にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2
人の恋バナを聞かされるならともかく、自身の恋についてのアレコレは黙秘したい。避けて通れるものなら避けたいに決まっている。だって恥ずかしいじゃないか。
義勇はそっけなさを装い顔をそらせると、先に立ち歩き出した。
「……似合ってる。すごく」
声は至極小さかったけれど、杏寿郎が聞き逃すはずがない。
義勇に遅れることなくすぐに半歩前を歩きだし、うれしげに笑うと、杏寿郎はなおも顔を覗き込んでくる。気を悪くした様子など微塵もない。
「よかった! 義勇も今日はいつもとちょっと印象が違うな。かわいい。すごく」
目を細めて笑う顔は、日を追うごとに大人びていく。かわいいよりもかっこいいという言葉がしっくり馴染んできている。静かなささやきで伝えてくる声だって、昔よりずっと低くなり、もうすっかり大人の男の声だ。
横目で見つめて、義勇は、勝手に赤くなりかける頬の熱さを持て余した。
高感度冨岡センサー搭載なワンコは、そんな義勇の照れくささや戸惑いも、全部きっとお見通しだ。フフッともらされた小さな笑い声に、ますます義勇の羞恥が深まる。
だけど義勇だってお見通しなのだ。だから「おまえのほうこそかわいいだろうが」なんて負け惜しみめいた言葉は、言わずにおく。気合を入れて大人っぽさを演出してきた頑張りに免じて。
かわいいだけではないのは重々承知しているけれど、それもまた、まだ言ってやれそうにない。今はまだ、かわいいだけでいてほしいと願ってしまう。
「車借りてある」
「村田さんだったか? やけに髪がツヤツヤしている人だったな。俺からもお礼を言っていたと伝えておいてくれ!」
杏寿郎の笑顔に嫉妬の欠片は見当たらない。めずらしいこともあるものだ。
初めて二人きりで遠出するのに浮かれているんだろう。しかもクリスマスだ。いかにも恋人同士なデートにテンションが上っているのが丸わかりで、散歩と言われ喜び跳ね回る犬みたいだ。
だが、常にはなく声のトーンだって控えめだ。大人びた服装にあわせていつものノリは封印しろとでも、宇髄あたりから忠告されたのかもしれない。
これ、と借りた車を指し示したときだけ、杏寿郎の表情がちょっと崩れた。パチリとまばたく目が少し子供じみた幼さを見せている。サプライズは成功だ。義勇はムフフと笑みをもらした。
「車のことはよくわからんが、なんだか高そうだな。義勇が借りるなら、なんというか、父上の車みたいな家族向けっぽい感じかと思っていた」
「……デートだから」
村田の父から借りたのはセダンタイプだ。義勇だって車種になど詳しくはないが、大学生が選ぶには高嶺の花クラスの高級車らしく、村田が登校するのに乗ってくるのも稀だ。そのたび村田は、親父が絶対に傷つけるなってうるさいとボヤいている。
少し遠出しようと言われたときには錆兎の車を借りようかとも思ったけれど、真菰とのデートに使うかもしれなかったし――と言うと、村田にちょっと悪い気もするが――錆兎の愛車は槇寿郎と同じく大人数向けなファミリーカーだ。二人きりでのおでかけにはちょっとばかり車内の広さを持て余すし、自動車学校の車しか経験がない義勇では車間距離がつかみにくい。村田の親御さんの車だって、杏寿郎にも指摘されたとおりお高めだから緊張はするけれど、義勇にとっては安心感が段違いなのだ。
それに、真菰にはかわいめなどと言われた服装こそしているけれど、義勇だって少しは大人びたところを見せたかった。だって年上なのだ。杏寿郎のお兄ちゃんという自覚は、恋人になったところで薄れちゃいない。
借り物では格好つかないし、若葉マーク付きでは威張れもしないが、それでも成人だって近い。大人っぽさを演出したくなるぐらいには、義勇だって今日を待ちわび浮かれてもいた。
そっけなさを装ったつもりでも、義勇の浮かれ具合は声音にあらわれていたんだろう。歓喜を抑えきれぬ目をして杏寿郎がふにゃりと笑みくずれる。
けれども車に乗り込みいざ出発してみればすぐに、ご機嫌だった杏寿郎の顔は少しばかりむずかしげに引きしめられた。
「春休みになったら、俺もすぐ免許を取る」
「おまえのことだから教習費用は自分で出すんだろう? 春休みは高いぞ。大学の生協を通せば少しは割引されるし、六月や十一月あたりの閑散期なら、さらに安くなる。なにかと物入りだろうし、免許を取るのは反対しないが焦る必要はない」
義勇と同じ大学に行くとの杏寿郎の意思がこれでもかというほど固いのは重々承知している。杏寿郎の成績ならもっとレベルの高い大学にだって合格確実だろうに。思うけれども、言っても無駄なことだってわかりきっている。
「たしかに、自分の免許なんだから父上たちに金を出してもらうつもりはないが……なんだかちょっと悔しい」
「悔しい?」
運転中だ。慣れているとは言い難いのだから、あまり杏寿郎にばかり気を取られるわけにもいかない。だが口惜しげな気配は気にかかる。横顔に注がれる視線の圧だっていかにも強い。
ちらりと視線を向ければ、杏寿郎はじっと義勇を見つめていた。静かだけれど熱く強い眼差しだ。
「義勇が運転しているところを初めて見たが、ハンドルを握る姿というのはセクシーだと思ってな」
「セッ、セクシー!?」
ギョッとして、うっかり顔を向けてしまった。一体全体なにを言い出すのだ、このワンコ。
「前を見ていないと危ないぞ」
軽く言って笑う杏寿郎に誰のせいだとわめきたくなるのをこらえ、あわてて視線を前方へと戻したものの、やけに顔が熱い。
「俺も義勇にそう思われたい。……十五ヶ月差はどうしようもないが、少しでも君に近づきたいんだ」
横目で見る杏寿郎の静かな笑みは、やっぱりどこか大人びている。
十八歳。もう大人の入り口にいるのだ。改めて感じ、義勇は少し言葉に詰まった。……いや、ちょっと嘘だ。だいぶ以前から感じてはいたのだ。
とくに、去年の夏あたりから。
「義勇、みかん食べないか? 駅でもらったやつだ!」
「え、あ……うん」
唐突に変わった車中の空気に面食らう。
いそいそとみかんを取り出した杏寿郎がさっそく皮を剥きだすと、爽やかで甘いみかんの香りが鼻をくすぐった。浮かび上がりかけていた濃密な夜の記憶が霧散していく。
気まずさの発端は杏寿郎の発言だが、空気を変えてくれるのもまた、杏寿郎だ。まだ早いと戸惑う義勇の焦燥を敏感に感じ取り、軽やかに笑ってくれる。
「ホラ、義勇! アーン!」
……うん、まぁ、これはいつものことだ。
手ずからアーンと食べさせあうのだって、幼いころから慣れ親しんだ習慣なのだ。今さら恥ずかしがるようなことでもない。
昼休みやみんなで遊びに行っているときにやると、不死川と伊黒からチベットスナギツネのような半目開きの目で見られたものだけれども、慣れた習慣を改めるのはむずかしい。だから、しょうがないのだ。運転中だから手も離せないし。だから、うん。
ちょっとばかり釈然としなくはないけれども、拒む理由もない。前を見据えたままアーンと口を開けば、薄皮や筋までていねいに剥かれたみかんが口に差し入れられる。
「甘いな」
「そうか! それはよかった!」
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2 作家名:オバ/OBA