にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2
盗聴器を取り外しほかにはなにもないのを確認し終えたところで、杏寿郎と義勇が戻ってきたため、探索は終了だ。
階下から声をかけられ表に出てみれば、それぞれ両手にコンビニ袋を下げた二人は、同年代らしき見知らぬ男女と一緒だった。だがカップルが名乗った錆兎と真菰という名前には聞き覚えがある。義勇のこちらでの幼馴染だ。宇髄たち同様、二人も義勇の引っ越しを手伝いに来たらしい。
差し入れを買うために寄ったコンビニで鉢合わせたという錆兎たちの手にも、これまたパンパンに膨らんだコンビニ袋。ちょっとしたパーティーぐらい開けそうな量になった菓子やら飲み物やらはともかく、四畳半一間への引っ越しに総勢七人はとうてい入りきれない。一人は小柄な女の子とはいえ集まりすぎだ。
苦笑しつつも、宇髄たちにとっては錆兎たちの登場はタイムリーだ。地の利がない宇髄たちと違い、二人は地元民である。義勇の今後の生活を憂うなら、よしみを繋いでおくに越したことはない。
初対面なのは杏寿郎も同じことだが、さすがはと言うべきか、杏寿郎はすっかり二人と打ち解けていた。物怖じせず屈託のない杏寿郎ならなんの不思議もない。なにより杏寿郎は、是が非でも錆兎たちと良好な関係を築きたいところだろうから、当然と言えば当然だ。
なにせ彼らは義勇の旧知なのだ。杏寿郎にしてみれば、なにをおいてもお近づきになりたい相手に違いない。なにしろ杏寿郎は、これからしばらく義勇の傍らにいることはかなわないのだ。義勇の周囲に信用のおける人たちがいてくれるのは、心強いに違いなく、それは宇髄らにしたって同様だ。
義勇が彼らと過ごしたのはたったの五年で、しかも、生まれてからという前置きがつく。互いの記憶などせいぜい一、二年しかないだろう。それでも錆兎たちと義勇の友情は、いまだにガッチリとスクラムを組んでいて、年に一度の墓参りでは必ず逢って交友を深めていたらしい。この地で義勇の守護を任せるのに、これほど最適な者たちはそうそういるまい。
先ほどまでよりも杏寿郎が義勇にピッタリ寄り添っている理由は、多少の複雑さのあらわれだろうけれども。
ともあれ、錆兎と真菰は宇髄たちのお眼鏡にかなう人柄であったし、義勇への友情の深さも疑いようがない。同時に、錆兎たちからも宇髄ら、とくに杏寿郎が義勇にふさわしいかを見定められたことだろうが、ありがたいことに合格をいただけたようだ。別れ際には、誰の顔にも探り合う視線はなく、いたってにこやかであった。
ただし、杏寿郎ばりに人懐こい真菰はまだしも、最初のうち錆兎のほうは少々警戒心が透けて見えていた。だというのに、腹に子を抱えた猫ばりの警戒心を誇る伊黒までもが、わりあいすんなりと打ち解けあえたのだから、恐れ入る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冨岡は人に恵まれてんなぁと思い出にひたりつつ、宇髄はジングルベルが鳴り響く街を歩きながら、口元でだけ穏やかに笑う。そこに自分が含まれてるのが、我ながらちょっとばかりこそばゆい。
「なんだァ? 思い出し笑いすんなよ、気色悪ィ」
「あぁん? この絶世の美男子さまにそういうことを言うのは、この口かぁ?」
「いひゃっ! テメェ、痛ぇだろうが、やめろっ!」
頬をつねりあげられわめく不死川に、宇髄はケタケタと笑った。
「んで? なに思い出してやがったァ?」
「なに、気になんの?」
少々意外に思い、不機嫌な横顔をちらりと眺めれば、不死川は前を向いたまま横目で宇髄に視線を投げてきた。
「顔は笑ってても目が物騒なんだよ。なに考えてやがった?」
おや? と宇髄は軽く目を見張り、素直な感嘆を瞳に乗せた。
不死川が悪意や敵意には敏いのは承知しているが、宇髄は敵ではない。ましてや今は、そこまで剣呑なことを考えていたわけでもなかった。だというのに、奥底に隠しているはずのささやかな感情を読み取るとは。
裏を返せば、それだけ宇髄が不死川に気を許しているということでもある。それがなんとも面映ゆく、かつ、宇髄にはほんのちょっぴり複雑だ。こいつらには隠せねぇなぁと、苦笑の一つもこぼしそうになる。
感情を隠すのは宇髄にしてみれば習性のようなものだ。幼いころから宇髄の容貌は衆目を集め、そのなかには、下衆で身勝手な欲望やら妬み僻みの敵意やらも含まれる。おかげで疑り深くもなったし、そう簡単に心を開くこともなくなった。
錆兎や伊黒などくらべものにならぬほど、宇髄の警戒心は、常に周囲に張り巡らされている。表面にはけっして出さぬようにしているだけだ。
ところが例外もある。
見知らぬ場所に突然連れてこられた子猫のように、警戒と威嚇に余念がなかった小学生のころ。そんな時代に出逢った仲間は、気がつけば一生コイツラとつるんでいてぇなぁなんて思うほど、宇髄の心の奥深くまで入り込んで、どっかり腰を据え笑っている。追い出そうとしたってそうはいくかいとばかりに、おまえが本当は寂しがりなことぐらいお見通しだと笑う。
ともに学校生活を送ったのは、小学生のうちだけだ。中学も高校も、宇髄の卒業と不死川たちの入学は入れ替わりで、決別のタイミングはいくらもあった。そう、入れ替わりだ。中学までは学区の関係もあるが、それだって親の言いなりに私立に進んでいれば、縁はそこまでだっただろう。
けれども宇髄は、そうしなかった。盛大な親子喧嘩の末にではあるが、希望する進路を勝ち取れて幸いだ。母校のOBなんていう頼りなく細い糸でもいい、ずっとなにがしかの縁でつながっていたかった。なんて。誰にも宇髄は言ったことがない。
おかげで見栄っ張りで息子の意思より世間に対する優越感重視な両親とはいまだに不仲で、高校卒業と同時の絶縁状態は継続中だが、そりゃしょうがないわなと宇髄は胸中で苦笑する。
なにかを得ようとすれば、なにかを失う。世の常だ。宇髄にとっては、気の置けぬ仲間と相性最悪な家族を、秤にかけただけのこと。正直なところ、同じ天秤に乗せるのすらが腹立たしい。
血の繋がりがあっても、相容れぬ仲というのはあるものだ。幼い息子をよだれを垂らさんばかりに舐め回すように見る相手だろうと、金や地位さえ持っていれば、喜び勇んで息子を目の前に押し出す両親なんて信用できるものか。
お互いが自分のことさながらに相手の不遇を悲しんだり怒ったり。同じ事柄に心から笑い、泣き、沈黙を苦に思わずいられる相手。人が送る一生のうち、そんな相手にいったいどれだけ出会えるだろう。家族にそれを望めぬのは不運なのかもしれないが、絶望にはほど遠い。
そんなふうに感じられること自体、奇跡のような縁あってこそだと、宇髄は胸のうちそっと微笑んだ。
少々の照れを含んだそんな微笑は、顔には出さない。傍目には不敵で皮肉げに見える薄い笑みを口元に刻む。
「ちっとな、冨岡が引っ越したときのことを思い出してよ」
「……あぁ」
合点がいった顔をした不死川の眉が、ギュッと寄せられる。あのときの不快感と危惧がよみがえったのだろう。けれどもすぐにそれは消え、不死川はさして興味もなさげに小さく鼻を鳴らした。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2 作家名:オバ/OBA