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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 裕福な家庭とはいえ、瑠火は天然資源を無駄にするのを許さない。遊興費などを出し渋ることはないから、出費云々ではなくあくまでも地球の資源優先ということだろう。スケールがでかい。たんなるケチだの節約家だのの枠に収まらない人だ。もちろん無駄遣いを許さぬ倹約家でもあるので、理にかなった判断といえよう。
 そんな瑠火からすれば、杏寿郎の白物家電クラッシャーっぷりは至極頭が痛いことだろうが、買い替えの踏ん切りに利用している感が無きにしもあらずだったりする。叱ったところで杏寿郎自身にもどうにもならぬものならば、うまく利用してしまえばよいとの合理的な判断を下せる瑠火を、義勇はたいへん尊敬し師と崇めているが、それはともあれ。
 義勇にしても杏寿郎との入浴は完全に日常であったので、背中や髪を洗いっこするのは息をし食事をするのと変わらない。一緒にいるのが当たり前すぎたせいか、厄介な思春期の性欲だって思うよりずっと大人しかったから、危惧していた問題もまったくの杞憂に過ぎなかった。不幸中の幸いといえよう。もしも千寿郎に見られたら、きっと自分は切腹しようとしたに違いないと義勇は確信している。落ち着きのあるムスコで本当に良かった。
 そもそも、いざその場になってみれば、自制心や理性を振り絞るほどのことでもなかった。日常と性の境界線は、無意識でも義勇のなかできっちりと引かれていたのだろう。考えてみれば当然だ。杏寿郎の距離の近さにいちいち動揺していては、日常生活すらままならない。
 だから今も、煉獄家に泊まる際の入浴は千寿郎もまじえ三人で――たまに槇寿郎がなんとなし混じりたそうにソワソワして見えるが――だ。だが共寝とは逆に、アパートでの入浴は別々になっている。
 まぁ、あれだ。アパートのユニットバスは狭いから。それだけが理由で別なわけでもないが。ふたたび解禁となった共寝は……窮屈さはむしろ今のほうが深刻だけれども、眠るだけではないから、まぁ……うん、寝るなら一緒の布団でないと無理というか……。


 ほのぼのと心温まるばかりなココアの思い出が、またもやいらぬことに向かってしまった。気をつけようと思ったそばからこのありさまでは、先が思いやられる。我ながらこの癖はどうにかならないものか。
 スンッと虚無顔になった義勇は、知らず虚空を見つめ胸中でため息をついた。
「なに百面相してるんだ?」
「杏寿郎くんのこと思い出しちゃった?」
 事実だから義勇は言葉に詰まる。
 黙秘権を行使するとばかりに口をつぐみ、ちょっと恨みがましく上目遣いににらめば、錆兎と真菰はいかにも楽しげに笑った。
「杏寿郎って、あのやたら声が大きい高校生だよな。前にバイト先まで冨岡を送ってきた子。クリスマスに親父の車使うの、あの子とどっか行くからだろ? どうせなら土曜までと言わず日曜まで借りてていいぞ。親父もお袋も、クリスマスだからって出かける予定もないみたいだしさ」
 村田の言葉にからかいのひびきはないが、改めて確認などしないでもらいたいものだ。
「なんだ、村田に借りるのか。ていうか、村田は車使わなくていいのか? クリスマスなのに」
「聞くなよ! クリスマスの予定なんてバイトに決まってんだろぉ! どうせシングルベルだよ、クリスマスのレストランでホールなんてクルシミマスでしかねぇよっ!」
 わっと泣き真似する村田に、真菰が苦笑する。義勇も少しいたたまれなくなった。
「……すまない」
「へ? なんで冨岡が謝んのさ」
「バイト。忙しいのに、休んでごめん」
 飲食業のクリスマスは書き入れ時だ。バイトとはいえ、調理スタッフが一人抜ければそれだけ忙しさは増す。そもそもバイト先だって、村田の親戚がやっているイタリアンレストランを紹介されてのものだ。村田の気の良さに甘えている自覚は義勇にもある。
 レストランのオーナーにだってそうだ。日ごろから杏寿郎が来るスケジュールにあわせてシフトの融通を利かせてもらっていているというのに、一年で一番忙しい日に自分の都合を優先させた義勇に嫌味を言うでもなく、笑って了承してくれた。村田に「おまえは休まないよな? な?」と向けた笑顔は、なんだかちょっとばかり怖かったけれども。
 ビクリと肩を揺らせコクコクとうなずいていた村田には、本当に頭が上がらない。そのうえ、親御さんの車まで借りるのだ。嫌味の一つも言いたくなるだろうに、村田はまったく義勇を責めようとしない。否応なしに罪悪感も湧く。
「そんなの気にすんなよっ。冨岡のぶんも頑張るから、楽しんでこいって!」
 シュンとして義勇が肩を落としたとたん、いかにも焦った様子で言う村田は、本当にいい奴だ。
 学校でもバイト先でもなにかと気にかけてくれる同級生の友情に、じんと熱くなった義勇の胸は、けれども村田の次の言葉にすぐさまスッと冷めた。

「それに、冨岡がバイト休めないなんて言ったら、あの子がかわいそうっていうか……いや、怒ったりはしないだろうけどさ。次に逢ったときに、すっげぇ圧のこもった目でじっと見られんの、ぶっちゃけ怖い……」

 乾いた笑みを浮かべて遠い目をする村田には、正直、申しわけないかぎりだ。隠そうとしても隠しきれない杏寿郎の嫉妬深さに、駄犬めと眉根だって寄る。伊黒が言う「冨岡絡みの杏寿郎は、器の小ささが着せ替え人形用のティーカップ並み」という言葉にも反論なんてできやしない。
 おかげで忘れかけていた不安まで、またぞろかき立てられてしまったではないか。
 真菰と錆兎の笑い声や村田のボヤキを聞きながら、義勇は無意識に小さく背を震わせた。脳裏に浮かびかけたのは錆兎たちにも、ましてや杏寿郎には決して教えたくない、隠しごとだ。
 アパートに備え付けられた小さな靴箱のなか、押し込めているソレは、少しずつ数を増やしつつある。
 本音を言えば、少し怖い。不安は隠しきれない。だけど、逢いたくてたまらないのだ。それに今度の来訪ではちょっと遠出する。なんならどこかに泊まってしまえばいい。きっと大丈夫だ。
 錆兎たちに相談してしまおうかと迷うことはある。けれども言葉にするには、ためらいがあった。義勇が抱える怯えは、できればこれ以上誰にも知られたくない。認めてしまうことこそが怖くて、自分でも気づかぬふりをしていたかった。

 眩しい日差しが満ちた学食にひびく笑い声は明るい。義勇が抱えた秘密は「せっかくのクリスマスデートなんだからオシャレしなきゃ駄目だよ、私が選んであげる!」と迫ってくる真菰の笑顔に気圧されて、胸の奥底にそっと沈められた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 都心ほどではないにせよ、クリスマス一色に染め抜かれた駅前は華やかだった。新幹線の停車駅だけあって広い構内にも、モールやオーナメントが飾り付けられた大きなツリーが鎮座している。駅と直結したデパートのウィンドウもクリスマスカラーに彩られ、さあ盛り上がれと言わんばかりだ。

 義勇は改札を望むそんなウィンドウの前に立ち、流れ出てくる人たちをじっと見つめていた。
 待ち人がやってくるには、もうしばらく時間がある。新幹線の到着時間はちゃんと知らされているが、待ちきれずに三十分ほども早くから駅にいるのが常だ。杏寿郎には絶対に言わないけれど。