にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2
大柄な宇髄はジャンケン免除だ。義勇や杏寿郎も百七十代後半という身長なので、高い場所要員も必要はない。デカすぎてかえって邪魔というみなの言い分はともあれ、さすがの宇髄も、無自覚なイチャつきが炸裂する狭い空間で一人黙々と掃除する自信はないのだ。避けられるものなら避けて通るが吉ってなもんである。
まぁ宇髄の場合は、二人のイチャつきを目にしたら、爆笑しかねないからだったりするのだけれども。明日には離ればなれになる二人のおじゃま虫になるのは、宇髄にとっても不本意だ。無にならんとする不死川や伊黒のほうが、こういう場合は適任ってものだろう。
階段脇に敷いたブルーシートの上に、不死川と二人で荷物をおろしていく。ジャンケンの結果とはいえ、受験が終わってすぐに運送会社でバイトを始めた不死川が残って正解だ。非力な伊黒では、宇髄との身長差も相まって洗濯機などを運ぶには不向きだ。
引っ越し荷物の運送も請け負うだけあって、不死川は冷蔵庫や洗濯機の運搬にも、多少は覚えがある。面白がりで経験豊富な宇髄でも、洗濯機を運ぶ際の注意点など、さすがに知らない。
賃貸を傷つけるわけにゃいかねぇだろうがと、玄関などの養生も社員たちから教わってきたという不死川は、なんだかんだ言ってやっぱり面倒見がいい。
「冨岡の引っ越しを手伝うっつったら、あれも持ってけこれも持ってけって、みんなして仕事道具渡してきやがんだ。引っ越しの依頼が多い時期だろうによォ」
「そりゃまた愛されてんねぇ。ま、おかげで費用は軽トラのガソリン代ぐらいで済んだんだから、派手によかったじゃねぇか。段ボールすら買う必要なかったもんな」
養生テープやキルティングマットだけでなく、ドライバーやカッターといった工具にいたるまで、引越しに必要なものはほぼすべて、不死川のバイト先であり蔦子の元勤め先でもある運送会社からの借り物だ。段ボール箱も、蔦子の結婚式に出席した社長夫妻が義勇の引っ越し用にと持ってきたものである。いたれりつくせりとはこのことか。
蔦子ちゃんよかったなぁ、本当によかったと、式のあいだじゅう男泣きに泣いていた厳つい社長の泣き顔を、なんとはなし宇髄は思い浮かべる。
住んでいるマンションが近いこともあって、ときどき宇髄は、残業で遅くなった蔦子を迎えに行ってほしいと杏寿郎たちに頼まれていた。どんなに大きくなり強くなっても、蔦子にとって義勇と杏寿郎は守るべき存在なのだろう。十時を越えると、蔦子は義勇と杏寿郎の迎えを頑《がん》として断るのだと言う。
女性である蔦子姉さんのほうが、よっぽど夜道は危険だというのに、危ないからこんな夜遅くに出歩くなんて駄目と言われてしまうのだ。
だから頼むと杏寿郎と義勇が頼み込んでくるものを、無下に断るなど薄情がすぎる。送迎ドライバーを仰せつかりましたぁと、運送会社に顔を出すことがままあった宇髄も、社長夫妻とは顔馴染みだ。
誰の目にも美しい蔦子と二人、夜のドライブ。それなりに役得。なんて。派手に彼女たちが嫉妬しそうなシチュエーションだというのに、三人とも悋気などちっとも見せなかったのはありがたい。一番年下の須磨にいたっては、「あんなに美しいお姉さまと二人きりなんて、天元様羨ましすぎますぅ!」と、プンプン頬をふくらませ宇髄をうらやむ始末だ。地味に複雑な気分になったものではあるが、それはともあれ。
寂しくなるなぁ、風邪引くんじゃないぞと、やっぱり泣きながら社長が義勇にドサッと渡した段ボールは、正直多すぎて余りまくり、宇髄がありがたくいただいた。ちょっとばかり興味があった段ボールアートに手を出すいいタイミングだったと思う。
遊びでしかないので、気が済むまで作ったら派手に燃やしてしまうつもりだけれども。ド派手なキャンプファイヤーだ。一人きりでは虚しいかもしれないが。
夏の恒例だったキャンプは、果たして今までどおりできるのか。在宅ワーカーで自由が効く宇髄と違い、今までとはまったく異なる環境に身を置くことになる義勇たちが、予定を合わせるのはむずかしいだろう。去年が最後になってもおかしくはない。
不死川は高校時代にバイトしていた飲食店をやめ、大学に通いつつ就職も視野に運送会社で働き出した。伊黒は卒業前に開発したアプリをきっかけに起業し、やはり大学生との二足のわらじで忙しくなるだろう。地元を離れる義勇は言わずもがなだ。杏寿郎だって、義勇に逢いにくる交通費のためにバイトを始める予定だし、みんなで遊ぶ時間が減るのは確実だ。義勇にいたっては年に何度逢えるやら。
取り残されるとか、寂しいとか。そんな地味で鬱陶しい感情は、持たぬが花というものだろう。面白がりが宇髄の信条だ。変化を拒むようでは人生なんて楽しめやしない。
それに。
広い世界に飛び立つ仲間が帰ってきたときに羽を休める大樹となるのも、なかなかに愉快ではないか。だから宇髄はみんなで過ごしたあの街から離れるつもりはない。宇髄の世界は、彼らと違い室内でだって広がっていくのだから。アートという名の自由な空は、どこにいたって飛べるのだから。
少しばかりしんみりとしかけた宇髄だったが、聞こえてきた声に、かすかな寂寥などすぐに放り捨てた。
「掃除終わった。荷物運んでくれ」
「おぅ。その前に、玄関とか養生しねぇと駄目だとよ。だろ?」
ふたたび階上から顔を出した義勇を仰ぎ見て、宇髄は軽く手を振り不死川に視線を移した。
「まぁなァ。おい、煉獄。俺らが荷物運んでやっから、飯買ってこいやァ」
義勇の背中にピッタリ張り付く距離で、やっぱり階下を見下ろしてきた杏寿郎が、不死川の声に大きな目をパチッとまばたかせた。
「うむ! わかった! 義勇、近くの店を調べておいたほうがいい。一緒に行こう!」
不自然さのない流れだ。義勇も疑問を持った様子はない。白物家電を杏寿郎に触れさせたくないのは、義勇も同じだろう。二人で買い出しは渡りに船と思ったのかもしれない。
「おい、冨岡。引っ越し祝い、煉獄に渡してっから。飯代そっから出せよ。気になんなら釣りで銘菓でも送ってこいや」
義勇ならそれじゃ悪いと物申すことは予測済みだ。さてどうやって言いくるめようか。
つかの間宇髄は考えを巡らせたが、適当な理由を探すまでもなく、ふらっと幽鬼のように二人の背後に立った伊黒が、義勇が異を唱えるより早く地を這うような声で言った。
「グズグズするな。俺の貴重な休日をくだらん言い合いで潰すなど、ただじゃおかんぞ」
「くだらなくはないなっ! 義勇は慎ましやかで真面目なのだ! だが、小芭内の言うことももっともだ、義勇。昼飯を買うついでに、みんなに持って帰ってもらう菓子も買ってこよう! 釣りに義勇が出す分をプラスして、お祝い返しにすればいい!」
義勇の逡巡は十秒にも満たなかった。伊黒や杏寿郎の言い分に従うほうが、時間を無駄にせずに済むと判断したんだろう。素直でなによりだ。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2 作家名:オバ/OBA