従い、杏寿郎も喫煙所には近づかぬようにしている。
 千寿郎に避けられるのもつらいが、早朝バイトのあとで新幹線に飛び乗ることも多い杏寿郎にしてみれば、万が一義勇にあらぬ誤解をされたらそれこそ一大事だ。臭いなんて言われキスを拒まれたら、とうぶん立ち直れそうにない。李下に冠を正さず生きたいものである。
 そんなわけで寒風吹きすさぶなかでも、公園のベンチで身を寄せ合って過ごすのが定番なわけだが、このところの会話はもっぱら杏寿郎の進路だ。そろそろ受験勉強に本腰を入れねばとも思うが、とくにトラブルがなければ受かるだろうとの模試結果や担任の言葉に甘え、杏寿郎は高三の十一月になってもバイトを続けている。

 月に一度、週末に新幹線に飛び乗る生活も、もう一年半が過ぎた。言うまでもなく義勇に逢いに行くためだ。バイトだって新幹線代や小遣いで買うにはちょっと罪悪感を掻き立てられる諸々の費用を稼ぐためである。
 本当なら毎週通いたいのだが、義勇が許してくれないからしかたがない。夏までは部活だってあった。学業優先、部活も頑張れ。義勇に言われてしまえば、杏寿郎だって張り切らぬわけにはいかない。
 学年十位内を常にキープし、剣道の大会では優勝常連。最後のインターハイではとうとう個人戦で全国優勝も成した。文武両道を地でいく男として後輩の尊敬を一身に集め、同級生にも面倒見の良さから兄貴とあだ名されるほど、杏寿郎は学校中の生徒から慕われている。