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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 ハハハと快活に笑う杏寿郎の顔を見ていると、恥ずかしがっているのがそれこそ馬鹿みたいだ。
 それに、馬鹿はお互い様なのだ。義勇だって杏寿郎馬鹿を自認している。杏寿郎から引き離されないために、一人で膝を抱える夜を過ごす日々を選んでしまうぐらいには。
「相合い傘にしたら、手はつなげないな」
「むぅ……それだけがちょっと問題だ。だがまぁ、どうにかなるだろう!」
「……おい、意地でも手を離さないつもりじゃないだろうな」
「駄目か?」

 ……だから。その上目遣いをやめろ。雨に濡れた仔犬か。

「……あんまり人目があるところではするなよ」
「心得た! だが、どうせみんなショーに夢中で、周りのことなど気にしないと思うがな」
「ならおまえもショーに集中しろ」
「それはちょっとむずかしいな! 隣に義勇がいるんだ。義勇を見てしまうに決まっているだろう?」

 だからっ! いきなり男くさい顔をして低い声でささやくのもやめろ!

 思わず小さくうなった義勇を、イルミネーションの光を弾いてやさしくきらめく杏寿郎の目が、幸せそうに見つめていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「あんまり近くだと、かなり水が降ってくるらしいからな。迫力不足かもしれんが、少し離れて見るか」
「そうだな。あんまり人が多いと、ちょっと人酔いしそうだ」
 もともと義勇は人混みが苦手だ。寒がりなのでずぶ濡れも勘弁願いたい。

 定員制のエリアには、すでに多くの客が詰めかけている。最終公演だけあって子供連れは少ないが、カップルらしい男女がひしめきあっていた。
 時間はこれまたギリギリだ。それが功を奏したと言えば、なんとはなし負け惜しみめくが、人混みのなかは避けたかったからちょうどいい。
 義勇と杏寿郎も人混みの後ろを位置取り、光を写し鮮やかに染まった水面を人の肩越しに見つめた。
 アンパンと同じく義勇に傘を取り出させた杏寿郎は、どうあっても手をつないだままでいるつもりらしい。右手で傘を義勇に差しかけ、杏寿郎は、義勇とつないだ左手をポケットに入れるとピタリと肩を寄せてきた。それでも傘はほとんど義勇の上だ。
「おい、おまえが濡れるだろう」
「なに、俺は自前のコートだからな。多少濡れてもかまわん。義勇のは借り物だろう? 濡らすのはマズイんじゃないのか? 気になるならこうしよう」
 言うなり杏寿郎は、傘を持つ手を義勇の肩にまわし引き寄せると、向かいあう形で横立ちにさせてくる。まるっきり抱き合っているのと変わらぬ体勢だ。
「お、おいっ」
「義勇、そっちの手も俺のポケットに入れたらあったかいぞ。大丈夫、誰も見てない」
 それはそうだが、と、ちょっぴり義勇が眉を寄せたところで、音楽が流れ出した。
「始まるぞ。ホラ、水がかかると冷たいだろう。手、早く」
 杏寿郎の声と同時に、空に鮮やかなレーザーライトが放たれ、ほとばしる水流が幾筋も夜空に向かって伸びた。ワッと歓声があがる。
 軽妙な音楽にあわせ、噴水はさまざまな角度で放たれては、揺らめく。まるで水と光が手を取り合いダンスしているかのようだ。
 放物線を描きカラフルに光る水の柱を見つめたまま、義勇はかじかんだ手を、そっと杏寿郎のコートのポケットに差し入れた。
「……もっとくっつけ、受験生。風邪を引いたら、二月には本当に錆兎と旅行に行くぞ」
「それは勘弁してくれ」
 ぼやきめいた口調だが、声は笑んでいた。
 抱きあっているのとさして変わらぬ二人に、気づいた者はいないようだ。歓声を上げる観客たちに倣い、義勇と杏寿郎も光と水の乱舞を見つめる。
 前方ほどではないだろうが、義勇たちが立っている場所にも、霧雨のようなミストが降りかかってくる。決して義勇を濡らすものかとでも思っているのか、杏寿郎は義勇の上に差しのべた傘を揺らすことがない。ときおり大粒の水滴が傘を打つ音はするものの、飛沫が気になるほどではなかった。
 ちらりと視線を向ければ、杏寿郎の横顔が間近に見える。長い睫毛の先に、細かな水滴がついていた。きれいだ。色とりどりのライトよりもっと、杏寿郎のほうが、きれい。わけもなく目の奥が熱い。義勇の睫毛にもついた細かな水滴は光の粒となって、目に映る杏寿郎の顔を七色にきらめかせる。

「杏寿郎、知ってるか? 昔の噴水は逆サイフォンの原理で作られてたそうだ」
「逆サイフォンの原理?」

 踊る水と光に視線を戻し、義勇は言った。杏寿郎の視線を頬に感じるが、見つめ返すのは後でいい。目を見て言うのはちょっぴり気恥ずかしい。

「水はどれだけ離れていても、つながりあっているかぎり水面の高さを同じに保とうとする。高い位置にある水源から水を引いて池のなかに出口を作ると、水源と同じ高さになろうとして吹き上がるんだそうだ」
「ふむ。聞いたことがあるな。どこかの城にある噴水だったか?」
「うん。こっちにくると決めたときに、伊黒に言われた。俺と杏寿郎は噴水と同じだから、いらぬ心配をするなと」
 声が少し震えるのは、寒いからだ。恥ずかしさをこらえるために、ちょっとだけ勇気がいったのも、確かだけれど。
「離れたってどうせ貴様らはつながりあってるんだから、噴水みたいに好きな気持は同じであろうとするに決まってる、だそうだ。……俺も、同感だ」
 ショーの噴水は、そんな原理とは関係なく動力によって噴射されているのだろうけれど、それは言わぬが花だ。無粋がすぎる。義勇は肩をすくめたくなったのをどうにかこらえた。
 いずれにせよ、距離なんて関係ないのだ。つながっている以上は、いつだってお互い想いの丈は同じだ。俺のほうが好きだなんて、不安になる必要はない。嫌われたらなんて、考えないでほしい。

 伝わるだろうか。伝わってくれと義勇は願う。いつだってお互いの心はつながっているし、いつでも杏寿郎が想ってくれるのと同じだけ、自分も杏寿郎のことを想っていると。

 そっと視線を杏寿郎へと移せば、ひたりと見つめてくる瞳と目があった。
 睫毛についた水滴が、少し邪魔だ。光と雫がプリズムを生んで、杏寿郎のやさしく温かな焔のような瞳をぼやけさせる。杏寿郎の目に映る自分の顔がぼやけて見えるのは、ちょっぴりありがたいけれど。

「同じ、か」
「同じだ」

 ささやきをかき消すように、ひときわ大きな歓声があがった。
 ショーはクライマックスなんだろう。きっと謳い文句にある壮大な水の奔流が、高く、高く、天を衝いたのに違いない。観客の目は高くそびえる水流に釘付けなはずだ。
 折りたたみ傘がかしいで、ミストのような水が降りかかる。でも、寒くはなかった。大きな歓声も、流れる音楽や水音も、もう義勇の耳には届かない。
 錆兎たちに、勇壮な日本最大級の噴水についての土産話は、できそうになかった。肝心のクライマックスを見損ねたのかと呆れられるだろうが、しょうがない。
 だって、目を閉じてしまったから。噴水の水よりも大きく高く、月にも届けと湧き上がった恋心は、二人、同じだけ。だから、義勇はクライマックスのそれを見ていない。
 天使の羽が触れたかのような、冷たいけれどやわらかくやさしい唇の感触と、強く握りあった手の力強さと温もりしか、義勇は知らない。