にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3
差し出された自分のマフラーを幾分ぎこちなく受け取り、コートと一緒に抱える。そのあいだも、義勇が青いマフラーに手をかけるさまから目が離せない。コートを脱ぐ仕草なんていったら、もう。見続けるとマズイと思うのに、どうしても釘付けになってしまう。
薄着になったわけでもないのに元気すぎて、我ながらあきれ返るというか、嘆きたくなるというか。同級生にエロ本を見せられたって一度も反応したことはないのに、義勇が相手だとこれだ。まったくもって自分でも現金だと言わざるを得ない。
これは子供の証明なんだか、大人だからなのか。どっちにせよ、義勇が魅力的すぎるせいだ。
杏寿郎と違って寒がりな義勇が着ているのは、ほのかに赤く染まった頬が映える白いタートルネックのニットだ。首周りが締めつけられているようで杏寿郎は少し苦手なのだが、義勇が着ているのはサイズが若干大きめなのかゆったりとしていて、息苦しそうな感じはない。細身のパンツとあいまって、義勇のスタイルの良さが強調されて見える服装だ。
ボタンが大きめなコートを着ている姿はずいぶんとかわいく見えたものだけれども、脱げば脱いだで、ゆるっとした白いセーターと脚のラインが強調されて見えるパンツは、肌の露出がないぶん想像がかき立てられいっそ目の毒だ。知らずゴクリと喉も鳴る。
偶然の一致だろうが、白のニットと黒のボトムは示し合わせたようにお揃いだ。まるでペアルックのように思えなくもない。コートだってお互い明るめのグレーで、形こそ違えどお揃いと言える。宇髄は神か。宇髄大明神と今度から呼ぼう。真菰さんにもお礼の品を買わねば。
「ありがとう。……杏寿郎、どうした? 顔が赤い。熱があるんじゃないのか?」
「いやっ、そんなことはない! 元気がありあまっているぐらいだ!」
そりゃもう、少しはおとなしくしてくれと困り果てるレベルのやんちゃっぷりで。
心配をそっくりそのまま返されたセリフにあわてつつマフラーを返せば、義勇の眉がまた、メッと言わんばかりにひそめられた。
「声」
「……す、すまん。つい」
だってしょうがないだろう。心配だから帰ろうなどと言われでもしたら、人生三度目の大泣きをしそうだ。
人前で、というか、義勇の前で杏寿郎が泣いたのは、三回きりだ。そのうちの一回は、蔦子の結婚式で二人一緒に静かに零したうれし涙だが、あとの二回の大泣きっぷりは気恥ずかしいというか、なんというか。
泣いた理由は一見異なるが、どちらも根幹は義勇に対する多大なる恋慕と執着だ。人生初の号泣にいたっては、煉獄家と運送会社で語りぐさになっている。
黒歴史とは言わない。だってどんなに恥ずかしい出来事であろうと、あの日の結末は杏寿郎にとってはたいへん大事で、たいそうキラキラとしているので。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
杏寿郎が初めて義勇の前で泣きに泣きわめいたのは、義勇がランドセルを見せてくれたときだ。暦の上では早春でも、まだ真冬の寒さ厳しい二月のことだった。
春になったら小学校に行くんだよ、おねえちゃんの社長さんたちが買ってくれたんだぁとうれしそうに笑う義勇に、最初は杏寿郎も笑っていた。大きなランドセルを背負う義勇は、いつもよりもっとお兄ちゃんに見えたけれども、とてもかわいかったので。
だけれども、俺のランドセルはいつ買うのですかと母と父に聞いたら、おまえはまだ小学校には行けないと言われ、その笑みもたちまち曇った。
「なんで、ぎゆうといっちょではだめなのですか?」
「だっておまえはまだ四歳だろう。義勇はもう六歳になったんだぞ。二つ上だ。おまえが小学校に行くのは、二年あとだ」
ショックなんてものではなかった。この世の終りが来るとしたら、まさに今このときだとさえ言えただろう。
「ぎゆうは六しゃいになったけど、おれだって五月になったら五しゃいです! いっこちかちがわないのに、なんでですかっ!」
「そりゃ、おまえ……義勇は早生まれだからな」
なんということだ。早生まれとやらが義勇と自分を引き離してしまう。これまでずっと、幼稚園に行くのも帰るのも一緒だったのに。
母を急かして早く早くと待ち合わせ場所に向かい「ぎゆうっ、おはよう!」と声をかければ、「おはよう、杏寿郎」と明るくかわいい笑顔で義勇は駆けてきてくれた。
いつだってどこに行くのだって一緒だし、いつでも手を繋いで歩いた。幼稚園でも義勇の組にばっかり行きたがる杏寿郎に根負けした先生たちが、一緒にいるのを特別に許してくれたではないか。お昼寝もお遊戯も全部義勇と一緒だったではないか。
帰りも当然一緒で、ほぼ毎日、杏寿郎の家でともに食事や入浴するのが当たり前だった。義勇と一緒をみんな許してくれたし、杏寿郎が義勇のナイトでいるのを認めてくれていたはずだ。なぜ今更そんな仕打ちをうけるのかがわからない。納得できるはずがなかった。
大きな涙の粒が見る間に浮かんで、うっと言葉に詰まった杏寿郎は、オロオロとする義勇を見てとうとう大きな声をあげて泣き出した。
「いやでしゅっ! ぎゆうといっちょがいい! ぎゆうといっちょに、しょおがっこおにいきましゅ! おれもぎゆうといっちょにいくっ!」
嫌だ嫌だ離れるものか。義勇にしがみつき着ていたトレーナーを涙と鼻水でぐしょぐしょにするほど、杏寿郎はわんわんと泣き続けた。頑張って改めてきた舌足らずだって完全復活する勢いでひたすら泣いた。
しまいには、義勇までもが「ごめんね。一緒にいられなくてごめんね。俺がランドセル持ってきたせいだよね。ごめんね杏寿郎」と、謝る必要もないのにしくしく泣き出す始末。めでたいはずのランドセルのお披露目は、まさに愁嘆場と成り果てた。
ちなみに、杏寿郎が義勇に初めてプロポーズしたのもまた、その日である。
あの日の話になるたび、、泣きながら「大きくなったらお嫁さんになってずっと一緒にいてくれる?」と聞いた杏寿郎のことを、ちゃっかりしすぎだろうといまだに父はちょっと遠い目をして言う。「うん、いいよ」と義勇が答えてくれるまで、さらに泣くぞと言わんばかりに凝視していたうえ、義勇に指切りさせてやっと泣き止んだと青筋を浮かべて言われれば、自分でもたしかにと思わなくもない。だが、それでこそ小さくとも俺だと褒めたくもなるのだから、筋金入りの義勇馬鹿は今後もますます強固になっていくことだろう。
もう少し蛇足を続けるなら、父だって自分が義勇のランドセルを買えなかったことを今もって悔しがるのだから、じゅうぶん義勇馬鹿だと思う。
蔦子の嫁入りにしても、我が家で式を挙げるのだから諸費用もうちが持つ、花嫁衣装と場所の提供は譲っただろうが食事や引き出物はこっちが出すと、運送会社の社長と張り合っていたのは記憶に新しい。
父も社長も十二分に尊敬に値する人物ではあるが、あれはつくづく大人げなかった。
ちなみに「青二才が生意気な!」「やかましいわクソ爺!」だのなんのと言い出したあたりで妻たちに雷を落とされるまでがワンセット。蔦子の成人式や義勇の入学卒業などでも見られた光景である。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ3 作家名:オバ/OBA