二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

星溶け菫のカクテル

INDEX|10ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

「私、復学したいです。お仕事も、続けたいです。……その、単純でお恥ずかしいのですが」
「いいんじゃない」
 ふっと笑った泉が頭を撫でてくれた。
「素直で真っ直ぐなのが、かさくんの良いところでしょ」
 褒められているのか貶されているのか分からなかったけれど、素直な私は前者だと捉えることにした。
「あいつらも喜ぶよ。っていうか、かさくんを連れて帰らないと俺が怒られるんだよねぇ」
 司が店を飛び出した後、他の先輩方に散々怒られたらしい。その話を聞いてくすくすと笑っていれば、泉は口を尖らせる。
「まぁでも、仕事を途中で放り出したのはかさくんだから、罰として掃除と今日の分の減給は覚悟してよねぇ」
「うっ……それは、私が悪いので……」
 辞めることになっていてもおかしくはないのだから、受け入れるしかない。寧ろ、それで許されるなら安いものだ。
「あぁ、そう言えばレオくんから伝言。『今日の演奏が凄く良かったから時給アップ』だって」
「ほ、本当ですか!?」
 演奏が認められたことが嬉しくて、思わず泉の手を握る。
「ほんと。良かったねぇ」
 自分のことのように喜んでくれる泉に笑い返していれば、手を握り返された。

「ところで、『あなたの力になりたい』ってどういうこと?」
 教えてくれるかなぁ、と二ヤつく顔にぼんっと顔が赤くなる。手を放そうにも強く握られて敵わない。
「そのままの、意味です……」
 消え入るような司の声に、泉は分からないと返す。意地悪な彼に耳まで赤くなってしまったけれど、そのまま黙っているような性質でもない。
「そ、それよりっ……『俺の為に弾いてよ』と仰いましたが、詳しく教えて頂けますか」
「はぁ? そのままの意味だけどぉ」
 ぐいっと腕を引かれて体勢を崩した司は泉の胸に飛び込む形になる。
「一人のステージが寂しいなら、俺のことを想いながら弾いてよ」
 耳元で囁かれた言葉をどう受け取っていいか分からなくて顔を上げれば、思ったよりも近い距離に彼の顔があった。吐息を零せば飲み込まれてしまいそうな、そんな距離。
「……あなたのことを、好きでいてもいいのですか」
 期待に上擦る声と、訝しむような表情。だって、前に言われたことを忘れたわけではない。
「前に恋人はいらないって言ったの、覚えてたんだ?」
 下唇を噛んで小さく頷く。彼のその距離感の近さに、期待してしまわないようにとずっと反芻していたから。
「訂正してもいい? やっぱり先輩と後輩じゃ足りない」
 するりと頬に添えられた手のせいで顔を逸らすことが出来ない。青空のように清々しい瞳は夜の色が混じって深い青色に見える。
「……私は素直で真っ直ぐなので、はっきり言ってくれないと分かりません」
「分かってるくせに。ほんっと不器用なんだか、生意気なんだか」
 呆れたように伏せられた瞼。再び見えた瞳はただ真っ直ぐに司を見つめた。
「……好きだよ、かさくん」
「言葉足らずなんですから」
「うるさいよ」
 乱雑な言葉とは裏腹に優しく塞がれる唇。すぐ離れたそれを追いかける様に瞼を開けば、もう一度唇が重ねられるところだった。
 彼の向こうで星が流れた気がするけれど、滲んだ視界に溶けただけかもしれない。
「泣き虫」
「幸せな涙はいいんです」

 絡められた指先は暖かい。店までの帰路を二人並んで歩けば、足取りも軽い。
 まずは謝らないと。それからお礼を。最後に、これからもよろしくお願いします、と。
 明日は電車に乗って、両親の待つ実家に帰ろうと思う。ついでに桃李にも、電話を掛けよう。そんなことを考えながら歩いていれば、握られていた手を引き寄せられ、すぐ横を自転車が過ぎていく。
「危なっかしいんだから」
「ふふ……ありがとうございます」
 そそっかしくなってしまうのも泣き虫になってしまうのも、あなたの前だけなんですよとは言わないでおいた。きっと彼は口にしないだけで知っているだろうから。


後奏曲 菫色のアフター・アワーズ


 真っ暗な舞台に立つ。仄かに光るバミリまでまっすぐに歩けば、スポットライトが私を照らし出す。一礼して楽器を構えた。客席も審査員席も気にならない。ここに居ようと居なかろうと、私には一つ輝く星が見えていたから。言葉を紡ぐ代わりに、優しく触れる代わりに、ヴァイオリンで音を奏でた。苦も楽も、あなたと共に。そんな気持ちを込めて。

 演奏を終えた私は、楽器を下して一礼する。顔を上げれば、会場の奥、ドアの傍で佇み、こちらを見ていたアイスブルーを見つけた。
 真っ直ぐな姿勢のまま舞台の袖まで下がる。客席から見えないところまで来ると、私は演奏者やスタッフの波を縫うように走り、ホールの外の廊下へと出る扉を開けた。
「瀬名先輩っ」
 楽器を持ったまま彼に飛びつく。
「あぶないでしょ」
 そう言いながらも泉は嬉しそうに笑う。
 ランチタイムの営業が終わってから来るから間に合わないかもしれない、と聞いていたので喜びもひとしおだ。
「演奏、凄く良かったよ。お疲れ様」
「当然です。でも、ありがとうございます」
 頭を撫でる手に目を細めていれば、通りかかった桃李が表情を歪ませた。
「やめてよね、こんなところで」
「羨ましいからって僻まないでください」
 べえ、と二人で舌を出す。確かそろそろ桃李の番だった筈だ。
「私には劣るでしょうが、せいぜい頑張ってきてくださいね」
「そう言っていられるのも今の内だからね、司!」
 ステージに向かう桃李を見送ってから振り返る。
「そろそろ戻られるのでしょう?」
「うん、仕込みもあるしねぇ」
 会場を後にする泉に手を振り、控室に戻る。ヴァイオリンをケースに仕舞って、審査結果と講評を待った。

「ただ今戻りました」
 ロッカールームで急いで制服に着替えた司はホールに入る。
「おかえりなさい、司ちゃん」
「今日くらい休んでも良かったのに」
 笑顔で迎えてくれた嵐と凛月に笑い返す。
「それで、結果は?」
 尋ねる二人にピースサインで返す。勝利のVだ。二人はその意味を汲み取ると自分のことの様に喜び、司の背を押した。泉とレオはキッチンにいるらしい。
「瀬名先輩、レオさん!」
 キッチンを覗きこんで声を掛ければ、司の声に気づいた二人が作業を止めて司に駆け寄る。司が再びピースサインを作って見せれば、泉は胸を撫で下ろし、レオは勢いよく司に抱き着いた。
「おめでとう、スオ〜!」
「ちょ、れおくん!」
 引き剥がそうとする泉に笑っていると、大きな手のひらが司の頭を撫でた。
「まぁ、俺はかさくんが優勝するって分かってたけどねぇ」
 その言葉にレオと目を見合わせて笑った。その日一回目のステージで凛月と嵐の口から司がコンクールで優勝したことを言われたものだから、司は溢れんばかりのおめでとうを受け取ることになった。

「では改めて、」
「コンクール優勝おめでとう!」
 クローズした店内はささやかに飾り付けられ、豪華な料理が用意されていた。
「ありがとうございます」
乾杯、とグラスを傾ける。全員が手にしている紫色のカクテルは、先日凛月に手伝われながら司が考案したものだった。
作品名:星溶け菫のカクテル 作家名:志㮈。