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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 駐車場に戻るまでは弾んだ――といえば、ちょっとばかり語弊があるかもしれないが――会話も、車中では二人ともだんまりが続く。だが沈黙はそれでもにぎやかだ。早鐘のように騒ぐ鼓動がうるさくてしかたがない。

 車に乗り込むまでに交わした会話の内容は、楽しいとばかりは言えないものではあった。
 やはりショーを見に来たらしい狛治と恋雪の姿を見かけたのは、有料ゾーンを出てすぐだ。初対面時の怒鳴り声が嘘のように謝りたおす狛治や恋雪に、米つきバッタよろしく何度も頭を下げられ、ちょっと面食らったときにはまだ、心は穏やかだった。
 猗窩座はけっきょく別行動になったらしいが、駐車場で待ち伏せされることもなく、ホッと胸を撫でおろしもした。やけに杏寿郎と義勇を気に入ったみたいだから見かけたら注意してくれと、再三再四念を押されたのは参ったけれども。迷惑な奴だったなとぼやく杏寿郎に、出くわしても三十六計逃げるに如かず、相手になるなよと義勇もさらに念押ししたのだから、あまり人のことは言えない。

 そうして車に乗り込み、今度は高速を使わずに走ること、早十分。搭載されていたナビに杏寿郎が目的地を入力してしまえば、車内に聞こえる声は、ナビゲーションのどこか機械めいた音声のみだ。
 猗窩座の話をしているあいだは神妙に肩を落としてうなずいていた杏寿郎も、もうすっかりこれからのことへと意識が向いているようだ。義勇も無表情を貫いてはいるが、目的地が近づいてくるに従って鼓動はどんどん早まっていく。
 緊張も期待も、自分一人ではないから幸せだ。口を開いたらそれこそ高まる想いが噴水みたいにとびだして、ホテルに辿り着くまで我慢できなくなりそうだと、ハンドルを握る義勇の手が小さく震える。杏寿郎も鏡写しのように同じ気持ちでいるとわかるから、鼓動は治まる気配がない。
 恋人として初めて二人きりで過ごす、クリスマス。義勇の小さなアパート以外で愛しあうのも、初めてで。一緒に夜を過ごし朝を迎えることぐらい、恋なんて言葉も知らないころから恋人になった今でもずっと、当たり前の日常だ。けれど今日は、きっと特別な夜になる。そんな予感が二人ともしている。

 杏寿郎は、頭のなかで必死にシミュレーションを繰り返してるんだろう。ちらりと横目で見るたびに、面映そうに笑みを噛み殺したり、真剣な顔で小さくうなずいたりしてる。ホテルに着いたあとのことまでレクチャーされてないだろうなと、ちょっぴり面白くない気分にならなくもないが、小さな百面相はそれなりに愉快だから、まぁいい。
 ときどき義勇をちらりとうかがい見ては、目があうなりパッと頬に朱をのぼらせる杏寿郎を笑う余裕は、義勇にもない。だって義勇もおそらくは、どっこいどっこいな顔をしてるに決まっているのだ。冷静にと自分に言い聞かせても、口は勝手に笑いたがりムズムズするし、杏寿郎がなにか壊したらどうしようと、眉間が寄ったりもする。
 ちょっとだけ、嘘だ。
 心配なのはむしろ、自分自身の浮かれ具合だ。もう何度も杏寿郎と体を重ねてきているけれど、初めての夜から今までずっと、義勇の部屋での経験しかない。月イチということもあってか、マンネリとは今のところまったく無縁だけれど、いつもお定まりの流れになるのは致し方ない。
 だけど、今日は。
 いつもなら食事をしたあと、狭いユニットバスじゃ昔みたいに一緒になんて入れないから、交代で風呂を使う。他愛ない話などしているうちに夜が更けて、だんだん会話が途切れがちになる頃合いに、そろそろ寝ようかと少し固い声で杏寿郎が言うのが合図。
 四畳半一間の部屋はベッドなんて置けない。布団を敷く一分にも満たない時間は、本当はいつでも恥ずかしい。客用の布団なんてない義勇の部屋で、二人を照らすのはオレンジ色の豆電球と、声をごまかすためにつけたテレビ画面。空々しい笑い声やら静かなナレーションにまぎれてもらす二人分の吐息や喘ぎは、いつだって控えめだ。
 でも、今日は。
 
 早く。そんな言葉が、冷静なつもりの頭で繰り返される。吐く息すらもう、やけどしそうに熱くなっているのがバレそうで、なんだか少し息苦しい。おこちゃまだとか奥手だとか、宇髄や真菰にからかわれることが多い義勇にだって、欲はあるのだ。杏寿郎限定で。


「あ、アレだ。義勇、あの看板のところに入ってくれ」
「車が飾られてるとこか?」
 ナビが告げるより早く指し示された看板に、義勇は思わずパチリとまばたいた。
 面白いコンセプトのホテルと杏寿郎は言っていたが、看板にはモーテルとある。看板のすぐ脇にショールームみたいなガラス張りの小屋があり、レトロなアメリカ車がライトアップされていた。
 なんだか予想外だ。
 義勇が思い浮かべるホテルといえば、リゾートホテルや駅前などに多いビジネスホテルだ。杏寿郎が予約するならせいぜいビジネスホテルだと思っていたから、外観は普通のビルだろうと予想していたのに、ずいぶんと趣が違う。
 モーテルと言われて義勇が思い浮かべるのは、以前、錆兎にお薦めされて杏寿郎と観た深夜映画だ。あれもたしか、舞台がモーテルだった。
 アメリカにある寂れたモーテル兼ダイナー兼ガソリンスタンド。なのにタイトルにはカフェとついていて、なんで? と杏寿郎と二人で首をかしげたのを覚えている。
 錆兎には申し訳ないが、内容についてはほとんど覚えていない。その夜の思い出はといえば、前月に激しく壁を叩かれたのを反省し、テレビをつけっぱなしにすることにしたのはあの日からだったななんていう、なんともいたたまれないものだ。大学で逢ったときに感想を聞かれてもなにも言えず、訳知り顔で苦笑した錆兎の顔まで思い出してしまった。
 ともあれ、モーテルだろうとホテルだろうと、宿泊施設であるのに違いはない。

 ハンドルを切り敷地に入ると、いよいよ古き良き時代のアメリカめいたロケーションだった。
 アメリカのモーテルを意識しているのであろう、ネオンライトが光る給油機。ライトで照らされた順路の先には、お愛想程度に植えられたパームツリーが見える。小さなテラスのついた赤と白を基調としたダイナーの窓から見えるのは、いかにもアメリカンテイストな内装である。なんだかそういうコンセプトのテーマパークみたいだ。
 ダイナー以外の建物は、メゾネットタイプの集合住宅のように見える。それぞれにガレージがついていて、どの部屋にも車が止まっていた。
「フロントがある建物はどれだ? 部屋に直接駐車するホテルみたいだが、まずはフロントに行かないと駄目なんじゃないか?」
 義勇はもっともな疑問を口にしたつもりだったが、なぜだか杏寿郎はちょっとあわてだした。
「いやっ! アメリカのモーテルと同じでガレージインなんだっ。予約してあるから部屋はわかるし、チェックアウトは部屋に自動精算機があるらしい!」
「叫ぶな、耳が痛い。変わったホテルだけど面白いな。おまえが泊まりたがったのもわからないでもない。子供が喜びそうだ。よく予約できたな」
 義勇だってホテルなんて慣れちゃいないが、エスコートするのだと気負っている杏寿郎の緊張は、義勇よりよっぽど高まってるんだろう。