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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 いつもはファーストフードや牛丼チェーンだの財布にやさしい外食しかしない。せいぜい気張ってもファミレスだ。だがこの様子では、それなりに値の張る店と見える。
「今日行く場所にあるホテルの、スカイラウンジにあるレストランだ。宿泊しなくとも、予約すればクリスマスディナーが食べられるという店で……駄目か?」
 ホテルの一言にちょっとドキリとしたが、部屋を取っているわけではないらしい。
 スカイラウンジがあるようなホテルなら、クリスマスともなれば高校生の懐事情では相当厳しいだろう。部屋の予約まではしていないことに、なんとなくホッとしてしまう。
 とはいえ、ホテルレストランのイベント用ディナーでは、それだけでも一人頭一万円程度は覚悟すべきだろう。高校生がデートで出す金額として、これはいかがなものか。食事だけではないのだし、今日だけでいったいいくらつぎ込む気なのやら。
 着替えなどを入れたいつものスポーツバッグと一緒に杏寿郎が持っている紙袋には、プレゼントが入っているんだろう。食事がプレゼント代わりではないということだ。
 もちろん例年どおり義勇だってプレゼントを用意しているし、この日のために軍資金だって貯金していたけれども、杏寿郎の準備はきっと義勇の比ではないはずだ。

 ちょっと呆れた義勇だが、呆れてばかりもいられない。
 勝手に決めるなと無言のまま抗議の視線を向ければ、杏寿郎はますますションボリと肩を落とした。犬の耳に似た立てた前髪や見えない尻尾も、へにょんとしおたれている気がして、義勇はこらえきれずに苦笑した。
「割り勘だ」
「……うむっ! 俺が出したかったが、一緒に行けるならばそこは譲ろう!」
「えらそうに言うな」
「痛っ! 義勇、痛いぞ」
 秀でた額を指でピンッと弾けば、唇をとがらせてすねてみせる。あぁ、やっぱり俺の大事なワンコはかわいい。勝手に頬が緩みかける。
 努めて冷静な顔をしてみせた義勇は、スッと一歩下がると、杏寿郎の全身をまじまじと眺めた。
 改めて見れば、やっぱり今日はちょっと、なんとなく。

「……大人っぽいな」

 つい呟けば、杏寿郎の顔がパァッと輝いた。
「本当か!? 義勇をエスコートするのに、恥をかかせるわけにはいかないからな! 宇髄にアドバイスしてもらったのだ!」
 なるほど。言われてみれば納得だ。ついでに、おまえもかとちょっぴり呆れもする。

 義勇が着ているのと似た色味のコートは、シンプルなシルエット。かっちりとしたラインが洗練されて見える。寒がりの義勇と違い杏寿郎はどちらかというと暑がりなので、コートのボタンは止めてない。それがかえって大人びた雰囲気を作り出し、オフホワイトのニットがなんだか眩しかった。
 細身のパンツは黒で、靴はキャメルブラウンのスエードローファー。いつもの見慣れたTシャツやカットソーにジーンズという出で立ちからすると、ずいぶんと大人びた服装だ。
 落ち着いた色でまとめた服に映えるオレンジの地に細い赤のストライプが入ったマフラーは、義勇が正月に贈った去年のクリスマスプレゼントだ。いそいそとラッピングを開きあい、お互い選んだのがマフラーだったことに面映ゆく笑いあったのが、なんだか懐かしい。
 杏寿郎は体格もいいから、こんな格好をすれば大学生だと誰もが信じるだろう。高校に入ってからは顔立ちもグッと精悍さを増した。杏寿郎と並んで立つと、もしかしたら義勇のほうが幼く見えるかもしれない。かわいいよりも格好いいというほうがしっくりくる出で立ちだ。

『あのワンちゃん、ここぞとばかりに大人っぽい格好してくると思うんだよねぇ。義勇にはエレガント系なきれいめコーデが似合うけど、今回はかわいめ寄りにしたほうが絶対に喜ぶと思うなぁ。てことで、アウターはピーコートで決まりね。ダッフルコートだと幼くなりすぎちゃいそうだし、そもそも錆兎が持ってないしねぇ』

 アレコレと着替えさせられたすえ真菰に言われたそんなセリフを思い出し、義勇はちょっぴり遠い目で虚空を見つめた。

 お見通し加減がちょっと怖い……。真菰のニンマリとした笑顔が目に見えるようだ。

 ピーコートにアラン編みだとか、こっちのほうが顔映りがいいだとかと言われても、義勇にはなにがなにやらさっぱりだ。きれいめコーデってなんだ。エレガントって、確実に俺には縁がないだろ、その単語。
 頭がぐるぐるしてきそうな呪文めいたファッション用語の氾濫と、ファッションショーのモデル並みに何着もの試着をさせられた慣れない疲労とで、あの日はへとへとになったものだ。動き回ったわけでもないのにたいそう疲れた。
 杏寿郎だってファッションへの関心具合は義勇とどっこいどっこいだ。けれど、たとえ同じような経緯だろうと、杏寿郎はきっと着替えさせられるのすら楽しんだだろう。
 アスリート体型でスタイルがいい杏寿郎は、顔だって男らしく整っている。抜群の見栄えの良さを、義勇の贔屓目と言う者はいないはずだ。着飾らせ甲斐があると、宇髄も真菰に負けず劣らずノリノリで選んだに違いない。なんだかんだと文句を言いつつもつきあう不死川と伊黒の顔まで思い浮かぶ。
 想像はきっと、間違ってない。離ればなれになってからまだ二年も経っていないのに、懐かしさをかきたてられる光景だ。杏寿郎は宇髄の言葉に真剣な目でうなずきながらも、終始笑顔だったことだろう。その場にいられなかったのが、義勇にはちょっぴり残念だ。
 文句を言うよりも現状をまっすぐ受け止め、楽しめるものは楽しむし、拒否すべきは頑として拒む。杏寿郎はそういう子だ。流されてしまいがちな自分とくらべ、なんてしっかりしているのだか。

「すごく派手な格好をさせられるかとも思ったが、千寿郎や母にも好評でな! チェスターコートだとかテーパードパンツとか、なんだかわけのわからん言葉ばかり言われて面食らったが、アドバイスに従って正解だ! あの、義勇も気に入ってくれただろうか……?」

 最後の言葉はちょっぴり心配げだった。上目遣いで義勇の顔を覗き込みながら言う杏寿郎は、大人びた姿をしても、やっぱり義勇の目にはかわいく映る。
 少しだけ下がった眉尻も、常よりわずかばかり頼りなげな目も、全部がかわいい。もはやかわいいが渋滞状態である。よしよしと撫で回したい衝動にかられる手をこらえるのにも、苦労せざるを得ない。
 けれどもここは駅の構内だ。しかもクリスマスイブの。昼日中とはいえ、学校もおおむね終業式で、人出はそれなりに多い。
 さらに言えば、杏寿郎の声は大きい。ついでに、ただでさえかわいいわ格好いいわで人目をひくのに加え、今日の出で立ちがこれである。衆目を集めるのは当然だ。
 気がつけば、チラチラとこちらを窺う視線がいくつも向けられている。
 人目を気にするタチではないが、誰が見ているかわからない場所ではマズイ。知り合いが見ていたら、休み明けにはどんな関係かと根掘り葉掘り聞かれるかもしれないし、邪推されるのはなおさら勘弁してもらいたいところだ。否定などできっこないだけに、いたたまれないことこのうえない。