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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 それでも、杏寿郎が同じ大学に進学したとしても同居は――同棲なんて言ってやらない。恥ずかしすぎる――絶対に駄目だと拒んでしまうわけもまた、義勇は言えそうになかった。
 建前として口にするのは、家賃光熱費などを折半したとしても今よりもずっと出費は多くなるという、経済的なものだ。建前とはいえ、実際、義勇のバイト代だけでは今住んでいるアパート以上の家賃は、正直むずかしい。
 姉夫婦は援助させろと言うが、これから先、姉に子供が生まれれば自然と物入りとなるのだ。余剰金は貯蓄するにかぎる。
 だいいち、新婚早々に住宅ローン持ちでもある。不動産業を営む親戚が所有していた物件で破格とはいえ、三十路に入ったばかりの夫婦が背負うには、それなりにずしりと重い出費だ。自分に使う余裕があるのなら、いずれ生まれてくる甥だか姪だかに使ってほしいと、義勇は願っている。
 義勇自身、その子に対して叔父馬鹿になる気満々なのだ。土産だ祝いだと貢ぐのが目に見えている。杏寿郎だって絶対に同じ轍をたどるに違いない。これは予想ではなく確定事項だ。
 では義勇のアパートに杏寿郎が転がり込めば万事解決かと言うと、それも冗談じゃないと思う。
 なにせ義勇が住んでいるのは四畳半一間の木造アパートだ。階段は錆が浮いてるし、壁も薄い。雨漏りしないだけマシといった具合だ。
 それでもユニットバスとはいえ風呂トイレ付きで、賃料は管理費込みで一万千円となれば、文句など言えない。だいいちそれだって、紹介してくれた件《くだん》の親戚が――御年八十歳で、義兄を幼いころからかわいがってくれている人だそうな。蔦子はもちろん、義勇のこともたいそう気に入ってくれたと、義兄が声を弾ませていた――結婚と進学の御祝儀にと仲介料なしにしてくれた。
 本当にここでいいのかと逆に恐縮されたぐらいの部屋だが、狭いのも古いのも、義勇にしてみれば姉と暮らしていたアパートで慣れっこだ。有り難いなんてものではない。
 もとは六畳風呂なし共同トイレだったのをユニットバスつきに無理やりリフォームしたという部屋は、そのせいか夏場は湿気がきついが、在宅時間が短ければそこまで気にならない。授業をサボるなど義勇にしてみれば論外だし、どうせ家にいるのは眠るときぐらいなものだ。一人で暮らすならこれで十分と決めた。杏寿郎と逢えない休日にはバイトで忙しくしているほうが、精神衛生上にもよろしい。シフトに入れなかった休日だって、カビと格闘していれば余計なことを考えずにすむ。ここ数ヶ月はなおさらだ。
 つらつらと考えているうち、義勇の顔はふたたび浮かび上がった懸案に、無意識にしかめられた。

 狭い玄関にお情け程度についている下駄箱のなか。隠した紙袋が義勇の顔を曇らせる。
 本当は捨ててしまいたいが、万が一を考えるとそうもいかない。錆兎たちには相談すべきかと悩みはしたけれど、踏ん切りはつかなかった。
 二人の口が軽いわけではないが、事が事だ。姉夫婦や村田をはじめとする数少ない友人、バイト先のオーナーにだって、報告される恐れは充分にある。となれば、まわりまわって必ず杏寿郎は嗅ぎつけるだろう。こと義勇に関して杏寿郎の勘をなめてはいけない。
 高感度冨岡センサー搭載と、宇髄たちに感心されたり呆れられたりするほどには、杏寿郎は義勇の些細な変化にもすぐ気づく。さすがに、たかが平熱よりも三分ほど高いだけの微熱を義勇本人よりも先に気づいたときには、こいつのセンサーどうなってるんだ? と少し混乱したけれども、まぁいい。
 おまえらのそれはなんなんだよと不死川には呆れ返られるが、これが自分たちにとっては通常なのだ。
 義勇だって、杏寿郎の不調にはすぐ気づく。
 健康優良児の太鼓判がドンッと押されているような杏寿郎だけれど、まれに風邪をひくこともある。季節の変わり目に少し喉を痛めるぐらいなものだけれども「うまい!」の声がいつもよりほんのちょっぴりかすれるから、義勇にはすぐわかる。
 高校のときにも、すぐに悟って「今日は部活を休んで帰れ、送っていくから」と言い聞かせる義勇と「うん」と常より幼く笑う杏寿郎を見て、不死川は「……おまえら、ちょっと怖ェぞ」と引いていたけれど、心外の極みだ。失敬な。
 それしきで寝込むことはなかろうが、杏寿郎は大会を控えていたし、家にはまだ幼い千寿郎だっているのだ。ひき始めの段階で治すに越したことはない。

 ホラ、大丈夫。義勇の眉間が知らずほどけ、口元に小さな笑みが浮かんだ。不安になっても、すぐに杏寿郎の思い出が義勇を微笑ませてくれる。だからだろうか、深刻になりきれない。
 それにたった一人にとはいえ、相談だってしているし、協力もしてもらえた。スマホのなかにはお守りのアプリ。散々文句は言われたが、納得してくれてよかった。自分ひとりで抱え込まずにいられるのは心強い。胃もだいぶ楽になってる。

「義勇っ!」

 よく通る大きな声が周囲にひびきわたった。思考の海から引き上げられパチリとまばたいた義勇の目が、迷わず焦点をピタリと合わせたのは、ガラスにうっすらと映る金色だ。
 あわてて振り向けば、杏寿郎が改札を出るなり駆け寄ってくる。
「すまないっ! 迷っていたおばあさんを乗り場まで送ったので遅れてしまった!」
 言われ、構内の時計にちらりと視線をやれば、いつのまにか新幹線の到着時間を十分ほど過ぎている。
「これぐらい遅刻にはならない。おばあさんはちゃんと乗れたのか?」
「うむ! お礼にとみかんをもらってしまった。あとで一緒に食べよう!」
 朗らかに笑う杏寿郎が実際に目の前に現れてしまえばもう、大事なことなんて一つきりだ。心配も不安も後回しになってしまう。ブンブンとちぎれんばかりに振られているしっぽが見えるようで、思わず頭を撫でたくもなる。

 だからこそ、ここ数ヶ月の悩み事にも気づかれずにいるのだが。

 気づかれなくて幸いだ。義勇のことになると杏寿郎は心配性がすぎる。もしも気づかれたら、こちらの学校に転校すると言い張るのは目に見えているのだ。受験生がなにを言っているという正論など物ともせずに、杏寿郎は我を押し通すだろう。
 それはさすがに槇寿郎たちに申しわけがないし、義勇の不安が増すだけだ。

 ついつい六週間ぶりの笑顔を堪能してしまっていた義勇だが、ふと気づいたそれに我に返り、ふたたび目をまばたかせた。
「……着替えてから来たのか」
 今日は学校帰りに直接くると言っていたはずだ。今までならそういうときは制服のままだというのに、なぜだか杏寿郎は私服である。それはいいが、なんだかこう、義勇の知る日ごろの格好とは印象が少し異なる気がする。
「うむ! 今日はクリスマスだしな。制服ではちょっと……」
 ふと口ごもった杏寿郎が視線をわずかにそらせたのを、義勇が見逃すはずもない。義勇は軽く眉をひそめた。
「杏寿郎?」
 なにを隠してると呼びかけにこめて聞けば、杏寿郎の男らしい眉がへにゃりと下がった。
「せっかくだから、食事もクリスマスデートらしくしたいと思ったのだ。それで一応、予約してあるんだが、いつもの服や制服ではちょっと……場にふさわしくないかと」
「高いんだな?」