トキトキメキメキ
池の中からは、ザザアアァ――とたまに水をかぶる巨躯の百獣の王の身体が居座っていた。その背には鷲(わし)の翼があり、顔は人間の女である。その全長は二十メートル以上もあると思えた。
「悪い事する? するの? ねえ、悪い事……」
大園桃子は池に陣取る巨大な怪物に、泣きそうになりならが質問を繰り返していた。
「お待たっせっ‼‼ と、っ間に合った?」
岩本蓮加は超絶的な跳躍で森林を抜けて、大園桃子の前にて派手に着地した。すぐに銃口を怪物へと向ける――。
「ここにいるって事は一般人じゃなくってヒーローでしょ、何やってんの食べられちゃうよヒーローなら闘わないとっ!」
大園桃子は黒目がちな円(つぶ)らな瞳で、【式神】の能力を行使して、その両手に印を結び、大きな鴉(からす)を召喚した。
岩本蓮加は現れた大きな鴉を視界に入れて、怪物の事も意識する……。
大園桃子は権限する。
「ねえカラス君、あのお化けの事をやっつけてみて」
主従関係のはずの巨大な鴉の取った行動は、森林の方へと飛び去る、という行動であった。
「なに、どういう事!」蓮加は銃口を向けたままで、大園桃子を振り返った。「能力がゆうこときかないの?」
「ううん、あの子なの」大園桃子は怪物を指差した。
そう、巨大なスフィンクスを――。
「あの子が不思議な力で、こっちの力を消しちゃってる……。桃子にはそれが見えるの」
「見える? 能力でって事?」
大園桃子は頷いた。【邪眼(じゃがん)】の能力で、大園桃子にはスフィンクスの周囲の空間に異次元空間が張り巡らされている事が透視できた。
「やっぱりあの子、なんかしてるの……」
蓮加は発砲してみる。ダダダン――と、銃口から銃弾は発射されたが、それは湾曲した時空に呑み込まれるように四方八方へと飛散してしまった。
「なにこいつっ!!」蓮加は驚きながら、近くへと駆けつける仲間達を一瞥した。「弾いたの?」
「ごめん蓮加、遅れたっ!!」
「蓮加早いよ~~」
山下美月と与田祐希も、息を切らせながら荒川自然公園の白鳥の池の前へと集合した。
「どうしたの蓮加、こんな化け物、先手必勝でしょ! 動き出したらヤバそうだよ‼?」山下美月は怯えた顔で必死に蓮加を見つめた。「何してんの!?」
「やってみ」蓮加はスフィンクスを見つめたままで言った。
「炎っ‼‼」
突如渦を巻き立ち上がった爆炎は、白鳥の池の周囲を囲うように燃え上がり、スフィンクスには届いていない――。
「どうしたの炎っ、悪だよ、爆ぜて消えろっ‼‼」
ドグォォン――と爆発音を大反響させながら弾けて消えた爆炎は、スフィンクスにはかすりもしなかった。
与田祐希は眠そうな眼をカカッ―と光らせる……。
「いつまでたっても焼肉食べられないじゃん、神成(かんなり)ぃ――‼‼ 焦(こ)がしちゃえ‼‼」
ズガンガガァァン――と、雷雲から野太い雷が落雷したが、スフィンクスの構える池の水には感電現象さえ起こっていない様子であった。
「ダメだこりゃ」与田祐希は両手をYに開いた。「倒せんのこれ……」
山下美月は険しい眼力でスフィンクスの巨体を見上げている。大園桃子は不思議そうにスフィンクスを見つめていた。
蓮加は銃口を下げて、スフィンクスを見るのをやめた。また銃口を上げ、何も視界に入れずにダダン――と、スフィンクスを二発射撃した……。
蓮加の鋭い眼光がスフィンクスを確認する――。
スフィンクスは高笑いを浮かべていた。
「ダメかぁ………」
『無駄無駄無駄……。みいんな、無駄。お馬鹿さん』
「なんだと~?」山下美月は軽いニュアンスで言い返した。「馬鹿にすんな~、昨日寝てねんだぞ~」
「祐希も今日まだ晩ご飯食べてないんやぞ!」与田祐希は、その場にあぐらをかいて、ふてくされた。「違う能力あるヒーロー、待つしかないっか?」
――●▲■その悪は、差別の悪だ。その悪の容姿は「スフィンクス」だね。どうやら自らにも、こちら側にも、条件縛りの能力を使っているらしい。スフィンクスのルールにのっとって戦わない限り、ダメージは与えられないよたぶん■▲●――
大園桃子は声の主を見上げるように、赤い空を見上げる。
「桃子もそう思うんですけど……、全然、なんにも言ってくれないから……。今ちょこっとしゃべったんですけど、ただの悪口だったし……」
蓮加もその場にあぐらをかいた。
「こいつ、そんなに強いの?」
――●▲■その昔、ギリシャにまだ神々がいた頃の話、胸から上が女性、下は百獣の王、背に翼のある怪物がいて、スフィンクスと呼ばれていた。スフィンクスはとにかく頭脳明晰なんだ。蓮加君、君は学者を強いと思うかい? おそらくはそういう強さ比べなんだよ、スフィンクスの強さがあるとしたら■▲●――
蓮加は右手に拳銃を持ったまま草の上に体育座りをして、苦い顔をした。
「うわっ……。そんじゃ蓮加苦手……、こいつ」
山下美月も黄色い雑草の隣でしゃがんで、スフィンクスを見上げたままで声の主に尋ねる。
「どういう事、ですか? つまり……、どうやって戦うかは、この化け物が決める、て事ですよねえ?」
――●▲■たぶんね■▲●――
「しゃべらんやん」与田祐希は笑った。「しかも何こっち見てんだよ……、にやけやがって……。焼肉にすんぞ、こんにゃろ」
山下美月は一息つきながら、草筵(くさむしろ)の上に体育座りした。
「うちらの仲間も今こっち向かってんですよねえ?」
辺りの森林景色は青々と草深く、赤く染まった世界で無ければ緑地として重宝されるべき癒しの場に違いなかった。
――●▲■向かってる。みんな勝利を収めてね。たぶん、スフィンクスとは知恵の勝負になるんじゃないかな。スフィンクスは頭脳明晰でいて、それを己の誇りにしていた。やがて、スフィンクスは己の優れた智能を証明する為に、ピキオン山の山中に潜み、そこを通りかかる旅人を捕まえては、謎かけをし、答えられなかった旅人を残忍に食い殺したという伝説がある■▲●――
その場にいる大園桃子を除(のぞ)いた三人が、同時に驚愕(きょうがく)した顔で上を向いた。
――●▲■待ってね……。確かその伝承には、続きがあったよ、確かね……。ある日、そのピキオン山に男がやってきた。男が山道を歩いていると、「そこの者、待ちなさい」とスフィンクスが崖から飛び降りて、男の眼の前に立ちはだかったという。「ここを通りたいのですか? ならば、私の謎かけに答えてもらいましょう。正解すれば、通します」男は言い返した。「お前のような化け物に、謎かけで負けるものか」■▲●――
その突如としてまた響き渡ったスフィンクスの何処か上品な高笑いに、四人はスフィンクスへと視線を釘付ける……。
『私に暴れてほしくないのですか? ならば、ならば、私と、智識とその命をかけた、謎かけをしましょう? 見事精確に、正解すれば、私は暴れません』
「マスターっ早く始まっちゃった!!」山下美月は焦りながら赤い空を見上げた。「答えとかないの!!」
「早く早く!!」蓮加は慌てる。「あ、ああ、なんか言いそうだよっ」
与田祐希は、じっとスフィンクスを見つめている。うとうとしてきていた。