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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2

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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 なんだか眩しい。
 ふと浮き上がった意識が訴えるのに従い、杏寿郎はギュッと眉をしかめた。カーテンの隙間から差し込む朝日ほどには、眼球を刺激してこない光ではある。だが常の朝にはない眩しさは、閉じた瞼を透かして杏寿郎の覚醒を促してくる。
 もう朝なんだろうか。目を閉じたままぼんやりと思って、意識の片隅で首をひねる。
 早朝稽古がある杏寿郎は、どんなに就寝が遅かろうと、いつだって五時には目を覚ます。アラームなしでも起きるのが習慣づいているから、たぶん今は朝五時だ。思うけれども、なんとなく違和感が拭えない。
 いつもは即座に目が覚めるのだが、今朝は全身を包む気だるさが勝《まさ》って、なんだか目を開けるのが億劫だった。覚醒と睡眠の間で、意識がゆらゆらと漂っているような気がする。
 倦怠感はそれでも不快なものではなく、記憶はどこか曖昧だった。なんでこんなに明るいんだろう。目を閉じていても感じる光に、杏寿郎はぼんやりと考える。
 次の瞬間には、腕で、足で、むしろ全身で、温かななにかにしがみつき抱きしめている己に気づき、杏寿郎の意識は急浮上した。
 パチリと目を開けば、まっさきに瞳が映し出したのは漆黒の乱れ髪だ。
 白いシーツに広がるさまならば色気もあるのだろうけれども、杏寿郎が目にしたのは頭頂部である。義勇だ。間髪入れず脳裏に浮かんだ名と歓喜に、杏寿郎の顔が無意識にゆるむ。

 そうだ。昨夜は初めて二人でホテルに泊まったんだった。

 意識の覚醒は記憶を同時に呼び覚まし、杏寿郎の顔はますます蕩けていく。
 目に入るものは、まさしく乱れているとしか言いようのない、あちこちに飛び跳ねた黒髪ばかりだ。共寝した朝にはいつもこれぞ天使の寝顔と見惚れる義勇の顔は、杏寿郎の胸に埋められて今朝は見えない。
 二人で眠ると義勇の寝顔はたいがい杏寿郎の視線の真正面にあるのだけれど、昨夜はめずらしく、胸元に抱き込むようにして眠ってしまったらしい。義勇のつむじを見下ろす視線は、ちょっぴり新鮮な感じがして、胸の奥がホワホワとする。
 目が覚めても、夢見心地は抜けきらない。二人でくるまる布団はぬくぬくとして、心の片隅で安堵もする。義勇は寒がりだから、冬場に一緒に眠ると、気づけば抱き枕か湯たんぽよろしく杏寿郎を抱き込んでいるのだ。
 けれど、今朝の義勇は冷気を感じていないようだ。抱き枕にされるのも嫌ではないが、逆の立場での目覚めがなんとなくうれしい。
 義勇の寝顔が見られないのは少し残念だが、胸元をくすぐる寝息はただもう幸せの一言で、杏寿郎はそろりと義勇の髪に唇を落とす。大きく胸を波打たせ恍惚めいた長いため息をもらせば、んっ、と義勇が身じろいだ。
 起こしてしまったかとわずかに腕をゆるめたが、義勇はまた、すぅすぅと寝息を立てだした。なんとはなしホッとして、杏寿郎の顔に小さな苦笑が浮かぶ。

 昨夜はだいぶ無理をさせてしまった気がする。チェックアウトは十一時。習慣で五時に目覚めたのなら、まだかなり余裕があるはずだ。疲れている義勇を起こしてしまうのは忍びない。
 残念ながら杏寿郎はまだ免許を持っていないので、帰りも義勇に運転してもらうことになるのだ。少しでも体力回復してもらわねば、申しわけないことこの上ないではないか。
 だから口づけも跳ねた髪にだけ。本当はひたいや頬にも、それこそ顔中にキスの雨を降らせたい。できることなら唇にも。小鳥のようについばんだり、やわらかくて甘い舌に自分の舌を絡めたり。いい加減にしろと怒られるほど、キスしたいけれども。それでも杏寿郎はじっと我慢の子で、義勇の健やかな眠りを守るガーディアンと化す。
 恋人として……いや、恋人だけじゃとうてい足りない。杏寿郎は、義勇の幼馴染でかわいいワンコ兼弟――ちょっぴり口惜しくはあるが、甘やかされるのは嫌いじゃない――かつ、頼りになる恋人で、なにものからも義勇を守り抜く守護者になりたいのだ。
 推定五時の現在、杏寿郎が守るべきは義勇の睡眠だ。だから杏寿郎は、義勇が安らかに眠っていられるよう、がむしゃらに抱きしめたがる腕だって抑えつけて、息をひそめてじっと見守る。
 義勇の寝息を聞き、温もりを抱きしめているだけで、言いようのない多幸感に包まれるから、つらくはない。杏寿郎は、どうしようもなく胸を締めつけてくる幸せが涙になってこぼれてしまわぬよう、ギュッと目をつぶった。

 こういう朝にふと思い出すのは、常にはない穏やかな笑みで教えられた『本当に気持ちいいセックス』とやらだ。
 義勇と抱きしめあって目覚めるこんな朝に、いつも杏寿郎は、あの日の宇髄の言葉を思い出す。そして願うのだ。昨夜のことも、思い出に残る『一生気持ちいいセックス』になればいいと。
 自分にとってそうであるように、義勇にとっても同じであればいいと、噛みしめるように杏寿郎はいつだって願う。
 今朝もやっぱり杏寿郎は、記憶のなかの宇髄の笑みとともに、義勇の心に『一生モノ』をまた積み重ねられただろうか、そうであればいいと、強く願った。
 今日はクリスマス。腕のなかには、月に一度だけ逢える恋人。宇髄との会話の記憶も相まり、杏寿郎の脳裏には、真冬だというのに五色の短冊がサラサラと揺れる。
 小さなころから七夕には、義勇と一緒に書いた短冊を、二枚仲良く並べて竹に吊るした。父の後輩が所有する竹林へ竹を分けてもらいに行くのも、色とりどりの折り紙で竹飾りを作るのも、みんな義勇と一緒にだ。
 小六まで、短冊に書いていた内容は、いつも二人同じ。

『義勇とずっと一緒にいる』
『杏寿郎とずっと一緒にいられますように』

 神社仏閣を詣でても、杏寿郎は神頼みなどしない。星に託すのも願いではなく、いつだって決意だった。神にもすがらぬ杏寿郎が、一年でただ一度きり自分では果たせぬからと星に願うようになったのは、中二から。
 杏寿郎が中一、義勇が中三になった年の七夕だけは、竹飾りも短冊もなかった。喧騒と抑えがたい怒りと絶望の色をした怯えだけが記憶に色濃い、たった一度きりな例外の年だ。
 それ以来、高二の七夕まで四年間、義勇の短冊は今までと同じだったけれど、杏寿郎がしたためる文言は変わった。
 四年間、七夕のたびに杏寿郎が短冊に書いた言葉は、決意ではなく願い事。

『義勇がずっと幸せでいてくれますように』

 願いは今も変わらず、けれど、諦めはもうない。怯えはどうしても消えてくれやしないけれど、それでも杏寿郎はもう、誰かに義勇の幸せをたくしたくはない。どこかで誰かとではなく、自分が義勇を幸せにする。今の杏寿郎が短冊にしたためるのは、昔と同じ決意だ。残念ながら離れた地で暮らす義勇の短冊は、隣に吊るされることはないけれど。
 書けない願いは胸のなか。こればかりは家族の目に触れたら困る。神にも星にも願いはしないけれど、愛しい人の心には祈るように願ってしまう。七夕にかぎらず、こんな朝にはいつだって。
 また脳裏に浮かんだ宇髄が、『大丈夫だって。俺様が太鼓判押してやったろ?』と笑うから、杏寿郎も小さく笑い、そっと目を開いた。