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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 思考がまたもやあらぬ方向に流れかけた。まだ昼だ。そういうことを思い出すには、時間も場所も不似合いすぎる。
 杏寿郎を思い浮かべるのはいつのものことだが、TPOはわきまえるべきだろう。自重しているはずなのだけれども、最近はとみに怪しい。
 理由は義勇も自覚している。クリスマスが近づいてきているからだ。楽しみすぎてというだけならいいのだけれど、それだけではないから厄介だ。
 向かいの席で楽しげにクリスマスの話題に興じている二人は、ふと義勇の顔によぎった陰りには気づかなかったようだ。聞かせたい話ではないから、義勇は常の無表情をあえて保つ。
 不甲斐ない。こぼれそうになるため息をふたたび飲み込んだそのとき、知り合いの声が聞こえてきた。

「みんな、ここにいたのか。冨岡、親父からオーケー出たぞ。当日の昼からでいいんだよな?」
 そろって視線を向ければ、気のいい同級生が栄養ドリンク片手に近づいてくる。
「村田くん、なんか顔色悪くない? 目の下の隈、すごいよ?」
「よぉ。マジでひどい顔してるな。大丈夫か?」
「ありがとうございますと伝えてくれ。体調悪いのか? うん」
「まとめて返事すんな。わけわかんないから」
 村田の声や足取りはいかにもお疲れ気味だ。浮かべた笑みもなんだか妙に力ない。いつもはサラサラツヤツヤとした髪すら、今日はキューティクル控えめである。めずらしいこともあるものだ。
「風邪?」
「んにゃ、先輩につかまってオールで麻雀つきあわされた……」
 義勇の隣に腰を下ろした村田は、げんなりと言ってため息をつく。本気でお疲れモードだ。
「……タバコ臭い」
「マジで? うわぁ、ごめん。あっちの席行くわ」
 あわてて立ち上がろうとするから、義勇はとっさに村田のパーカーの裾を掴んだ。

 気のいい同級生を恐縮させてしまった。こういうところが自分はなっていないのだろう。錆兎たちが幼いころと変わらぬ扱いをしてくるのも当然かもしれない。

「いい。ここにいろ」
「……あのさ、冨岡。俺だからいいけど、そういうのほかの奴にすんなよ?」
 焦って口早になった義勇に、村田はしみじみとそんなことを言う。なぜだか錆兎や真菰まで神妙な顔でうなずいていた。
「そういう?」
「だから、そういうの。あざといわぁ」
 コテンと小首をかしげれば、いよいよ村田は遠い目をする始末だ。解せぬ。
「天然だからヤバイよねぇ」
「まぁな。よく今まで無事でいられたもんだ」
 真菰と錆兎までそんなことを言い出すのだから、ますますわけがわからない。
 怪訝な顔をした義勇に錆兎が苦笑し、真菰はコロコロと軽やかに笑った。
「ちょっと悔しい気もするけど、杏寿郎くんには感謝しなきゃねぇ。ね、義勇」
 真菰が感謝する理由はよくわからないが、賛同の意をごまかす必要もない言葉だ。
「うん」
 知らずホワリとはにかみ笑った義勇を、村田がぎょっとした目で見つめてくる。
 視線に気づき見返せば、目があった村田の顔はなぜだかやけに赤い。やっぱり風邪を引いたんじゃなかろうか。
 心配になって少し眉根を寄せたら、錆兎が感に堪えないと言わんばかりのため息をついた。
「本当に、杏寿郎にはいくら感謝してもし足りないな」
「だよねぇ」
「日ごろ無表情だから威力がすごいな。あんまり人前で笑うなって言われてるって聞いたときには、なんのこっちゃと思ったけど、大正解だ。冨岡、ほんと気をつけろよ?」
「うん?」
 なんのこっちゃとはこっちのセリフだ。思うけれども、問うほどのことでもない。
 ようは杏寿郎は正しいと言われたってことだろう。やっぱり杏寿郎はすごい。賢い。
 なんだかちょっと明後日の方向に思考は変換されて、義勇はうれしくさえなる。

 最初に言われたときには、義勇もどうしてと少し反発もした。当然だろう。自分がいないときに人前で笑うのはよくないなんて忠告を、すぐさま納得などできるわけもない。
 けれど、ほかの友人たちや姉をはじめ大人たちも、こぞって杏寿郎に同意するし、なにより杏寿郎がとんでもなく心配そうな顔をしていたから。ならば義勇があえて逆らう理由などありはしないのだ。
 言われるまま素直に、一人でいるときにはあまり笑みを浮かべないよう気をつけたら、お年寄りや子供以外から道を聞かれることが減った。面白いところに連れて行ってあげると誘ってくる人も、ほぼいなくなった。だからきっと、杏寿郎は正しい。

 人見知りで口下手なものだから、知らない人に声をかけられるのは少し緊張する。幼いころはなおさらだった。それでもお年寄りや小さな子ならば気にならない。お兄ちゃんありがとうと感謝されたり、いい子だねぇと褒められるのは、ちょっぴり気恥ずかしさはあれどうれしかった。だがお使いなどで義勇が一人きりでいるときに声をかけてくるのは、義勇が困惑し緊張してしまうタイプの人が多かったのだ。
 道に迷って困っていると言うわりには、説明を聞いているんだかいないんだかやたら義勇をジロジロ眺めまわすばかりの人や、見ず知らずなのに手を握ったり肩を抱こうとするやけにフレンドリーな人。そんな人たちにはどうしたらいいのかとオロオロとしてしまう。きみ本当にかわいいねなんて言われるのも、なんと答えていいのかわからない。こんなことを言っちゃいけないとも思うが、ニヤニヤと笑う顔がなんだかこう、胡散臭いというか気持ち悪いというか……あまり近くにいたくない雰囲気がビシバシとする人ばかりなのだ。
 困っているのならば助けてあげなければと思うし、親切で言ってくれたものを拒むのだって申しわけないと思うけれども、知らない人についていくわけにもいかない。なによりあまり近づきたくない。言い方は悪いかもしれないが、生理的に無理、この一言に尽きる人たちが本当に多かった。
 しかしながら、気を悪くされぬよううまく断るのは、まだ幼かったころの義勇にはずいぶんとハードルが高かったのだ。
 笑顔でいれば声もかけやすかろう。杏寿郎はきっと、義勇が困っているのなんてお見通しだったに違いない。いつだって目ざとく義勇を見つけすっ飛んできては、困っている人を放おっておけないとばかりに大きな声を張り上げ
「なにかご用ですか! お困りなら俺が交番まで送っていきます! おまわりさんは父上の知り合いなのでご安心ください!」
 と、言ってくれた。おかげでいつでも義勇はお役御免。早足で去っていく人の背中に、ホッと胸を撫でおろしたものだ。
「大丈夫だったか、義勇っ! お使いなら俺も一緒に行こう!」
 そう言って手をつないでくる杏寿郎の笑顔の頼もしかったことったら。
 つくづく杏寿郎は、年下だなんて思えぬほど頼れる男の子だ。

 それでも、義勇が年上であるのに違いはない。出逢ったのが五歳と四歳だったからか、いまだに義勇の心には、舌足らずで自分よりも小さな体をした杏寿郎が棲んでいる。
 今では背丈はほぼ同じなうえ、体格的には杏寿郎のほうが義勇よりもよっぽどたくましいのだが、義勇の目には今でもかわいく映るのだ。
 幼かった義勇のよりさらに小さなふくふくとした手で、義勇の手をギュッと握り、姫を守るナイトめいて振る舞う杏寿郎は、ほんとうに愛らしかった。