にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2
コクリとうなずいた義勇が階段に向かって足を踏み出すより先に、杏寿郎がサッと義勇の前に進み出る。見慣れた杏寿郎の癖だ。階段を歩くとき、のぼるのならば義勇の一段後ろを、降りるときは義勇の一段前を。義勇が万が一足を踏み外したら、即座に支えられるようにと動く杏寿郎は、きっと無意識だ。その習慣は馴染みすぎていて、考える前に体が動くらしい。
宇髄たちにももはや見慣れた光景で、今さら不死川や伊黒も動じる気配はない。
行ってくると笑って手を振る杏寿郎に軽く手を振り返し、宇髄は、まだ幽鬼の如き風情で階上に立っている伊黒へと、ニヤリと笑いかけた。
「派手に生気抜かれてっけど、大丈夫か? 操作ミスって見逃すなよ?」
「ふん、あんなものミスするほうがむずかしい。俺があれしきで心折れるとでも言うのかね? たとえ杏寿郎がやたら熱心に畳を拭きながら、義勇の白雪のような肌がダニにでも食われたら一大事だなどという馬鹿馬鹿しいことを真剣に言いだそうと、それに対して冨岡が、ダニがいたら先におまえが食われるかもしれない窓拭きと変われと言い出し、俺が、いや俺がと、すさまじくくだらない言い合いだかイチャイチャだかを五分も繰り広げようと、俺の心は折れん……っ!」
「……おぉ、なんつぅか……ご苦労さん」
聞いている不死川まで少し魂が抜けかけているが、爆笑している場合じゃない。クツリと忍び笑うにとどめ、宇髄はポンッと不死川の背を叩いた。
「んじゃ、先にご依頼の件やっちまうかね。テレビとか運び込む前のほうがいいんだろう?」
顔をふたたび伊黒に向けて聞けば、スマホも一応置いてこいと、冷静さを取り戻した声が返ってくる。
二人を待つことなく部屋に向かう伊黒に、顔を見合わせた宇髄と不死川は互いに軽く肩をすくめると、軽トラの助手席にポイッとスマホを放り投げた。
さっさと済ませるに越したことがないのは、こちらも同じだ。心配し過ぎの観はあるが、それでも万が一がないとは言い切れない。この時点で杞憂で終わらないのであれば、狙いは義勇ではない可能性もあるが、それでも不安の種は取り除くにかぎる。
養生テープなどを持って向かった部屋では、すでに伊黒が小さな機械を手に、ドアポストや靴箱のなかやらを調べていた。
「玄関にはないようだな」
「んなとこすぐ見つけられんだろォ? 隠すやつなんかいんのか?」
玄関にキルティングマットを貼り付けながら不死川が聞くと、ユニットバスに足を向けた伊黒が振り向きもせず答えた。
「カード型ならクレジットカードほどの大きさしかない。靴箱の板裏にでも貼り付けられれば、そう簡単には気づかんさ。宇髄、換気扇のなかを確かめろ」
「了解」
トイレタンクの裏側を覗き込みながら言う伊黒に従い、宇髄は、準備してきたペンライトを換気扇に向けた。
「くっだらねぇなァ。んなもんを高性能にする奴らの気がしれねェ」
「同感だが、需要があるから供給がある。仕掛ける理由は様々だろうがね」
ひととおり調べ満足したのか、そっちはどうだと視線を向けてくる伊黒に、宇髄もうなずいた。
「こっちもオーケー。とくに怪しいもんはねぇよ。ま、俺らはんなもんとは無縁で生きたいもんだねぇ」
「こっちが御免被ると言っても、クソみたいな輩はどこにでもいるからな。……杏寿郎の心配性も責められん。まったくくだらないかぎりだがね」
狭い部屋の隅々まで器具を向けながら言う伊黒の口調は、いかにも苦々しげだ。玄関の養生をしながら不死川も鼻にシワを寄せ、険悪な表情になっている。
「まぁなァ。それに関しちゃ、俺にも責任があるからよォ。万が一があっちゃ目覚めがワリィ」
ぶっきらぼうな物言いを装っても、不死川の声には深い悔恨があらわだ。
「バァカ、おまえさんが罪悪感を感じる必要は派手にねぇよ。それを言うなら、俺様だって同罪になんだろうが。ああいう奴らは理由なんてどうでもいいのさ。自分とは違うやつがムカつく、自分がうまくいかない理由を人に押し付ける、ただそれだけだ。馬鹿どもの言い分なんざ真に受けんじゃねぇよ」
不死川が、風貌のせいで売られる喧嘩を十倍で買った挙げ句に、おまけ付きの勢いで相手を叩きのめそうと。派手で華やかな暮らし向きの宇髄に擦り寄り恩恵にあずかろうとして、けんもほろろに相手にされなかろうと。不満を冨岡に向け晴らそうとするような奴らの言葉に、一分だって正当さなどあるものか。
軽い口調で不死川に言いはしても、宇髄の目にもほのかな怒りが知らず浮かんだ。
口にしたのは本心だ。それでも心の片隅で、忸怩とした思いは消えずにくすぶっている。
傷ついた瞳をして呆然としていた杏寿郎と、青ざめて震えていた義勇が、記憶から消えることはないから。
知らず識らず黙り込んだ二人の耳に、ピーッと甲高い音が飛び込んできた。
そろってバッと伊黒を振り返り見る。ゆっくりと二人に向けられた伊黒の顔は、明らかに緊張しつつも、わずかばかり呆然としていた。
「おい……あったぞ。盗聴器だ」
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2 作家名:オバ/OBA