にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1
そのたび杏寿郎の瞳がギラリと光るが、これはもうしかたがない。あからさまな揶揄や嘲弄の言葉を投げつけられればそのかぎりではないが、これしきのことなら気に病むだけ無駄だと、お互い肩をすくめてやり過ごすだけだ。
誰彼かまわず吹聴する気は毛頭ないが、胸を張り誰にも恥じぬ恋だと言えもする。手をつなぎ歩く気恥ずかしさや幸せは、ほかのカップルとなんら変わらない。同性であることが恋の障害だというのなら、愛とはそもそも偏見に満ちていると言わざるを得ないではないか。二人の顔には笑みだけがあった。
水族館ではやたらと写真を撮りまくっていた杏寿郎だけれど、意外なことにイルミネーションではあまりスマホを取り出さない。
いや、意外でもないか。
青いツリーの前でほかのカップルに声をかけ写真を頼む杏寿郎に、口を挟みはしないものの、ちょっぴり義勇は呆れ気味だ。
ようは、つないだ手を離すのが惜しいのだ。ついでに、イルミネーションだけを撮るのには興味がない。水族館でだって、杏寿郎が撮るのは水槽を覗き込む義勇ばかりだった。
金魚を見にきたんだから金魚を撮れ。それを見せられる不死川たちの気持ちも、ちょっとぐらいは考えろ。言っても無駄だったから、もう言わないけれど。
言いあいも楽しいのは確かだが、人前で嫌だ駄目だと揉めるより、さっさと撮って終わるほうがいい。恥ずかしいのは一瞬で済む。マフラーが顔を隠してくれるし。
「……調理家電とかは壊すのに、黒物家電は平気なのはなんでだろうな。スマホやパソコンを壊したことはないだろ」
撮ってもらった写真をホラと笑って見せてくる杏寿郎に、義勇の声はちょっとだけ呆れたものになった。
「むぅ。それに関しては俺こそ知りたい。レンジと洗濯機ぐらいは使えるようになりたいのだが」
「大学はやっぱりこっちか?」
「当然だ! 絶対に合格するからな!」
そりゃ確実に受かるだろうが……。義勇は我知らず眉を寄せた。
もっとレベルの高い学校を狙えばいいのにだの、わざわざ家を出る必要はないだのといった小言だって、言うだけ無駄だ。物理的に距離が離れたところで杏寿郎の義勇への想いがわずかにでも薄れることなどないのも、十二分に実感をともない理解している。だから今更そこを突く気はない。藪は突かないにかぎる。出てくる蛇がみなすべて、伊黒のペットのようにやさしいわけではないのだから。
だが、煉獄家の面々が案じる杏寿郎の壊滅的な家事音痴っぷりは、義勇にとっても心配の種だ。
「食事は作りに行ってやる。洗濯は、コインランドリー……いや、俺がやるから、取り込みだけは自分でしろ。食事付きの学生マンションという手もあるが、その場合も洗濯は俺のとこに持ってくるしかないな」
歩きながらの会話が、義勇の言葉にピタリと止まる。ついでに足も。
足を止め黙り込んだのを訝しみ視線を向ければ、へにゃりと眉を下げた杏寿郎と目があった。
「やっぱり、一緒に暮らすのは駄目か?」
「俺の部屋は四畳半一間だぞ。台所も一口の電熱コンロだ。二人で暮らすには向いてない」
同棲と言わなかったのは褒めてやろう。けれども、答えは同じだ。断固ノー。
杏寿郎の食欲を満たす量を毎食作るとなると、二口以上のガスコンロは必須だ。IHは万が一杏寿郎が触った場合を考えれば却下。それに。
「……壁だって薄いし、おまえの声は大きいからな。毎日苦情を言われかねない」
少し声のトーンを落として言った義勇に、杏寿郎の顔がちょっぴり引きつりつつも赤く染まった。壁を叩かれたドンッという大きな音を、杏寿郎も忘れてないのだろう。きっかけとなった声は、杏寿郎のではなく、義勇の声だったけれど。
いろいろと思い出してしまって、義勇の頬も寒さばかりでなく赤い。鼻をすっぽり覆うほどに引き上げたマフラーで、杏寿郎ほどは目立たないだろうけれども。
「声は、その、気をつける。食事は、惣菜を買うとか……もちろん、食費は俺が多めに出すぞ!」
「きっちり折半。それ以外は認めない」
「ならっ、広い部屋に引っ越せば」
「引越し費用がいくらかかるか、わかってるか? 初期費用をまた出すほどの余裕はない」
杏寿郎の言葉を遮りキッパリと言い切った義勇に、杏寿郎がハァッと深いため息をついた。
「俺のわがままで引っ越してもらうのだから、俺が出すと言ってもか?」
「出すのはおまえじゃなく槇寿郎さんだろ?」
「……父上たちはむしろ、費用は出すからと頼み込むと思うのだが」
それはそうだろうなと、義勇も小さくため息をつく。
マフラーに吸い込まれ気づかれないほどの、ほんの小さな未練を吐き出せば、肩をすくめて苦笑してみせる余裕も生まれた。
「どうせ部屋を探すならうちの近所なんだろう? 食事を作りに行くと言ってるんだ、それで手を打て。もちろん、俺も一緒に食べるから。買い物の代金は折半するが、光熱費は任せる。それぐらいは甘えるから、それでいいだろう?」
一緒に暮らしたいのは義勇だって同じだ。でも、それじゃ駄目なのだ。
杏寿郎と朝から晩まで一緒に暮らせば、きっと遅かれ早かれ自分は恋に溺れる。どんなに自制しようとしても、杏寿郎の熱に焼かれて溶ける。
溺れたって、いいのかもしれない。恋人同士なのだから。そんな誘惑に揺らぎそうになることだって、ないとは言えない。周囲の人々だって二人の恋を認め、祝福すらしてくれている。
だけれども、その先に待つのはきっと別離だ。杏寿郎と自分は引き離されるだろう。十五ヶ月の差が口惜しい。せめて杏寿郎が成人するまで、二人して溺れるわけにはいかないのに。
杏寿郎に嫌われたらなんていう不安はない。だけど、杏寿郎と逢えなくなるのは、どうしようもなく怖い。
だって好きなのだ。大好きで、愛おしくて、世界でただ二人になってもいいと思えてしまうほど、恋しくてたまらないのだ。
そんなの、駄目に決まっているのに。そんなふうに生きたくはないし、そんな生き方などさせたくないのだから。
「母上に、義勇の生活に支障が出るような真似は許さないと、釘を差されている。それでなくともバイトだってしているのに、毎日俺の家にくるのでは、義勇が体を壊すかもしれないだろう? それは俺が嫌だ。というかだな、うちに来たらそのまま泊まっていくんだろう? それなら一緒に住むのと変わらんなっ! 帰らない部屋の家賃を払うほうが無駄じゃないか?」
「……おい。なんで帰らないことになってるんだ。飯を食ったら帰るからなっ!」
さも当然といった笑い声に、義勇はことさら目を据わらせる。
杏寿郎はきっと、固くなった空気を変えようとしてくれている。わかるから、軽口で言いあうのに義勇も乗った。
「その場合は俺が送っていって、そのまま義勇の部屋に泊まることになるな! ほら、やっぱりどちらかの家賃が無駄になるぞ!」
「今と同じく月イチの週末だけは泊めてやる。それ以外は追い返すからな。うちの壁の薄さをなめるなよ? どうしても泊まるって言うなら、また寝袋で眠ることになるが?」
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1 作家名:オバ/OBA