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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 『彼』を知ったのは、小学生のころ。十年ほど前になるだろうか、杏寿郎と一緒に見ていたテレビでだ。世界で一匹きりだったカメが亡くなり、絶滅が確定したというニュースだった。
 世界に一匹だけしかいなかったゾウガメ。どんなに似ていたって、彼と同種は世界中のどこにもいない。一人きりだから、彼の名前はロンサムジョージ。孤独なジョージ。
 ジョージは亡くなるとき寂しかったのだろうか。それとも、ようやく仲間に逢えると喜んだだろうか。
 ギュッと胸が痛くなって、テレビを見ながらハラハラと涙をこぼした義勇に、杏寿郎は肩を跳ね上げらせ、すぐさまギュウッと抱きついてきた。
「大丈夫だっ、俺がずっと一緒にいる! 義勇を一人になど絶対にしない!」
 ジョージと違って義勇は人間だから、仲間はたくさんいる。世界中にあふれかえっている。それでも、杏寿郎がいなければ一人きりになる気がした。
 誰といても一人。それはどれだけ悲しかろう。つらかろう。もしも、杏寿郎と出逢っていなかったら。五月のあの日に、杏寿郎が笑いかけてくれなければ。

 一人ぼっちだ。

 ずっと、ずっと、自分は一人きり膝を抱え、泣くこともできずに震えていただろう。姉がいたって、錆兎と真菰がいたって、悲しみと罪悪感を一人で抱え込んでいたはずだ。義勇はそれを疑わない。
 杏寿郎は違うかもしれない。いや、出逢うことがなければ、確実に違う今となっていたはずだ。杏寿郎は誰にだって好かれるから、もしも義勇と出逢わず過ごしたとしても幸せだったろう。義勇のように寂しい悲しい……ごめんなさいと、泣くことなどない日々を送ったに違いない。
 それでも、もう出逢ってしまったのだ。杏寿郎の幸せは、もはや義勇なくしては成り立たない。自意識過剰と言わば言え。ただの事実だ、それ以上も以下もない。だから義勇は疑わない。杏寿郎もまた、義勇がいなければ一人ぼっちになることを。

 世界で二人きりな番の存在があるとすれば、それはきっと、自分と杏寿郎だ。

「うん。俺も杏寿郎を一人になんてしない。ずっと一緒にいようね、杏寿郎」
 まだ涙のにじむ目で笑えば、杏寿郎は、さらにギュウッと抱きしめてくれた。

 そうして今も、一緒にいる。離れて暮らしたって、こうして逢いにきて、隣にいる。
 広くてたくさんの人があふれた世界で、互いの存在だけを抱きしめ生きることはできないと、大きくなった義勇は知っている。それではいけないのだということも、理解していた。
 互いのことだけに頭を占められて、恋に溺れて暮らせるはずもない。
 無人島で二人きり暮らしているわけではないのだ。杏寿郎がいなければ生きていくのさえつらくとも、杏寿郎とだけ生きることはできない。
 多くの人たちに助けられ、助けあい、笑いあって生きていく。大好きな人達と一緒に、二人で。
 杏寿郎がいない生活も、杏寿郎とだけの生活も、選びたくなどないし、そんなものクソくらえだ。

『約束する、一緒に行こう! 誰も悲しませないように!』

 小指をからめて交わした約束を忘れない。守るとも。なにがあろうと。
 どれだけ寂しい日々を一人膝を抱えて過ごしても、必ず果たしてみせる。
 ドードー、タスマニアタイガー、オレンジヒキガエル、ニホンオオカミ……ピンタゾウガメのロンサムジョージ。間に合わなかった生き物たちが、最後の日になにを思ったかなんて、義勇は知らない。言葉を持たぬ動物の心なんて、しょせん人間に理解できるわけもない。こちらが勝手な想像を押しつけているだけだろう。
 大きくなった今ではもうわかっている。人のように複雑な感情を持ちえぬ動物である彼らは、己の境遇を嘆くことなどない。自分が一人きりだとすら知らずに生き、静かに息絶えただけだ。悲しみも孤独も知らずに。
 それでも、約束したのだ。杏寿郎と。
 だから義勇はまだ、愛してるとは言わない。子供である今はまだ。
 大切な約束を果たすために。ただ一つの恋が、杏寿郎を閉じ込めてしまわぬように。


「俺は、ジョージのように義勇を一人にはしない。ずっと一緒にいる。そうだろう?」
 ギュッと握られた手と強い声。ずっと変わらぬ約束の言葉。
「……あぁ、約束だ」

 けっして負けるものか。義勇は微笑みの裏側で決意を燃やす。
 いい加減、行動に出てこいと焦れている。でも、今は駄目だ。杏寿郎がいるうちはマズイ。杏寿郎と引き離されるトリガーになり得る危険性は、避けて通るが吉だろう。

『落ち着いて行動しろよ? 貴様は抜けているからな、万が一のためにちゃんと練習しておけ。だがいいかっ、練習するなら今から十分だけにしろ! 動作確認とはいえ、あんなもの何度も聞きたくない、聞きたくないっ!』

 今朝は見つけたものに動揺して、思わず伊黒に電話してしまったけれど、大丈夫だ。ちゃんと落ち着いている。アプリの動作も正常だった。伊黒はなんでまたそんなものにしたと怒っていたけれども。
 それに、今日は帰らない。明日には部屋に帰らなければならないけれど、なんならこのままデートの続きをしようと言えば、杏寿郎だって反対しないだろう。杏寿郎が帰るまで外で時間を潰せばいい。だから大丈夫。今日はただ楽しめばいいのだ。
 思っても、不安の欠片はしつこく義勇の心の片隅に蘇っては、義勇の熱を冷ます。杏寿郎に悟られぬよう心を平易にと務めるのは、少々骨が折れた。

「あ、ホラ、義勇! 有料ゾーンに入るぞ」
 明るい声にうながされ、義勇は顔を上げた。思考を引き戻されて助かった。知らず表情が固くなりかけていた。
 ちょうど顔をチケット売り場に向けたところだったせいか、杏寿郎は、義勇の様子には気づかなかったらしい。気づかれなくて幸いだ。なんてタイムリー。たしかに、杏寿郎と一緒にいるとツイてる。
「……噴水?」
「うむ。驚かせたかったが、よもやレストランから丸見えだとはな」
 残念そうにうなるから、義勇も自然に笑えた。
「あれだけ高く上がればな。でも、楽しみだ」
 イルミネーションの最大のイベントは、ライトアップされ音楽にあわせて上がる噴水のショーらしい。流行り廃りにうとい義勇は知らなかったが、杏寿郎が言うにはけっこう有名なイベントなのだそうな。
 杏寿郎だってそういった催しには不案内なタチだから、説明してくれた内容はネットの受け売りばかりのようだったけれども。

 ともあれ、今日は楽しいクリスマスデートだ。不安にばかりとらわれるのはもったいない。
 サプライズではなくなったが、噴水を杏寿郎と見られるのは、義勇にとってはやはりタイムリーだと言える。折り紙つきの運の良さと豪語するだけあるなと、義勇は小さく笑った。
「近くで見たら、すごく迫力がありそうだな」
「うむ! なにしろ、傘がないとずぶ濡れになるらしいぞ」
 ちょっぴりいたずらっ子のような笑みで言う杏寿郎に、義勇は合点がいったと眉を開いた。
「それで折りたたみ傘か」
「無料の貸し出しはあるようだが、一本ずつ渡されては相合い傘ができんからな」
 うんうんと心得顔でうなずくから呆気にとられてしまう。
「……馬鹿」
「義勇馬鹿と父上によく言われる!」