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水泡にKiss

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「べつに……人間が醜いだけでしょぉ」
「そう、ですね……」
 頬を掻くその姿ですらそれなりに絵になる姿に、あんたはましな方かもね、なんて言えば気を許しているようで言えなかった。

「ところで、お腹空きませんか?」
 人間は紙で包まれたものを懐から取り出すと、中身を見せてくれる。
「……パン、ってやつ?」
「ご存じなのですね」
 ふわりといい匂いのするそれは、たしか植物の粉を練って作る人間の食べ物だ。
「食べたことはないけどね」
 まぁ、食べる気もないけれど。毒が入っていない証拠などないし。ぷい、とそっぽを向けば言いたいことが伝わったのか、困ったような笑い声が零れた。
「あなたが食べないのでしたら、私が食べますよ」
 スライスされたひと切れを口に含む姿を視界の端で捉える。どうやらパンとは、ふわふわしていて柔らかいものらしい。
 ひと切れが無くなるころには口の中に涎が溢れており、ごくりと飲み込む音と共にお腹が鳴った。
「……っ、」
「傷を癒すためにも、食べておいた方がいいと思いますよ」
 そっと差し出されたそれに、おずおずと手を伸ばす。触ってみると外側は固くて、内側はもちもちしている。これに毒が含まれていようがいなかろうが、結局殺されるのだと言い聞かせてそれを口に含む。香ばしい香りが口の中身広がり、噛むと柔らかくてほんのりと甘い。美味しい、と思うけれどそう伝えるのもなんだか癪だ。
「美味しいですか?」
「食べられなくはない」
 眉を寄せたままそう答え、もう一切れ寄越せと手を伸ばす。紙包みごと手渡した人間はすっと立ち上がると、ごゆっくり、と微笑んでバスルームから出て行った。
「……」
 ぐぅ、と鳴るお腹に催促され、一切れ、もう一切れとパンを口に含む。その食感や味を堪能しつつ食べきると、何かを手にした人間がすっと戻ってきた。
「美味しかったみたいで、何よりです」
「~~っ!」
 油断して緩んでいた表情を引き締め、にこにこと微笑む人間を睨む。
「うちのchefのお手製ですから」
 気にしていない様子の人間が持ってきたのは、木製の椅子。バスタブの横にそれを置くと、当然のようにそこに座った。

「なんでそこに座るわけ」
「お話したいのですが……だめ、ですか?」
 こてん、と傾げられた首に良心が痛むが、かといって自分の心も休まらない。
「だって信用できないし……」
「では信じて頂けるように、自己紹介をいたしましょう」
 その言葉を待っていた、とばかりににこりと笑う人間は、胸に手を当ててこちらを真っ直ぐと見据える。
「私の名前は朱桜司です。……この国の、国王の嫡男です」
 その言葉を理解するまでに若干の時間を要し、自分がよく知る言葉に言いかえる。
「……王子、ってやつ?」
 どうやら正解らしく、少し恥ずかしげに、けれども誇らしげに頷いた彼に少しだけ……本当に少しだけ、興味が湧いた。今度は自分の番だと彼が口を開く。
「お名前を、教えてくださいませんか?」
 それくらいなら、まあいいか。じっと見つめ返した後、ぽつりと零す。
「……瀬名、泉」
「せな、さん……瀬名、泉さん!」
 わっと喜んだ人間は、花咲くように笑う。可愛らしい、なんて言葉が喉まで出かかって、何とか押し込む。この人間が人魚だったなら、なんだかんだ言いつつ可愛がっていただろう。
「綺麗なお名前ですね」
 せさなん、瀬名さん、と繰り返される名前が恥ずかしくて、遮るように言葉を発する。
「うるさいよ、かさくん」
 ぴしゃりと叱るような言葉に飛び跳ねた彼は、たちまち目を丸くする。
「つかさです! すおう、つかさ」
 むっとした顔で繰り返す。分かっている、聞こえている。けれどもその反応が面白くて、もう少し遊んでみたくなる。
「だから、うるさいってば、かさくん」
 意地悪する様に繰り返せば、フグのようにぷくりと膨らんだ頬。
「かさくん」
「……なんですか」
 むっとした声にくつくつと笑い、小さく呟く。
「手当してくれて、ありがと」
「……っ!」
 ぱくぱく、と魚のように口を開く司が面白くて、退屈しないな、なんて呑気なことを考えていた。そんなことを考えられるくらいには、この人間なら少しは信頼してもいいかもしれないと、思い始めていた。
「瀬名さん、」
「じゃあもう、寝るから。おやすみ、かさくん」
 これ以上は何も言わないし聞かないという意思表示で瞼を閉じる。
「おやすみさない、瀬名さん」
 ふわふわと柔らかな声が告げる夜は、海の中のように優しかった。

 *

「瀬名さん、おはようございます」
 掛けられた声に瞼を開けば、朱色の髪が陽の光できらきらと輝いている。
「……おはよ、かさくん」
 気怠い、まだ寝ていたい。そう思いながらぽつりと返せば、不安げな声が降ってくる。
「傷、痛みますか? 元気が無いようですが」
「……昨日から言おうと思ってたんだけど、この水どうにかならない?」
 蛇口をひねって出した水を掬って見せる。さらさらした水は綺麗で、けれど物足りない。首を傾げる司の顔をじっと見つめた後、窓の方に視線をずらす。
 自分のいる場所からは青い空しか見えないけれど、きっとその下には青い海がひろがっているはずだ。微かに聴こえる潮騒と、海の香りがその証拠だ。王子だと言っていたから、ここは自分がよく見上げていた、あの崖上の城の一室なのだろう。
「……ああ、淡水!」
 漸く理解したらしい司は手をぽんと合わせると、少し待っていて欲しいとバスルームを後にした。

 ぱたぱたと戻ってきた彼が手にしていたのは、バケツとロープ。いったい何をするのだろうと見つめていると、司はロープをバケツの持ち手に結び、すぐさま窓の外に投げる。
「上手くいくといいんですけど」
 手繰り寄せたバケツには、手を浸すのがやっとなくらいの海水。それでも、一日ぶりのそれは十分なほどに心地よかった。
「バスタブの水、抜いてもらっていいですか?」
「え?」
 疑問に思いながらも水を抜いてもう一度栓をすれば、バケツがひっくり返される。
「それ、繰り返すつもり……?」
「はい? そうですが」
 バケツを投げては手繰り寄せ、バスタブにひっくり返すまでを何度も繰り返す。
「……馬鹿なの?」
「堂々と海水を運べればいいのですが」
「暇なの?」
「お昼に会食があるのでそれまでしかできません」
 はきはきと返される言葉と少しずつ満たされていくバスタブ。それと共に募っていく罪悪感。
「……ごめん」
「ありがとうの方が好きです」
 飄々と返すその背に「ありがとう」と伝えれば、くるりと振り返った司の笑顔が眩しい。
「とんでもないです!」
 頼ってもらえるのが嬉しいのだと告げる彼は、将来この国を治めるに相応しい人物なのだろうと、人間の世界に疎い自分でも十分に理解できた。
「こうやって少しずつ信用して頂けたら、嬉しいです」
 はにかむ姿に、心臓の辺りがむずむずする。どうして、なんて素直に聞けるような性格でもない。たった二日で絆されていく自分が悔しくて、けれども司を憎み続けることなんて出来そうにない。人間は嫌い。でも、司だけは例外にしてあげてもいいかもしれない。なんて思いながらその背を見つめた。
作品名:水泡にKiss 作家名:志㮈。