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星溶け菫のカクテル

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「ちょっとぉ、なんで泣いてんの」
「あはは、いいぞ! 霊感が沸いてくるっ」
 騒々しくて、泣いているのが馬鹿らしくなってぐちゃぐちゃの顔で笑った。

 数日後、早速ヴァイオリンを入れた編成で適当な曲を幾つか合わせてみて、全員から合格を貰った。最近はピアノの演奏をメンバーやお客様から褒められることも増え、演奏することがますます楽しくなっていた。

「じゃあ、今日は解散で」
 翌日の夜のステージから披露することになった司は、緊張していた。
「まだ練習するの、ス〜ちゃん」
「夜更かしは美容の天敵よォ?」
 困った顔をする二人に謝って、あともう少しだけだと居残った。
 十年来の相棒を手に取る。子供用のものから大人用のフルサイズになった日は嬉しくて一晩中弾いていたっけ、なんてことを思い出して漸く、楽しい記憶もあったことを思い出す。
 明日演奏する曲を一回ずつおさらいしたら終わりにしよう、と思ったところでひとりの観客が訪れた。
「オーバーワークなんじゃないの」
「瀬名先輩……緊張してしまって」
 あと一回ずつだけだから、と言い訳をして楽器を構える。緊張している。けれどそれは、以前のそれと意味合いが違う。以前は恐ろしかった。過呼吸を起こしてしまいそうなほど、嫌悪感を覚えるほど。今は何と言えばいいのだろう。楽しみで、心臓のあたりがじくじくと甘く痺れている。まるで遠足前夜の小学生だ。司にそんな過去は無かったけれど。
「ちゃんと帰るまでここで見張ってるから」
 どうぞ、と席に着いた泉は店の帳簿をつけ始めた。
「一緒に演奏してはくださらないのですね」
 軽口を叩けば、顔を上げた泉がふっと笑った。
「リハしたでしょ。なぁに、寂しいの?」
「そうは言ってません、瀬名先輩が冷たいなんて、そんな」
 くすくすと笑い弓を引く。
「ほんっと生意気だよねぇ。俺はかさくんとの演奏を明日の楽しみに取っておいてるの」
「……揶揄ってます?」
 楽譜の向こうの顔を見やれば何のことだときょとんとした顔。
「いいえ、何でも」
 演奏に意識を戻して集中する。時折鼻歌が聞こえてくるのも無意識なのだろうか。
「楽しそうだねぇ」
「おかげさまで」
 最期の曲を弾き終えるとともに帳簿を閉じた泉に礼を告げれば、丁度終わったところだと言われた。うそつき。途中から手が止まっていたのは知っているんですよ。なんて言葉は甘い気持ちと共に飲み込んだ。
こんな夜がいつまでもいつまでも、続けばいいと思った。

「今日はいつにも増して忙しいわねぇ」
「気が紛れて丁度いいです」
 二人でくすりと笑えば、早く料理を持って行けと罵声が飛んできた。
「お〜こわこわ」
 入れ違いでお皿を下げてきた凛月がにやりと笑う。
「なんでおれがキッチンのヘルプなんだ〜!?」
 じゃんけんで負けたからでしょ、と怒られているレオの健闘を祈りホールへ戻る。少々羨ましいと思ったのは本当だけれど、力になれない場所にいるよりもホールにいた方が戦力になるし、間接的に役に立てればそれで良かった。
健気ねぇ、と呟いた嵐の言葉は聞こえなかったふりをしておく。
 そろそろ一回目の演奏の時間だ。オーダーは一時中止となり、ロッカールームにメンバーが集まる。エプロンを外してジャケットを羽織れば、一人ずつに背を叩かれた。
「楽しみましょうねぇ」
「ス〜ちゃんなら大丈夫」
「期待してるぞっ!」
「ミスしないでよねぇ」
 はい! と元気よく返事をして彼らの後に続く。心臓がばくばくと煩い。

 楽器を手にステージに上がれば常連のお客様がざわつく。
「それではお時間になりましたので、本日最初のステージです。今夜は我らがス〜ちゃんこと司くんのヴァイオリンデビューです。みんな、拍手〜」
 凛月の声につられて拍手が沸き上がる。温かいそれにお辞儀で返せば、凛月は言葉を続ける。
「さっきデビューって言ったけど、実はス〜ちゃん、ピアノよりヴァイオリンが得意なんだよねぇ。というわけで、皆期待してね」
「凛月先輩!」
 咎めるような声を上げれば店内はどっと笑いで溢れる。
「ではス〜ちゃんの緊張も解けたみたいなので一曲目を……」
 曲紹介に入った凛月に、してやられたと他のメンバーを見ればみんなが温かい目でこちらを見ていた。
 目を瞑って、深呼吸。大丈夫、今日は楽しくなる予感しかしない。楽器を構え、カウントに合わせて音を奏でる。驚きに息を飲む音、小さく上がる歓声、カトラリーと食器がぶつかる音。フロアを見渡して、メンバーを見る。次は凛月と合わせるパートだ。ぱちりと視線が交わって、二人で微笑む。ピアノとヴァイオリンがメロディを歌えば、拍手が送られる。
 あっという間に三曲が終わり、お辞儀をしてステージを降りる。ここからはまた一時間程給仕が忙しくなる。エプロンを巻いてホールに戻れば、どの席に行っても声を掛けられた。

 二度目の演奏も拍手喝采で幕を閉じ、お店は閉店まで大忙しだった。途中から皿洗いに回ろうとすれば、お客様の為にもホールにいてあげてと凛月に背を押された。
「ス〜ちゃん、大人気だねぇ」
「ふぅん」
 にやにやしてないでさっさと洗って、と調理を続ける泉にはいはい、と返して言葉を続ける。
「鳶に油揚げを攫われても知らないからねぇ」
「はぁ!? ないない、そういうのじゃないから!」
 お皿を下げに来た司は偶然聞こえてしまった言葉に足音を顰める。そんなに必死に否定しなくてもいいじゃないですか、なんて笑い飛ばせればよかったのだけれど、そんな勇気もなくて、静かにお皿を置いてホールへと戻った。
「痛っ、」
 途中で壁にぶつかってしまったけれど、ばれなかったと思いたい。

「ありがとうございました」
 閉店時間が近づき、帰路に就くお客様に声を掛けながらテーブルを片付けていると、司に影が落ちる。視界に映る服がこの店の制服ではないので、きっとお客様だろう。
「どうされました、か……」
 ぱっと顔を上げれば、嫌と言うほど見知った顔。ここにいるはずのない人。
「桃李くん、どうして、ここに……?」
「それはボクの台詞なんだけど?」
 折角の愛らしい顔が表情のせいで台無しだけれど、自分の前ではいつも通りなので指摘はしない。
「いきなりいなくなったと思ったら休学してるって聞いて、連絡もつかないし、かと思ったら英智さまに連れて来てもらった店で働いてるし……」
 何なの? と司に詰め寄るその顔は静かな怒りに満ちている。何故怒られなければならないのだろう。私の勝手なのに。
「あなたには、関係ないでしょう……」
いつも通り言い返したつもりだったのに、最後の言葉は消え入る様だった。
「関係ないって、何それ! 突然ステージに司が現れてびっくりしたボクの気持ちも分からないくせに!」
 大きな声を張り上げられた司は目を丸くすると、言葉を返す前に店内を見回す。店内に他のお客様がいないことを確認すると胸を撫で下ろした。
「私に桃李くんの気持ちなんて分かるわけないでしょう」
 分かるはずない。けれども彼が持っていたカトラリーとお皿をぶつけたことだけは分かる。今日はたまたま近寄ることのなかった一番奥の卓にいたのだろう。これは偶然だろうか、それとも。
作品名:星溶け菫のカクテル 作家名:志㮈。