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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2

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◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 知らず黙り込み唇を噛んだ杏寿郎の頬から、色が抜ける。ようやく思い出すこともなくなってきた記憶は、四年経っても鮮明だ。義勇がそんな顔をしたのは、たったの一度きりなのに。
 怖いものなしの杏寿郎が、ただ一つ恐れるもの。誰よりも恋しくて、誰よりも愛おしい義勇が――そんな義勇からの拒絶が、杏寿郎にとっては、なによりも怖い。
 あのときだって義勇は、すぐに杏寿郎が受けた衝撃に気づき、いつものように杏寿郎に抱きついてくれたけれど、怯えた瞳は杏寿郎の記憶から消えてくれそうになかった。
 失敗して笑われるなら、まだいい。けれどもまた怯えられたら? あの凍りついたような義勇の瞳が、また自分に向けられたら。それがただもう嫌だ嫌だと叫びだしたくなるほどに、杏寿郎には怖くてたまらない。
 杏寿郎が沈黙した理由を過たず悟ったんだろう。宇髄の手がまたポンッと、杏寿郎の頭に乗せられた。
 不安に狭まっていた杏寿郎の視界が、苦さと慈しみを混ぜ込んだ宇髄の笑みを映し出す。知らず固くなっていた肩から、ふっと力が抜けた。
「なぁ、聞いていい? なんでおまえ、冨岡が引っ越すの嫌がらなかった?」
 パチリと杏寿郎の目がまばたく。宇髄の視線に下世話な好奇心の色はなく、どこまでもやさしい。杏寿郎は、ほんのわずか瞳を伏せた。

 義勇が地方に進学すると聞いたとき、杏寿郎の頭は真っ白になった。離ればなれになるのか、義勇はそれでいいのか。そんな言葉がじわじわと脳裏を侵食していくにしたがって、嫌だなんでと、叫びだしそうになったのは確かだ。
 けれどそのとき、杏寿郎は、笑ってみせた。

『そうか。生まれ故郷だものな。蔦子姉さんの近くなら俺も安心だ』

 心にもないと思いながら、受験がんばってくれと応援さえした。ほかになにが言える。瞬間思い浮かべたのは、怯えた瞳だ。杏寿郎に怯える義勇の瞳。距離を置く決意を、義勇はいよいよしたのかもしれない。本当は杏寿郎の近くにいるのはずっと怖かったのかもしれない。そんな疑念が杏寿郎の顔を笑ませた。

「……嫌われたくなかった。大学受験は将来を見据えてだ。義勇も充分悩んだと思う。そのうえで義勇が決めたことなら、応援するのは当然だと……建前だなっ! 本当は、今度こそ義勇に嫌われたんじゃないかと、怖かっただけだ……」

 誰にも、それこそ義勇にも見せぬよう心の奥底に封じ込めていた本音は、不思議と素直に杏寿郎の喉から滑り出た。
「告白したのは、終わらせようとしたからか?」
「どう、だろう。自分でもよくわからん。だが……そうだな。なにかしら、区切りをつけたかったのかもしれない。義勇のことを好いている気持ちに終わりなどあるわけもないが、終わりにするからと、笑ってやりたかったのかもしれない」
 ただの幼馴染で弟分なら、本心ではどれだけ怯えていようと、義勇は杏寿郎が傍らにいることを拒めないだろう。だからこそ、義勇は物理的な距離をとろうとしたのかもしれない。そうしてゆっくりと、自然を装い疎遠になる。そんな思惑は義勇らしくないと思いもするが、義勇らしいとも思うのだ。
 義勇から別離を切り出せば、どうしたって杏寿郎は傷つくと、義勇はちゃんとわかっている。だから、ゆっくりと、少しずつ。義勇の存在が傍らにないことに慣らしてくれるつもりでいるのかなと、そんなことを考えた。
 だけどそんなのは無駄なあがきでしかない。地球の裏側にいたって杏寿郎はずっと義勇を想い続けるし、恋心が消えることなどないに決まっているのだから。
 終わりが見えないそのあいだ、義勇はどんな気持ちでいるだろう。杏寿郎の想いに答えられない罪悪感に、苛まれやしないだろうか。杏寿郎の心から義勇への恋が消えないかぎり、一人で幸せになどなれないと、自身の恋を諦めることだってあるかもしれない。義勇は、とてもやさしい人だから。杏寿郎のことを、とても大切に思ってくれているから。たとえ、杏寿郎に怯え、怖がっているとしても。
 だから、杏寿郎は自分からフラれようと決めたのだ。胸が引き裂かれそうに苦しくて悲しい決意を抱いて、怯えに閉じ込めた恋を、桜の花びら舞うなかで口にした。
 大丈夫だ。今ここで線を引いていい。ここから先は入ってくるなと、言っていいんだ。そんな、強がりなやせ我慢と、どうしようもなくあふれかえって止められない愛おしさに、笑って。

『義勇が好きだ。幼馴染の好きじゃない。俺は、キスするなら義勇がいい。いつか、義勇とセックスだって、したいと思ってる。そういう、好きだ』

 笑ってみせても、声も体も恥ずかしいぐらい震えていた。蔦子の結婚という幸せの涙を流した、その夜のことだった。
 遅い。せっかちなくせに、待たせすぎだ。あの日、震えを懸命に押し殺した杏寿郎の笑みに返ってきたのは、そんな言葉とうれしげな微笑み。怯えなどどこにも見えない海の色の瞳が、やさしくたわんでいた。
 呆気にとられながらも「ごめん」と謝った声は、恥ずかしいほどにひっくり返っていた。夢じゃないかと戸惑う杏寿郎に苦笑して、ギュウッと抱きしめてくれた義勇の腕は力強かった。
 恐る恐る持ち上げた腕は、やっぱり震えていたけれど、もう自分の意志だけでは抱きしめるのを抑えることはできなくて。夢じゃない、今日から義勇は俺の恋人だと、しがみつくように無我夢中で抱きしめ返した春の夜。よくもまぁ泣き出さなかったものだと、杏寿郎はしみじみと思い返す。
 泣けなかった答えなんてわかりきっているから、消えない疑念を抱く自分を殴り飛ばしたくなりもする。それは今、この瞬間も同じことだ。
 恋人になれたって、義勇の怯えは消えていないのかもしれない。いつか、杏寿郎が怖いと遠ざかっていくのかも。そんな不安が心にくすぶり続けているから、喜びの涙が浮かんでこなかっただけのこと。

 義勇の前で杏寿郎が涙を見せたのは、二度きりだ。初めては、義勇がランドセルを見せてくれたとき。義勇が小学生になったら、幼稚園に通う自分とは一緒にいられないのだと知って、物心ついて初めてワンワンと大号泣した。
 二度目はわりと最近。蔦子の結婚式で、並んで流したうれし涙だ。
 三度目はいつになるだろう。できれば幸せな涙であればいいと思うけれども、もしかしたら、もう二度と義勇の前で泣くことはないかもしれない。義勇に嫌われたら、それでも自分は笑うだろうからと、杏寿郎は心の片隅でそっと笑った。
 そのときには告白したときと同じように、声も、体も、震えてたまらないだろうけれど、それでもきっと自分は笑うだろう。それを杏寿郎は信じているし、覚悟もしている。杏寿郎が流す涙で義勇が苦しまないように、そのときには必ず笑ってみせるのだと。


「……待ってたって、言われたろ」
「っ、なぜそれを!?」
 問いというには確信めいた宇髄の言葉は、いつものどこかからかいめいた笑みで紡がれた。
 まるで記憶を読まれたみたいに図星すぎて、物思いから引きずり戻された杏寿郎の目が、思い切り見開く。おさまっていた顔の熱も、一瞬でもとどおりだ。クツクツと押し殺した声で笑われれば、恥ずかしさに頭まで茹だりそうになる。