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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 少しでも気を楽にしてやりたくて軽口で返したのだけれど、杏寿郎はグッと言葉に詰まったあげく、めずらしいことにうつむいてしまった。モジモジと膝の上で手を握りしめてさえいる。
 リゾートホテルで見せた堂々とした態度が嘘みたいだ。物慣れた紳士然とした姿だって嫌いじゃないが、こんな初々しさにはホッともするし、キュンとときめきもする。

 だが……これはちょっと、緊張しすぎじゃなかろうか。いや、緊張というよりも、むしろ。

「おい、なにを隠している」
 後続車がないのを確認し脇へと車を止めた義勇は、じっと杏寿郎を見つめ問いただした。
「その、子供は……駄目なんだ。十八歳未満はだな、保護者同伴でも、ここには、泊まれなくて」
 いっそううつむいて言いよどむ杏寿郎の顔は、トマトみたいに真っ赤だ。
「は? なんで?」
 いかにもテーマパークっぽくて子供が喜びそうなのに。というか、そもそも子供が泊まれないホテルなんてあるのか? いや、それ以前に質問の答えになってないだろうが。
「杏寿郎?」
「……っ、義勇とラブホテルに泊まってみたくて、男同士でも入れるところを探していたら、ここを見つけました! 満室だと格好つかないし、義勇に先に言ったら叱られるかもと思って予約しました!」
 シートベルトが切れるんじゃないかと思うほど運転席へと身を乗り出し、杏寿郎が勢いよく頭を下げて叫んだ。あんまり大声すぎて、キーンと耳鳴りがする。

 ラブ、ホテル。って、なんだ。いや、知ってる。言葉なら。どんなに奥手だとからかわれようと、それぐらいは知っているとも。利用したことなどないけど。断じてないけれど。
 だって恥ずかしいだろう。そういうことに特化したホテルに入るなんて。目的がわかり易すぎる。
 というか、そうか、男同士では入れないところもあるのか。知らなかった。

「……ここ、そういう」
 ポカンとして義勇がつぶやいたのは、無意識だ。責めたつもりじゃなかった。だけど杏寿郎はそうは思わなかったらしい。
「黙っていて、ごめんなさい!」
 頭を下げたまま言う声は変わらず大きいが、ちょっと震えている。

 うん、潔く謝るのは子供のころから変わらないな。口調が小さいころに瑠火さんから叱られたときみたいになってるのも、なんかかわいいし。それに。

 フゥッと息をつき、サイドブレーキに手をかけた義勇に、杏寿郎の肩がビクンと大きく震えた。そろりと上げられた顔は泣き出しそうなくせに笑っている。
「泊まるの、やめるか」
 顔こそ笑っているもののしゅんと肩を落として言う杏寿郎の前髪は、噴水の水しぶきでほんの少しへにゃっと垂れてる。主人に叱られて落ち込む犬の耳みたいに。車内はエアコンが効いて温かいけれど、コートの肩だってまだ乾いてない。
 俺ばかり濡れないようにするからだ、忠犬すぎるだろうバカ犬めと、胸中で義勇はなじる。でないと、大好きがあふれて抱きついてしまいそうだ。

 ラブホテル、だって。義勇と泊まってみたいから、なんて理由で。むず痒さを覚えて義勇は小さく唇を噛む。幸せすぎて笑いだしたりしないように。
 部屋にこもって真剣にスマホを操る杏寿郎の顔が目に浮かぶ。
 たぶん、千寿郎が入っていいかと声をかけるたび、飛び上がりそうにあわてたことだろう。大急ぎで履歴を消すのが目に浮かぶ。千寿郎はまだスマホを持ってないから、調べ物をしたいと杏寿郎に借りることがそれなりにあるのだ。
 ごまかす言葉を思いつかず、ちょっと待てと大あわてで履歴を消して、少し引きつった笑みでスマホを渡したあとで一人深くため息をつく。そんな杏寿郎のさまを義勇はありありと思い浮かべる。

 あぁ、もう、本当に賢いくせに馬鹿だ。馬鹿正直に白状して、子供みたいに謝って。叱られた犬のようにしょんぼりしている杏寿郎に、こみ上げる愛おしさとやるせなさは、同じだけ義勇の胸を締めつける。後悔にはそれでも歓喜がまじるから、わずかばかり泣きたくなった。
 生真面目で正義感が強い杏寿郎が嘘をつくのは、それが必要だと思うときだけ。自分の失敗や過ちを隠すためではなく、誰かのためばかり。義勇が初めて杏寿郎が嘘をつくのを聞いたのも、誰かを……義勇を、守ろうとしたときだ。

 静かに車を発信させた義勇に、杏寿郎の顔が一瞬だけ痛そうにゆがむ。けれどもすぐさま、傷ついたその顔は笑みに戻った。
「勝手なことをして悪かった! キャンセル料金は俺が」
 杏寿郎の言葉が途切れたのは、ちょんと唇を押さえた義勇の指のせいだ。横目でちらりとうかがい見れば、杏寿郎は目を白黒とさせていて、少しだけ溜飲が下がる。
 片手ハンドルは若葉マークの義勇にはちょっと怖いから、指はすぐに離してハンドルへ。視線も前へ。声は、できるだけ平静を装った。
「もう夜も遅いぞ。ここを出て、どこに行く気だ?」
「……クリスマスだし、どこもきっと部屋は空いてないだろうしな。帰ろうかっ!」
 明るく笑ってみせるから、もうどうしようもない。こういうときこそ高感度富岡センサーを発動させろと、ちょっぴり八つ当たりなんかしたくもなるが、さとられないからこそ助かることもままある。

 おまえにばかり大人ぶらせてたまるか。セクシーなんて自分には縁遠い言葉だ。そんな要素が自分にあるとは思えない。それでも、してやられてばかりなんて冗談じゃない。

 少し細めた目でちらりと視線を投げて、杏寿郎の唇を塞いだ人差し指を、今度は自分の唇の前に立てる。
 シーッと大きな声を咎めてみせて、少しだけ顔を向けて杏寿郎を見やりながらチュッと自分の指にキスを落とす。ささやかな間接キスに杏寿郎の顔がますますゆでダコめくと、胸にむず痒いような歓喜があふれた。
「本当に帰るのか?」
 声はそれでも少し上ずった。セクシーな仕草なんて、どうすればいいのかわからない。杏寿郎みたいにコートを脱ぐだけで男の色気をあふれかえさせる芸当は、自分にはとうてい無理難題がすぎる。でも甘えてみせるぐらいなら。
 そっと伸ばした左手で、杏寿郎の腕をそろっと辿る。早くなんとか言え。片手ハンドル怖いだろうが。思いながら義勇は、膝で握られた杏寿郎の手に自分の手を重ねた。
「なぁ、本当に……帰る?」
 杏寿郎も少しぐらいはときめいて、ドギマギすればいいのだ。車を運転しているだけでセクシーだなんて言ったくせに、観光してるあいだ中、杏寿郎は、部屋で二人きりのときに見せる欲情の色などちっとも見せやしなかった。俺ばかりときめかされるなんて、ズルい。

 ……まぁ、人前であんな顔をされても困るけれど。
 
 自分に覆いかぶさる杏寿郎の汗にまみれた顔が、義勇の脳裏に浮かび上がりそうになった瞬間に、杏寿郎の顔は見えなくなった。正しくは、近すぎてよく見えない。
 かすめ取るように奪われた唇は、一瞬の出来事。すぐに解放されて、でも、運転中だぞと文句を言う暇なんてなかった。
「あんまり、煽らないでくれ。我慢できなくなる」
 耳に直接ささやきかけてきた低い声音と熱い息に、ゾクゾクと背が震え、知らずゴクリと喉が鳴った。目を閉じなかっただけでも上出来だ。ホテルの敷地内で徐行運転してるとはいえ、事故など起こしたら目も当てられない。