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水泡にKiss

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「応急処置はしましたが、ここでは誰かに見つかりかねないので運びますね」
 小さく頷かれたことに安堵しながら、慎重にその身体を抱える。魚は人間の体温に触れると火傷すると聞いたことがある。直接触れないように、けれども急いで来た道を戻る。腕の中の存在は、安心したのか再び意識を手放してしまった。

 *

 再び意識が浮上した時、ざあざあと水の流れる音が聞こえていた。
「何……?」
 身体の表面の渇きが無くなったためか、体調も大分ましになった。ぱちりぱちりと瞬きを繰り返すと、見慣れない景色が広がっている。
 白とエメラルドのタイルが敷き詰められた壁と床。白い陶器のバスタブ。金色の蛇口から溢れる水。珊瑚のような朱色の髪、黄昏時と夜の狭間のような紫色をした瞳を持つ人間が、こちらをじっと見つめている。……って、え?
「人間……っ!」
 びくりと飛び跳ねて後退りしようとしたけれど、バスタブが小さくて、その中で身動ぎしただけになってしまった。
「えっと、あなたに危害を加えるつもりはありません」
 両手を挙げた人間は、少し困ったように笑って見せる。
「……」
「信用ならない気持ちは分かりますが、ええと……私の部屋に保護した、ということではだめですかね?」
 頬を掻くその人間を見て、おずおずと口を開く。
「気持ち悪くないの?」
 自分を見て、という質問に、人間は大きな瞳を更に丸くした。
「いいえ。……その、不思議だな、とは思いますが」
 そっと微笑んだその姿に、ほんの少し警戒心を解く。今すぐどうこうされることはないようだ。今すぐにではないだけで、その先は分からないけれど。きっと油断したところで殺されるのだろう。
睨み続ける自分を余所に、人間は会話を続ける。
「人魚、ですか……?」
 おとぎ話に出てくる。そう尋ねながらバスタブの傍に膝をつく。目線が同じ高さになり、真っ直ぐに見つめられる。
「そう、人魚。女じゃなくてごめんねぇ」
 ふい、と視線を逸らして答える。人間の口で語られる人魚の話は『人魚姫』と呼ばれる女の子が主なのだと、人間の世界に詳しい友人が言っていた。
「ふむ、人魚にも性別があるのですね……」
 興味津々、といった様子の人間は、けれども不躾に身体を眺めてくることもない。まぁ、気を失っている間に手当てしながら見たのだろうけど。
「そういえば、これ……」
 腕に巻かれた包帯を指せば、ああ、と返事が返ってくる。
「止血は出来たと思いますが、痛くないですか?」
「痛いけど……まぁ、死にはしない、かな」
 打たれた直後は慌ててしまったが、傷はそこまで深くないようだ。傷跡は残るだろうけれど、自分の不注意だ。仕方ない。
「因みに、なぜそんなことに?」
「海から船の上のパーティーを見上げてたら撃たれた」
「……不届き者がいたのですね。すみません」
 申し訳ないことをしたと、さも自分が悪いことをしたかのように眉を下げて謝る姿に、一瞬だけ目を丸くし、すぐに表情を戻す。
「あんたが撃ったわけじゃないでしょ」
 あんたに謝られても意味がない、と唇を尖らせれば、揺らいだ瞳と視線が交わった。
「そうですが……」
 困り顔の人間をじろじろと観察する。質の良さそうな服、控えめにつけられた装飾品。苦労を知らなさそうな指先と、綺麗な肌、整った顔。
「……どうかされましたか?」
「あんたさ、いいとこの人間でしょ」
 人間に興味がなくても、富裕層かそうじゃないかくらいは判別できる。
「そう……ですね」
 揺らぐ視線と曖昧な言葉。相変わらずの表情に、こちらだって困ってしまう。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。どうせこのままどこかに売られるんだろうし」
 そしたらあんたのことなんて、さっぱり忘れるから。珍しい生き物を拾う理由なんてそれしかないだろうと、諦めたように笑う。傷物になってしまったけれど、それでも十分な値がつくだろう。自分の容姿には自信がある。
「ちが、」
「坊~、どこおるん?」
 否定しようとした声は、扉の向こうから聞こえてきた声に遮られる。はっとした人間はすっと立ち上がると、詫びるように手を合わせてバスルームを後にする。
「……こはくん、すみません!」
 え、と零れた声を掻き消す様にぱたりと閉じられた扉。
「わけ、わかんない……」
 ずるり、バスタブに沈んで目を閉じた。

 *

「風呂なんかで何してたん」
「手が汚れたので洗っていただけですよ」
 すたすたと廊下を歩きながら返事をすれば、訝しげな視線が斜め後ろから刺さる。
「身だしなみを整えることも大切でしょう? それよりも、例の件はどうでした?」
 何か言いたげな表情を見なかったことにし、話を逸らす。
「ああ、分かったで。船上パーティーを開いとったやつらが、海で不審な影を見たから撃ったらしいわ。酔っぱらって気が大きくなっとったんとちゃうん」
「そうですか……領地内での発砲は、許可されている時と緊急時以外は禁止だと改めて周知しましょう」
 大きな溜息を一つ零せば、一歩後ろを歩いていた桜色が顔を覗きこんでくる。
「ええん? そのままにしといて」
 罰でも与えた方が、なんて言いたげな口調の彼は眉を顰めている。いや、眉を顰めているのはいつも通りだったか。
「死人が出たわけではありませんし、罰を与えると反発心が生まれますからね」
 人魚が撃たれていた、なんて言えるはずもなく、彼には海辺で動物が撃たれていたから調べて欲しいとだけ伝えていた。これ以上は怪しまれるだろう。
「たまには厳しくせんと舐められんで」
「ご忠告ありがとうございます」
 飾り物や張りぼてになる気はないと笑って見せれば、やれやれと肩を竦められた。

 *

 別の人間が来て見つかるんじゃないかとか、這いずって脱出しようかとか。そんなことを考えて、考えて、結局そのままバスタブのなかで長い時間を過ごした。
 広いバスルームには洗面台と大きな鏡、その向こうの壁には木枠の窓がある。
 このまま人間に玩具として扱われるくらいなら、いっそ……そんなところまで考えたけれど、舌を噛む勇気はなかった。それに、バスルームを出て行く寸前の人間の態度も引っかかっていた。それを確認してからでも遅くない。
 そんなことを何度も繰り返し考えて、ついに考えることにも疲れ始めた頃、扉は再び開いた。ぱちり、とつけられた電気の眩しさに瞬きを繰り返す。
「すみません、遅くなりました」
「……遅い」
 窓の外は、とうの昔に暗くなっていた。
「誰に売るか決まったのぉ?」
 嫌味たっぷりに尋ねてやれば、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「売りませんよ。怪我が治ったら海に帰します」
「そう言って油断させるんだ?」
 どうやったら信じてくれるのか、と言わんばかりの顔に溜息を零す。信じるわけないでしょ、なんて気持ちをたっぷりと込めて。
「俺は人間が大嫌いなの。信じるとかありえないから」
 バスタブの縁に頬杖をつけば、人間は息を飲んだ。
「……人魚の方って、皆さんそんなにお美しいのですか?」
 ぱちり、ぱちりと繰り返される瞬きの向こう。きらきらと輝く瞳がその言葉を本心から言っているものだと裏付けているようで、なんだか気恥ずかしい。
作品名:水泡にKiss 作家名:志㮈。