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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3

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 宇髄と真菰に「逢えなきゃ逢えないで派手に愛情が深まるってこともあんだろ?」やら「変なのが寄ってこないように、私たちがちゃんと見張ってるから安心しなよぉ」やらと、苦笑まじりに慰められもした。「バイトもしたことがないなら、生活費なんて実感わかなくても仕方ないだろ」と、錆兎が険しかった表情を緩め言ってくれたのは、武士の情けだろうか。
 みんな杏寿郎に負けず劣らず……いや、あの日あの時にかぎって言えば、杏寿郎以上に義勇の状況を不安視していたに違いないにもかかわらず、そんなことを言い合い笑っていたのだ。
 今となっては杞憂だったと明るく言えるだろうが、一同が抱えていた緊張や危惧は並々ならなかったはずだ。それでも杏寿郎や義勇にはちらりとも悟らせず、笑ってくれていた。
 不死川たちとは二学年、宇髄に至っては五年もの違いがある年の差。普段は気にならない違いを、つくづく感じずにはいられなかった出来事だ。あれ以来、杏寿郎の胸にはいっそう、早く義勇に頼られる大人にならねばとの焦りが居座っているのだけれど。
 
 義勇の目にはまだ、俺が幼い子供に見えているのかもしれない。

 初の黒歴史となった記憶は、いまだに杏寿郎を落ち込ませるし焦らせる。
 あのときガッツリへこんだ杏寿郎に、「決まりだな」と目元だけで苦笑していた義勇の眼差しは、幼子を諫めるものに近かった気がする。
 恋人なのは間違いないし、杏寿郎も疑っていない。それでも、義勇にとって杏寿郎は、弟の枠にも収まったままな気がしてならないのだ。
 幼馴染みであり恋人でもあるかわいい弟分。これが杏寿郎に対する義勇の認識ではなかろうか。
 杏寿郎がちょっぴり喉を痛めただけでさえ、すわ風邪をひいたかと過保護なまでに心配してくれるのは、べつにいい。ふにゃりと笑ってしまうぐらいにはうれしい。だが、恋人になっても扱いがまったく昔と変わらないのはいかがなものか。
 義勇に対しての不満はない。当然だ。義勇は心配してくれているだけなのだ。だから杏寿郎は、不甲斐ない自分への歯がゆさを噛みしめ、弟に甘んじたままでなるものかとの奮起に駆り立てられるばかりだ。

 恋人になる以前からずっと、杏寿郎はいつだって義勇と一緒にいたかった。

『いつまでだって、どこまでだって、義勇と一緒だ。一緒にいよう。世界の果てにだって二人で行こう』

 ギュウッと抱きしめあい約束したのは、もっとずっと幼いころ。絶対に果たしてみせると長いこと杏寿郎は心に誓っていた。
 なのに恋人になっても離ればなれ、義勇は逢いたがる杏寿郎を諌めもする。滞在中は義勇のぶんの食費も出すし、なんなら光熱費だって出すと諦め悪く杏寿郎が言っても、まるでとりあってくれない。バイトに行っているあいだはおとなしく留守番してるからとの言葉にも首を振る。
 後者については、バイト先でも世話になっている友人を杏寿郎が怯えさせたかららしいが、なぜだ。意味がわからない。
 義勇の体調が……ありていに言えば腰の具合がかんばしくなかった原因は自分なのだから、どうしても休めないのならせめて送ってから帰ると押し切ったのは、杏寿郎からすれば当然の成り行きだ。仲がいいと紹介された村田という人に、誠心誠意「義勇が無理をしないよう頼みます!」とお願いするのも。
 翌月に義勇から「かなり怖がってた」とジト目で叱られたが、本当になぜそうなったのか謎だ。さっぱりわからん。

 閑話休題《それはそれとして》。

 杏寿郎にしても、離れて暮らすならばせめて蔦子の家に身を寄せてほしいと、恋人になる前は本気で願っていた。けれども恋が実ったとたん義勇の一人暮らしに胸ふくらませてしまったのだから、我ながら現金だと言わざるを得ない。甚だ恋心とは厄介だ。
 それでもなお、義勇の一人暮らしで得られる恋人としての時間を惜しむより、義勇の暮らし向きへの心配のほうがよっぽど深い。義勇の心身の安寧こそが、杏寿郎の最優先だ。それ以上に大事なものなんてない。
 離れているならせめて毎週と願う理由は、突き詰めればひとつきり。離れているのが不安だから。怖いからだ。
 恋人になれた今も、いや、恋人になれたからこそ余計に、杏寿郎の不安は尽きない。早く大人になりたいとあがく。

 けれどそれを口にすることは決してない。決して消えてはくれない黒くて赤い記憶が、杏寿郎の口を閉ざさせる。
 だからせいぜい杏寿郎に言えるのは、逢いたいの一言だ。そして義勇は義勇で、杏寿郎を心配して首を横に振るのだ。
 
 そんな無駄遣いをするな。無理をして体を壊したらどうする。呆れのため息だけでなく、夜叉か般若かと見紛う形相で怒鳴られるときもある。義勇は絶対に月一以上を許してくれなかった。
 それだって、試験が近ければうちにくるよりちゃんと勉強したほうがいいと必ず言うし、杏寿郎が部を引退するまでは、主将がこんなに休んで部員たちに嫌われないかとまで言っていた始末だ。なんとも心配性がすぎる話ではないか。部員たちにはむしろ、主将の稽古は厳しすぎるから休みでラッキーと思われていたらしいのに。
 惜しむらくは、杏寿郎がそれを知ったのが、引退時恒例の最後の掛かり稽古前だった点である。

 もっと早く言ってくれたなら、心配無用と義勇を説得できたかもしれない。かえすがえすも口惜しい。
 もちろん練習は大事だ。剣道において部員を甘やかす気はない。だが、過ぎた時間は戻らないのだ。そういうことは早く言えと、思わず口の端がひくついた。
 最後の稽古が普段よりちょっぴり過酷な指導になったのは不可抗力と言えよう。主将としての愛の鞭だとも。あくまでも喝を入れたに過ぎない。
 そう、八つ当たりではない。断じて違う。よしんば八つ当たりが含まれていたとしても、十割のうちのせいぜい五分だ。……いや、一割ぐらいはあったかもしれないけれども。

 だからどうしておまえの度量は冨岡が絡んだとたんに針穴になるんだと、伊黒が頭のなかでため息をついた気がするが、諦めてくれとしか言えない。義勇本人に対しては度量の広い男でいるよう努めていても、そのぶん嫉妬心やら警戒心が周囲に向かってしまう。
 自分の知らぬところで、誰かが義勇に悪意を向けてはいまいか。歪んだ劣情を抱いてはいないか。一つたりと見逃してなるものかと、いつだって杏寿郎は、心の片隅で厳戒態勢を解けずにいる。
 伊黒もそれを承知しているから、ため息と皮肉でおさめてくれているんだろう。

 ともあれ、昔から義勇はそんな具合で、なにかにつけて杏寿郎を弟扱いする。杏寿郎にとっては悩みの種だ。頼ってくれているようでいて、甘えきってはくれない。ついでに甘やかしてもくれない。
 いや。そうではない。ずっと幼いころには、甘えてくれたし甘やかしてもくれたのだ。たぶん、義勇にとっては年下の、かわいい弟だったから。それを思えば杏寿郎の心中は複雑だ。
 恋はきっと昔から義勇のなかにもあった。そこは杏寿郎も疑ったりしていない。お互いをなにより大事な存在だと想いあっているのは、疑いようのない事実だと知っている。
 信じているのではない。杏寿郎は知っているのだ。ともに過ごした密接な月日のなかで積み重ねてきたものが、教えてくれている。