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水泡にKiss

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 これで最後だとバケツの中の海水が注がれ、バスタブが満たされる。
「……かさくん、手」
 バケツを離した手は真っ赤になっており、ところどころに血が滲んでいる。
「熱中してしまいました」
 えへへ、と身体の後ろに手を隠そうとするものだから、司の裾を掴んだ。
「見せて」
 強く言えば、司が申し訳なさそうに手のひらを差し出してくる。その表情をするのはこちらなのにと思いながら、手首を掴む。
「や、火傷しますよ!」
「ずっと触れてなければ大丈夫だから」
 じんわりと熱い指先を堪えながら、その手のひらに顔を近づける。何をするのだろう、とぽかんとしている視線を遮るように瞼を閉じて舌を出した。
「っひ、ぁ……っ!」
 べろり、と傷口を舐めていく。手のひらから指の先まで、余すところの無いように、丁寧に、丁寧に。
「せな、さ……くすぐった、ひゃうっ」
「うるひゃい」
 ぱくりと指の先を口に含めば、司の身体が大きく跳ねる。どんな表情をしているのか少し気になったけれど、瞼を開くこともなく両の手を舐め終えた。
「な、なんです、か」
「ほんのお礼」
 見てみなよと手を放し、乗り出していた身体をバスタブに戻す。やっぱり海水の中は心地いい。後はもう少し広ければ文句はないのだけれど。
「えっ!? 治ってます!」
 すごい、すごいと今にも飛び跳ねそうなその顔を見る。
「人魚の唾液には治癒能力があるんだって」
 自分達には効かないのが玉に瑕だけどね、と尾ひれを振る。初めて使ったけれど、成功してよかったと内心肩を撫で下ろしていた。血を飲めば若返り、肉を喰えば不老不死になる、なんて噂もあながち間違いではないのかもしれない。
「人に会うのに手を怪我してたら怪しまれるでしょお」
 あくまでその矛先が自分に向かない為だと伝えれば、司はこくこくと頷いた。
「ありがとねぇ、かさくん」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 窓から差し込む日が眩しいふりをして目を逸らす。
「ここは私専用のbathroomですので、私以外の人間は来ません。安心して、ゆっくり過ぎしてくださいね」
それでは行ってきます、と微笑んだ司は、椅子の上にパンとジャムを置いて行った。

 *

「……ご機嫌やな、坊」
「そうですか? いつも通りですよ」
 探るような視線を無視し、スキップしそうな足を抑えて廊下を進む。
「しいて言うなら、今日の会食のmenuが気になりますかね。Chefが腕によりをかけて作っていると聞きましたので」
 会食の相手や話の内容には端から期待していない。
「あっそ」
「こはくんも一緒に食べれたらいいんですけど」
「味の分からん飯なんて嫌やわ」
 溜息と共に吐き出される言葉に、慣れれば味もしてくるものだと返す。
「わしは厨房の端で食べるほうが性に合っとる」
 すっと身を引いた彼に笑い、ノックをして食堂に入る。どうやら自分が一番乗りらしいそこで、一人物思いに耽る。バスルームに残してきた彼は、苺のジャムを気に入ってくれただろうか。他には一体どんなものが食べられるのだろうか。
色々と思いを巡らせ、手のひらを見つめる。手首を掴む、ひんやりとした指先。伏せた瞼を縁取る銀色の睫毛、薄い唇。手のひらを這う舌と、指先を迎え入れた口内の感触。思い出しただけで顔に火が着きそうで、慌てて思考を逸らした。

 *

「……いちご、じゃむ」
 スプーンが添えてあることから、それで掬うことまでは分かったけれど、それからどうしたものだろう。悩んだ末に一口食べて、甘すぎるそれに顔を顰める。
パンを一口齧り、パンに塗るのかと理解した。甘すぎるので少ししか使わなかったけれど、味が変わって面白い。
「かさくんみたい」
 中身が少し減ったその瓶を翳せば、陽の光が透けてきらきらしている。紅い色も、キラキラしているのも、甘いのも。嫌いじゃない。慣れていないだけ。
 怪我を治したのも、お礼をしただけ。ただ、それだけ。そう自分に言い聞かせながら目を瞑る。海水の中は心地よくて、沈みながら眠りについた。
 夢の中では凛月と嵐が笑いながら手を振っていた。口が動いているのは見えるのに、何を言っているかは分からない。何度か聞き返したけど聞き取れないまま、俺は諦めて肩を竦めた。
現実の彼らは自分を心配しているだろうか。あれだけ口煩く人間には気を付けろと言っていた自分を、愚かだと笑っているのだろうか。それともどこか遠くまで行っていて数日返って来ないだけだと気にも留めていないだろうか。
 そんなことを考えていても仕方ないのに。
 司なら本当に海に帰してくれそうな気もする。その時は、いい人間も居たのだと伝えてあげもいいかもしれない。本当にそんな奇跡みたいなことが起きれば、の話だけれど。



第二章


 王子である司は思いのほか忙しく、部屋に居ることは殆ど無かった。朝早くに起き、執務や勉強、お稽古事や会食をこなし、夜遅くに眠る日々。そんな生活に不満を漏らすこともなく、時折自分の部屋へ戻って来ては、バスルームに顔を覗かせる。
「今日は何を読んでいるのですか」
退屈しないようにと数冊の本を椅子に置いて行ってくれる司に背表紙を見せれば、ああ、と頷いた司が微笑む。
「私の好きな本です」
「かさくんが選んだ本だから、そうだろうねぇ」
 司の選んでくれる本のジャンルは様々で、これが面白かったと伝えれば似た系統のものや、それならこれも好きなのでは、といったものを次々と薦めてくれる。
「私の好みでないものもありますよ。ただ、そう言ったものはあなたもお好きではないようですが」
 読んだものの面白くなかったと伝えれば、巷では流行っていたのだけれど自分もこの結末は納得いかなかったとか、けれどこの展開は好きだったとか、そういう話をしてくれる。司の感性は結構自分と似通っていることが多くて、時々食い違うこともあって。そこまで含めて読書が楽しくなっている自分がいる。
 最初は本を濡らしてしまうからと渋っていたけれど、気にしなくていいと言ってくれたし、手を拭くためのタオルも用意されている。栞はマリンブルーの紙に白のリボン。海の色と波の色だと零せば、自分もそう思っていましたと目を細められた。

「もう少し大きな机が必要ですね」
 今日は時間に余裕があるのか、ぺたりと床に座り込んだ司が、物で溢れる椅子の上を見て嬉しそうに笑う。
「怪我が治ったら海に帰るのに?」
「怪我が治るまでの間、快適に過ごしていただきたいですから」
 にこりと笑うその表情の奥で、何を考えているのかは分からない。けれどもこの数日で、どんな人間なのかは少しずつだが分かってきた。
 好奇心旺盛で、正義感が強くて、生意気で。コロコロと変わる表情に、嘘が付けない人なのだということも分かった。
 怪我をしていたから手当をして、人魚だから保護して隠して、怪我が治らないから世話を焼き、人魚について知りたいから話をする。自分が今ここに居る理由は、彼が彼らしく生きていて、尚且つ自分が人魚だったから。
 売られない理由も殺されない理由も、彼の正義感故だと思えば納得が出来て。海に帰してくれるというのもきっと本当なのだろう。
「……では、そろそろ行きますね」
作品名:水泡にKiss 作家名:志㮈。