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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3

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 リゾート名が印刷された紙袋を互いに持って、手を繋いだまま雑貨ブランドのコーナーに向かう。主力商品は木製の置物らしい。デフォルメされた愛らしい動物がいろいろと並んでいる。時節柄サンタや雪だるまに天使など、クリスマスらしいものも多かった。
 手作業で作られたナチュラル志向の木彫りの置物は、ほとんどが白木に墨の着色で、パッと見は地味だ。だが、手書きゆえかどれも少しずつ表情が違って、素朴な温かみを感じるものばかりだった。
 千寿郎が喜びそうだなと、杏寿郎の頬が緩む。義勇も、祈るようなポーズをしたウサギを見つめ、はんなりとした笑みを浮かべていた。
「これなら、千寿郎も気に入りそうだな」
「うむ! きっと喜んでくれるだろう。どれにしようか。千寿郎が一番好きな動物はライオンだが……お、あるぞ。これにするか?」
「おまえに似てるから、だったか。俺は、あんまり似てないと思うが……」
 百獣の王に例えられるのは少々照れるが、似ていないと断じられるのも、どことなし憮然としてしまう。ついつい眉尻だって下がろうものだ。
「俺は犬か?」
「うん。……あぁ、これ。ゴールデンレトリバーがあればピッタリだったけど、ラブラドールもちょっと似てる」
 のほほんとした顔の犬の置物を前に、義勇はいかにもうれしげに笑っている。
 犬は嫌いではないし、このデザインではライオンだってのんきな顔をした愛らしいものではあるが、せめてもうちょっと格好いい動物にしてほしい。
「むぅ……あ、こっちはどうだ。狼だ!」
 こちらもしょせんは愛らしいの域を出ないが、遠吠えする姿はまだしも精悍と言えないこともない。そんなに格好いいものかと笑われるとしても、それで話が盛り上がるのならそれもまた楽しめるだろう。
 けれども義勇は、笑ってくれるどころか、なぜだか杏寿郎が指さした狼を凝視している。笑みはスッと消え、小さく唇まで噛んでいる始末だ。
「義勇?」
「……似てない。杏寿郎は犬でいい」
 犬だ、ではなく、犬でいい。些細なことだ。意味などないかもしれない。だけど、やけに気にかかる。
 それでも、なぜ? と問うには、義勇の様子は聞く耳など持ってなさげだ。ふいっとそっぽを向いたと思ったら、繋いだ手をほどき離れていこうとさえする。
 突然の変化に戸惑って動けない杏寿郎を、不意に義勇は振り返り見た。
「おまえは犬だよ。やさしい犬。おっかない狼なんかじゃない。ホラ、それより金魚があった。千寿郎への土産、これにしないか?」
 義勇は笑っていた。ぎこちなさなんてどこにもない、自然な笑みで。
 なのになぜだろう。うなじがチリチリとする。

 あぁ。そうか。あのときに似ている。あの事件のころ……心配させまいと隠し事をしていた、あのころの義勇に似ているんだ。

 思った瞬間、記憶のなかに沈めた腹立たしい出来事が、まるで今まさに起きているかのような激怒をともない、呼び覚まされた。
 浮かび上がり、脳裏を占めるのは、怒り。いっそ憎しみと言ってもいい。だって、あれは『敵』だ。なにをおいても、なにを捨てても、排除せねばならない、敵。思い出すだけで激昂に総毛立つほどに、許されざるべき者ども。

 グルッと、喉の奥で唸りがあがる。こめかみがひきつる。ギリッと奥歯を噛みしめた。いま目の前にいるのは義勇だけなのに、怒りがおさまらない。

 と、不意に温もりが杏寿郎の頬を包んだ。反射的に睨みつけても、義勇の手は離れていかない。そればかりか、そのまま杏寿郎の頬をそっとやさしく撫でてくる。
 一瞬にして燃え上がった憤懣が、小さく鎮まっていくのを感じた。代わりに杏寿郎の胸にわきたったのは、不安だ。
「……義勇は、怖いから狼が嫌いなのか?」
「嫌いじゃない」
 声をかすれさせ聞いた杏寿郎に、即座に返った義勇の答えは強かった。
 それ以上は、問えなかった。だって、なんと聞けばいいのかわからない。

 本当は、俺のことを怖いと思ってるか? 怖い俺は……嫌い?

 そんなこと、どう聞けばいい。もしも答えがイエスなら、自分がどうなってしまうか杏寿郎にもわからない。ゾクリと背を走ったのは、怯えだ。
 杏寿郎は小さいころからおばけだって怖くなかったし、転んでも自分で立ち上がり、泣いたりしない。心配そうな義勇に、痛くない平気だと笑ってもみせた。怖いものなんて、ないのだ。痛いと泣いたりなんかしない。
 だけど、義勇に嫌われるのだけは、どうしようもなく、怖い。考えただけで、胸が痛くて痛くて、心臓を切り刻まれているような気がしてくる。
「……杏寿郎、変なこと言い出して悪かった。ホラ、これを買ったら買い物は終わりだ。レストラン行くんだろう? クリスマスディナー、楽しみだな」
 穏やかな声でうながされても、杏寿郎の体は動いてくれそうになかった。つま先からじわりと凍りついていくようだ。勝手に手足が震えだすのを気づかれぬようにすることすらできない。なんて不甲斐ないんだろう。でも、怖いのだ。
「言っただろう? おまえはやさしい犬だって。怖くなんてないし、嫌いになんかならない」
「うん……」
 義勇はやさしく笑っている。笑ってくれる。だけど不安は消えない。怯えは、義勇に嫌われるかもという焦燥だけではないのだ。杏寿郎は恐る恐る口を開いた。
「義勇……なにも、ないか?」
「なにもって、なんだ?」
 からかうようなひびきに、ムッと口をへの字に曲げる。義勇の瞳に映るその顔は、我ながら癇の強い子供のようだ。扱いにくく生意気だと思われそうな顔をしている。だけどここは引けない。
「ごまかさないでくれ。中三のときみたいに、隠してるんじゃないのか?」
「もしそうなら、錆兎たちがとっくにおまえに言ってる。隠そうとしたって、錆兎や真菰にはバレるに決まってるしな。どうせ頼み込んでるんだろう? 俺になにかあったら、すぐに連絡してくれって」
 義勇はいかにも苦笑いだ。
「授業はほとんど錆兎たちとかぶってるし、バイト先でも村田がフォローしてくれてる。いつも信頼できる誰かしらと一緒にいるんだ。おまえが心配するようなことは起きてない」
「……本当か? それならいいが、なにかあったらすぐに言ってくれ」
「ん……。大丈夫だ。怖いことなんて起こらない。きっと。だから、ホラ、笑え」
「……ひひゅう、いひゃい」
 荷物を床に置き、杏寿郎の頬を両手でむにっとつまんで引っ張る義勇は、ご満悦といった体だ。クフクフと笑っている。
「子供のころと違って、あんまり伸びないな。餅みたいにやわらかかったのに」
 むにむにと頬を上げ下げさせるのはやめてほしいのだが。地味に痛い。
 お返しとばかりに、杏寿郎も義勇の頬を両手でグッと挟む。むにゅっとつぶれた頬とタコみたいに突き出された唇に、知らず杏寿郎の目がたわんだ。ブサイクな顔だ。でも、かわいい。

 どうしようもなく。途方もなく。どんな顔になっても、義勇は、誰よりもかわいい。たとえ顔中しわくちゃになり、頭なんてツルツルになったとしても、絶対に義勇はいつまでだって、杏寿郎にとって誰よりも愛おしくかわいいままだ。