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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 なんにせよ、杏寿郎の夢を見て夢精するというなんだか泣きたいような経験でもって、義勇は杏寿郎への恋心を自覚することとなったわけである。こればかりは杏寿郎にも口が裂けたって言えない秘密だ。墓まで持っていく決意は固い。
 そうして義勇はそれ以来、杏寿郎と一緒に眠るのがちょっと怖くなった。もし杏寿郎に知られたらと思うと、泣きたくもなった。
 だからといって、それまでお風呂も眠るのも一緒だったのだ。いきなり別々にしようなんて、強固に言い募ることだってできやしなかった。理由を問われても、杏寿郎と一緒だとエッチな気持ちになっちゃうかもしれないからなんて、どんな顔をして言えばいいのだ。冗談じゃない。

 断り続けて嫌われたらとは、かけらも思わなかった。
 だって杏寿郎が義勇のことを好きなのは、太陽が東から昇るのと同じくらい、当たり前のことだったので。

 杏寿郎が恋だと自覚していたかは知らないが、片想いであるわけがない。自惚れだと自嘲する余地すらなかった。
 なにしろ杏寿郎の義勇に対する執着や独占欲は、誰の目にも明らかすぎたのだ。それはもう、義勇本人の目にさえも。
 とはいえ、そのころの杏寿郎はただもうかわいいばかりの小学生だ。なにをどうしろと。
 学校で学んだ性教育に、男同士のアレコレなどない。よしんば同性愛での性交について教えられていたとしても、相手は小学生だ。駄目だろう。いろいろと。
 自分が同級生よりも奥手なことは、年上の友人である宇髄などにもたまにからかわれていたから、なんとなく自覚していた。なのにまさかこんなことで自分が悩む日がこようとは。はたから見れば思わず苦笑してしまう程度のことかもしれないが、義勇の苦悩はそれなりに深かった。
 けれど、そう長い期間は悩まなかったのもまた、事実だ。

 悩み戸惑って避けるには、杏寿郎との距離感はあまりにも近すぎる。杏寿郎を納得させるだけの明確なきっかけなしには、習慣をいきなり改めるのはむずかしい。なんだかんだで結局は風呂も布団も全部一緒、元の鞘だ。一緒の布団に関しては、二年後にはふたたびもめることになったけれど。
 杏寿郎が中学に入学すると同時に「いい加減大きくなったんだから布団を並べるだけにしなさい」と槇寿郎や瑠火に止められたのだ。なにしろまだまだ小学生で通用する背丈だった杏寿郎と違い、義勇は中三。成長期真っ盛りだ。背だって順調に伸びていた。一人用の布団に二人で眠るのは、いかにも窮屈そうに見えたに違いない。
 もしもあのとき杏寿郎の説得が叶い、今しばらくの同衾を許されたとしても、杏寿郎だって中一の秋口あたりからいきなり身長が伸びはじめていた。当時は毎日のように成長痛に顔をしかめていたから、いずれは「布団からはみ出してるだろうが!」と叱られ、布団を分けられる次第になったことだろう。義勇だってまだまだ背は伸びていた。遅かれ早かれ訪れる決別だったのだ。

 とうとう背丈が並んだのは杏寿郎が十四になる直前、こどもの日に煉獄家の柱で恒例の背比べをしたときに判明した。杏寿郎が快哉を上げたのは言うまでもない。
 蛇足ながら、煉獄家のその柱には、杏寿郎の従兄である伊黒ばかりか宇髄や不死川の背までもが、いくつか刻まれている。数は少ないながらも不死川の弟たちのものだってあった。槇寿郎と瑠火の面倒見の良さというか、子供らに対する分け隔てない愛情深さが、その傷の数々から窺い知れるというものだ。
 そんなふうに毎年柱に背をつけ比べていた身長も、今はたった一センチとはいえ抜かされている。
 杏寿郎の背が義勇よりわずかばかり高いとわかった日はといえば、これまたこどもの日だ。しかも去年のである。杏寿郎が伸びるぶん義勇の背も伸び、ずっと横並びだったというのに、とうとう追い抜かれた。ただしそれが判明したのは、煉獄家の柱に記した傷によってではない。
 去年のゴールデンウィークも、今年と負けず劣らず大勢で過ごし、にぎやかだった。
 杏寿郎と恋人になってひと月、交際開始と同時の遠距離恋愛で、ひと月ぶりにやっと逢えるという状況でありながら、だ。
 引っ越してひと月の義勇を案じてか、宇髄たちいつもの面々も杏寿郎に同行してきたのだ。それを義勇が知ったのは、約束の一週間前。杏寿郎たちとも交友を深めたいと、錆兎と真菰も参加を申し出て、総勢七名で向かったのは絶叫マシンで有名な遊園地だ。
 ジェットコースターの身長制限の話になったのが、背比べのきっかけである。こどもの日に煉獄家で杏寿郎のちょっと早めの誕生パーティをひらくたび、全員で背比べしたとの思い出話に花が咲いた。真菰が「杏寿郎くんたちばかり義勇との思い出が多くていいなぁ、楽しそう」と唇をとがらせ、じゃあちょっと全員で比べてみようかとなったのは、食事中のこと。レストランの外壁にズラッと並び、宇髄がシャーペンでちょんちょんとそれぞれの背で印をつけていった。
 見つかって叱られる前にとすぐさまみんな指でこすり消して、撤収! との宇髄の掛け声で一斉に走り出した。笑いながら。柱の傷とは違ってすぐに消えた小さな印。馬鹿馬鹿しくてちょっぴりはた迷惑な、子供でいられるうちだけの悪ふざけ。幼いころにはこんなふうに、杏寿郎たちと錆兎たちが一同にうちそろうなんて思いもしなかったから、なんだか妙に心躍った。
 が、杏寿郎の印がほんのわずかとはいえ自分より上にあったのは、なんとなく今も悔しい。義勇の成長はどうやら止まったらしいので、巻き返しの可能性は低いと思われる。……うん、やっぱりちょっと悔しい。ほんのちょっとだけ。でも本当に、ちょーーっぴり、だから。一センチ程度じゃ負けたなんて思っていないとも。強がりでなく。

 閑話休題《話がずれている》。

 ハッと目を見開き、義勇はむぅっと口をへの字に曲げた。またやってしまった。錆兎たちと一緒だと、どうも気を抜いてしまう。
 思い出がとにかく多すぎて、義勇を取り巻く諸々すべてが杏寿郎を連鎖的に思い起こさせるから、義勇の思考はたびたびとっ散らかるのだ。勝手に頭が杏寿郎にまつわることへと思考を変換させる。
 義勇がぼんやり屋だと言われる一因は、ほかでもない杏寿郎だ。一人でいてもふにゃふにゃ笑ってしまうのだって、結局のところ頭のなかにいる杏寿郎が、義勇の顔を勝手に微笑ませるせいだ。
 だからといって、杏寿郎を脳裏から追い出すことなど不可能だ。したいとも思わない。
 せいぜい気をつけようと、義勇は小さくうなずいた。脱線した思考が戻ってくるまでの間は年々早くなっているので、思い出やら想像に耽る時間は義勇自身が思うより短いのが救いといえば救いかもしれない。無表情っぷりだって年を重ねるごとに鉄壁と化している。瑠火のブリザード吹きすさぶ眼差しはまだ習得できていないが、鍛錬あるのみ。

 散らばった思考を少しばかり引き戻そう。さてそんなふうにして共寝は中三と中一になった春で一時中断されたが、風呂に関しては、義勇が引っ越すまでは一緒のままだった。
 煉獄家の浴室は広いし、まとまって入れば水道代やガス代も浮く。千寿郎が幼稚園に入ったこともあり、三人まとめての入浴をうながされるようになったのもまた、そのころだったのだ。