にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2
意地になって違うと言い張ったところで、ふぅん? とニヤニヤされるだけなのは、わかりきっている。だから義勇はちょっとうつむき、ことさらそっけなく言った。
「クリスマスイブ。終業式が終わったらすぐに来るって言ってた」
今年のクリスマスは金曜日だ。式は午前中には終わる。金曜の午後から日曜の夕方までいるからと言い張る犬に断る言葉は見つからず、ついでに本心では義勇だって一秒でも長く一緒にいたい。結果、押し切られ了承したのは自分自身だが、少なからず不安もあった。
うっかりこぼしかけたため息を義勇は無理やり飲み込んだ。
いつもなら、土曜の午前中から日曜の夕方までの滞在だ。やってくるのは月に一度。だいたい第一週目か二週目に。それ以上は義勇が許可しなかった。だってあの子はまだ高校生なのだ。
成績は常に上位、部活でも二年時から早くも主将だったぐらい人望がある。父親が剣道の師範である有利さだけでなく、誰よりも努力を厭わず練習熱心で、今年のインターハイではなんと全国優勝をもぎ取った。文武両道のお手本と先生の覚えもめでたい優秀な子だ。
たいそう真面目なので、勉強に部活にと毎日忙しい。なんにでも全力投球な頑張り屋なのだ。
義勇がこちらに移り住んですぐに、あの子はバイトだって始めた。新幹線を使えば二時間もかからぬ距離だが、高校生には痛い出費だ。小遣いだけでは月に一度だってキツイだろう。裕福な家庭ではあるが、ご両親はけっして子供を甘やかさない人たちだから、小遣いだってそう多くはない。
実の息子にはともかく、義勇には甘すぎる気がしないでもないけれども……まぁいい。あの人たちのおかげで義勇は道を外れず育ち、曲がりなりにも大学生にだってなれた。
借りなどと思う必要はない。恩返しと言うのなら素直に甘えなさい。なによりそれがうれしい。そう笑って言ってくれるから、義勇も恥ずかしながらあの子の両親には甘えてしまう。
姉も義勇と同様だ。姉弟そろってあの人たちには頭が上がらないし、血はつながらずとも本当の両親みたいに慕っている。
ともあれ、小遣いが足りなければバイトするのは当然だろうが、向こうにばかり負担を強いるのは義勇だって忍びない。だいいち義勇のほうが年上なのだ。お兄ちゃんだ。
長期休暇には俺が遊びに行くから、毎月なんて来なくていい。義勇がそう言っても「そんなの義勇が足りなくて俺が死ぬ!」と絶叫されたから、しょうがない。互いに妥協点をすり合わせた結果、目下のところ月イチのお泊りと相成っている。
「おぉ、青春してるなぁ。年末年始も一緒か?」
「年末はこっちで過ごす。正月はたぶん二日から向こう」
「じゃ、初詣は? あっちにいたときはずっと、蔦ちゃんも一緒にみんなで行ってたんでしょ? 今年の元日は義勇まだ寝込んでたけど、来年の予定は?」
「……杏寿郎と一緒に行く。恒例だし」
夏休みや年末年始には二、三日ぐらい義勇があちらにお邪魔するのも、条件の一つだ。でないと父上たちがすねると言われれば、義勇にだって否やはない。
あの子――杏寿郎の両親のことを義勇だって心から尊敬しているし感謝も尽きないが、ときどき大人げないのがなんともはや。実際、年に二度だけではとうてい足りないとばかりに、今年の春休みには義勇の両親の墓参りにと父の槇寿郎を筆頭に母の瑠火、弟の千寿郎……ようは煉獄家総出でやってきた。一同を引き連れた杏寿郎の笑顔が、ほんのちょっぴり引きつっていたのは言うまでもない。
当然、義勇の四畳半のアパートに煉獄家四名が泊まれるはずもないし、まだ新婚気分抜けやらぬ蔦子の家にお邪魔するのもなんだからと、杏寿郎以外は日帰りだ。しょんぼりするのを健気にこらえ笑顔になろうとしていた千寿郎の姿には、義勇も胸が痛んだ。ゴールデンウィークには絶対にそっちに戻りますと約束したら、千寿郎だけでなく、槇寿郎や常日ごろ冷静そのものな瑠火までもが満面の笑みになったものだ。
ついでにちゃっかりと家族旅行への同行まで押し切られ、蔦子を除く以前のメンバーうちそろい熱海で一泊したのは記憶に新しい。思い返せば義勇の二十年未満の人生のなかでも、とびきり賑やかかつ忙しない休暇だった。
ゴールデンウィーク初日には煉獄家でのんびり過ごし、翌日は宇髄たち友人一同に千寿郎や不死川の弟妹たち、宇髄の彼女らもまじえてのけっこうな団体様で動物園。とどめに煉獄家プラス義勇で熱海に一泊の家族旅行。あんなにも遊び倒したのは中三の夏以来だ。
そのいずれも杏寿郎は義勇の隣りにいた。なのに義勇が足りないと、熱海で別れて帰宅する義勇にしっかりとついてきたのだから、槇寿郎が「すまんな、義勇。馬鹿息子をよろしく頼む」と苦虫を噛みつぶしたような顔になったのもしかたのないことだろう。
ゴールデンウィークなんてアルバイトにとっては稼ぎ時だろうにとたしなめる気は、義勇にもなかった。義勇だって生活費はバイトでまかなっているから正直痛手だったし、書き入れ時に休む申しわけなさもあったが、いいよと言う以外選択肢なんてない。
だって一緒にいたかった。ずっと一緒でも恋人としての時間はなかったからと言われれば、三日間のお泊りを断る理由など存在しなかったのだ。
稼ぎを不意にしようとも義勇は了承すると見越してか、有無を言わさぬ静かな圧を込めて瑠火が杏寿郎が滞在中の食費にと手渡してきた封筒も――三日ぶんで四万入っていた。いくら大食漢な杏寿郎でも多すぎだ――断れなかった理由に含まれるが……半分は杏寿郎が出していたのには、やっぱり呆れる。というか、頭が痛い。
俺が出したら義勇は受け取らないに決まっているが、母上からなら断れないだろう? だと? そのとおりだ。予測できなかったとはなんたる不覚、未熟者め。食費なんてほとんど使わなかったのに、返金させてくれないし。食事は買い置きのインスタントばかりで家から出ず、大半の時間布団と風呂の往復……思い出すんじゃない、未熟者め。
赤裸々な記憶を頭から追い出すべく、義勇は機械的な仕草で七味唐辛子に手を伸ばした。うどんに振りかける手は八つ当たりめいて、常になく少々乱暴だ。
とにもかくにも、そんなふうにときおり我慢が効かなくなることはあれど、基本的に杏寿郎は品行方正な高校生といえよう。逢えない週末は義勇同様に杏寿郎もバイトに勤しんでいる。インターハイ後には部活も引退したから、休日や放課後にシフトに入れる時間が増えたと笑っていた。
離れていても、杏寿郎の日常を義勇はすべて把握している。毎日スマホに届くメッセージと、週末の夜に電話越しに交わす会話で、杏寿郎が伝えてくれるから。
それをどれだけ義勇が楽しみにしているか、杏寿郎はきっと、義勇自身よりも深く理解している。
生徒会長への推薦は断固拒否したと言っていたが、もったいない話だ。面倒見がよく誠実で、誰に対しても公正な子だから、いい会長になっただろうに。
とはいえ生徒会の仕事まで加われば、体力おばけかというぐらいタフな杏寿郎でも、さすがに体を壊しかねない。そうなれば、義勇は月一の来訪すら断固として拒んだだろう。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2 作家名:オバ/OBA