にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3
キュウッと眉を寄せ、義勇はますます杏寿郎の頬を引っ張ってくる。杏寿郎も義勇の頬をぐりぐりと手のひらでこねる。いったいなにをしてるんだか。互いに呆れが目に浮かんで、ククッと肩が震えたのは同時。手を離したタイミングも一緒で、フハッとそろって小さく吹き出した。
人気は少ないとはいっても、無人じゃない。チラチラと視線が注がれているのには気づいたが、ちっとも気にならなかった。だって義勇が笑っている。これ以上に大事なことなんて、杏寿郎にあるわけがない。
不安はいつのまにか消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
金山寺味噌やチョコレートなど、家や友人への土産を買い込んでみれば、けっこうな大荷物だ。千寿郎へのクリスマスプレゼントには、結局金魚の置物を買った。同じ金魚でもスモモと違ってふっくらと丸みを帯びた琉金を模したものだけれども、きっと顔をほころばせ喜んでくれるだろう。
目当てのアンパンも、幸いなことに一つだけ残っていた。一押し商品だけあって売れ行き好調らしい。一つだけでも買えて幸いだ。
「けっこう買ったな」
「うむ! だが、アンパンも買えたし、セールをしてたのもラッキーだった!」
そこそこいい値段なのは知っていたから、自分のぶんは控えめにしようと思っていたけれど、たまたま百円均一セールをやっていて助かった。
アンパンもコンビニで売っているようなものの二倍はあろうかという大きさだから、義勇と分け合ってちょうどいい。具だくさんのパンなどを十五個ほども買っても、二人前のルームサービスより安いぐらいだ。
「売れ残ってるのを喜ぶのは申しわけないが、たしかにツイてたな」
「だから言っただろう? 俺の運の良さは折り紙付きだ! 一生一緒にいればそのうち宝くじだって当たるかもしれないぞ!」
「それはさすがに無理だろ。当たってもいいとこ千円ぐらいじゃないか?」
カラリと笑って言えば、義勇もクスクスと満更でもなさそうに笑ってくれる。一生一緒という言葉を否定もせずに。
「ふむ。それなら五百円ずつ山分けだなっ。なにを買う?」
「当たる前から気が早い」
笑いあいながら、人の流れに逆らい駐車場へと歩いていく。さらに増えた紙袋のせいで手は繋げないが、不安はもうなかった。義勇の笑顔を見ても、チリチリとしたさざなみのような胸騒ぎは感じられなくなっている。
喧嘩にならなくてよかった。不安を抱えたままもごめんだ。初めて恋人として過ごせるクリスマスなのだ。幸せな思い出でいっぱいにしたい。
満車状態の駐車場に人気《ひとけ》はなかった。みんなもうイルミネーションを楽しんでいるのだろう。さっきまでとは雲泥の静けさに、杏寿郎もちょっとばかり焦らなくもない。
買い物に少々時間を食ったこともあり、なんだかんだと時間が押している。レストランの予約時間まであと十五分ほどだ。クリスマスイブともなれば予約以外の客も多いだろう、遅刻すれば店に迷惑がかかるに違いない。
有料のショーだって時間で入れ替えだ。最終公演は九時半。食後に広大な敷地を散策しながら向かい、チケットが売り切れる前に到着しなければならない。食事は連絡すれば多少の融通は効くかもしれないが、ショーは開始時間をずらしちゃくれないのだ。
ライトで照らされた駐車場はそれなりに明るいが、それでもきらびやかなイルミネーションからすると寂しく見える。自然と少し早足になった。
「義勇、車はこれだったか?」
たしかこのあたりと記憶にある場所に停められた白い車を指差せば、義勇が小さく首を振った。
「同じ車種みたいだけど、ナンバーが違う。あっちだ」
義勇が足を向けた場所にあった車のナンバーを見て、杏寿郎は、知らずクスリと笑った。
「俺がいるぞ」
笑って指し示したプレートには、05-90とある。
「ホラ、煉獄だ」
本当だと笑うかと思ったのに、義勇はなぜだかソワソワと視線をさまよわせだした。
「義勇?」
「……だから、借りた」
「え?」
「だからっ、煉獄って読めるってずっと思ってたから、村田に頼んだんだっ。……気づかないと思ったのに」
最後の言葉は蚊の鳴くような小ささだ。青白いライトに照らされた頬は、ほのかに赤い。
なんか、もう。なんか、なんかっ、こうっ、あぁぁっ!
顔を覆ってゴロゴロと転げ回ってしまいたいぐらいの興奮は、言葉にならず、どうしていいのかわからない。なんだこのかわいい生き物。駄目だろう、こんな愛くるしい生き物を一人にしておいてはっ! やっぱり絶対に一緒に暮らす! でなければ俺がもたん! 心配で心臓がとまりかねん!
ブルブルと震えて感動と決意を噛みしめていた杏寿郎を、そろりと上目遣いで義勇がうかがい見てくる。恥ずかしいのかマフラーを口元まで引き上げる仕草が、またこう、なんともはや。
「煉獄、だけか?」
「ん? あ、最後の0にもなにか意味があるってことか?」
うわぁ、という語彙力皆無の雄叫びめいた言葉しかもはや浮かばなくなっていた頭が、義勇の言葉であわてて回転しだす。ピッと肩を跳ね上げた義勇は、ブンブンと首を振ってごまかそうとしたようだが、もう遅い。
「ゼロ……零……いや、違うな」
「なんでもないっ! ホラ、いいから荷物入れるぞ!」
「なんでもないってことはないだろう? 丸でもないだろうし、ふむ……」
んー、と目を閉じ考え込む杏寿郎の背を、もういいからと義勇が叩いてくる。照れ隠しでしかないからか、たいして痛くもない。
「あ、ラブ」
「っ!!」
「わかったぞ! テニスのスコアとかのラブだろう! 煉ご……く……ラブ」
ひらめいたことに気を取られ満面の笑みで告げた杏寿郎の顔が、じわりと赤らんでいった。義勇にいたっては、もはやゆでダコみたいだ。答え合わせする必要もない。
あぁ、もう、どうしてくれよう。どうしたらいいんだろう。抱きしめてしまってもいいだろうか。イルミネーション? もうどうでもいい。今すぐ抱きしめて、キスして、それから。それから……。
ゴクリと鳴った喉の音が、やけに大きくひびいて聞こえた。少しうつむいている義勇のふせられた睫毛は、かすかに震えている。
鼻先までうずめた青いマフラーを、そっと引き下ろしても、許してくれるだろうか。駄目と言われても、止められるかわからないけれど。義勇は、背を抱き返して、笑ってくれるだろうか。
ゆっくりと、手を伸ばす。腕をとって、引き寄せて。そうしたらきっと義勇は、恥ずかしそうにちょっとだけ拒んでみせるだろう。でも殴ってきたりはしないのだ。だって、人はいない。自分たちしか。だから抱きしめてもきっと、義勇は怒らない。
杏寿郎の手が伸びてきても、義勇は逃げない。少し体を固くして、さっきよりうつむいても。
もう少し。あと、五センチ。触れたらもう、止められそうにないけれど。止まらないけれど。
指先が、コートに触れた。
「おいっ! いいかげんにしろ!」
ビクンッと飛び跳ねそうになったのは、義勇も同様だ。いや、実際に二人とも二センチくらいは飛び上がったかもしれない。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3 作家名:オバ/OBA