トキトキメキメキ
伊藤理々杏は構える。
「エレキネット‼‼」
三人とロック鳥の間合いに、電撃を具象化した網を張った……。しかし、割れた嘴から泡を吹き出しながら発狂したロック鳥は、その鋭い鍵爪で、己の心臓を抉り出し、息絶えてしまった。
伊藤理々杏はその光景に圧倒されながらも、阪口珠美を一瞥する。
「何それ……。それ最初にやればよかったんじゃないの……、なんなの僕のがんばりは……」
中村麗乃は笑顔で二人の元へと走った。
「やったーー!! ねえねえ、なんかさー、次の任務もあるとかって言ってなかった、マスター?」
ロック鳥の身体は白い粒子の泡に包まれ始めているが、赤い世界は、まだ終わらない――。
阪口珠美は歩き始める。
「場所は、なんかわかるね。行こう、新しい仲間が待ってるらしいし……」
伊藤理々杏も、中村麗乃も、消えて無くなったロック鳥を確認してから、変身状態のままで、再び歩き始めた。
向井葉月は【猛獣使い】の能力を権限する――。「お前とお前とお前!」と指定された猛獣、幻獣は、強制的に向井葉月の支配下に下る。例え声の届かぬ場所からの標的の指定でも、操る能力の熟練度により、支配できてしまう。
「さあ、コウモリお化けたちぃ、お前らの仲間を攻撃して殺し合いをしなっ‼」
向井葉月の叫びに、吉田綾乃クリスティーは【殺し屋(アサシン)】の能力で具現化した1トン近くある重火器を【超身体能力】で両腕に装備しながら、鼻を鳴らして吹き出した。
「殺し合いって、ふふんっ、ヒーローの言うセリフ?」
二十二体の空飛ぶガーゴイルのうち、向井葉月に支配された三体が、残りの十九体のガーゴイルに攻撃を仕掛けていた。
鴉(からす)のような長い嘴(くちばし)に、蝙蝠(こうもり)のような羽根、顔は悪魔のような歪(ゆが)んだ表情を浮かべており、一体一体の体長は160センチほどであった。
向井葉月は更に【猛獣使い】の能力を権限し、「お前とお前とお前とお前ぇ、ハァ、殺し合いしろぉぉ!!」と叫び上げた。
「葉月、なんか闘い始まると、別人だよね……、ふふん」
向井葉月の使役(しえき)しているガーゴイルを狙わぬように、標的を定めて、吉田綾乃クリスティーは肩にしょった両腕の重火器で空へと弾丸の雨を機銃掃射していく――。
「おらああああああああああーーっ‼‼」
赤い月夜の空を見上げながら、向井葉月は、大きく肩で息を切らしていた。
「ガーゴイルって、なにあいつら、硬くない? ……襲われたら一匹の攻撃でも危なくなぁい?」
「硬ぁい……。ガトリングガンの弾丸があんまり効いてないような気がするもん……。弾変えよっかな……」
――●▲■ガーゴイルは悪霊から聖堂を守る魔除けのシンボルでもあり、西洋建築の雨樋(あまどい)でもあった。ガーゴイルのそもそものモチーフが頑丈な鱗を持つ怪物だから、ガーゴイルも硬いだろうね■▲●――
吉田綾乃クリスティーは機銃掃射を続けながら、上空のガーゴイル共を睨みつけたままで声の主へと尋ねる。
「硬いって、どう硬いの? え待って、だってこれ……、いちお鉛ぶっ放してんですよう? 硬いにもほどってなぁい!?」
向井葉月は息切れを整えた。
「ふうヤバ、疲れた……。ふう」
――●▲■ガーゴイルのモチーフは、フランスの神話に出てくる「ガルグイユ」だね。巨大な胴体と長い首を持つ蛇だ。ドラゴンともされているね。ガルグイユを英語読みすると「ガーゴイル」になるんだよ■▲●――
吉田綾乃クリスティーは機銃掃射を維持させながら「ふう~ん」と頷(うなず)いた。上空から、傷ついたガーゴイルが二体、地上へと落下して絶命した。
向井葉月は使役しているガーゴイルへと、指示を出している。
「噛(か)み付けっ‼ ……両肩を鷲掴(わしづか)みにして、爪(つめ)で穴を開けながら、噛めっ、とにかく噛めっ‼‼」
――●▲■ガルグイユは昔、セーヌ川の近くの洞穴に住んでいた巨大な蛇、ドラゴンだ。蛇のように長い首に羽根を持った怪物だったらしい。口からは火を噴き、水を噴き出す事もできたという。その水はまるで大洪水で、度々(たびたび)暴れて回っては、近くの農村を水没させていたそうだ■▲●――
向井葉月は使役中のガーゴイルに集中しながら、意識の何%かで唸る。
「へえ、近くのローソンを……。そんな昔っからローソンってあったんだ」
吉田綾乃クリスティーは溜息をついてから、一応言う事にする。
「農村な?」
――●▲■ルーアンの大司教がガルグイユ退治に乗り出すんだ。討伐隊と共にルーアン大司教はガルグイユの巣穴へと向かった……。当然ね、ガルグイユは討伐隊を食い殺そうとしたんだけど、ルーアン大司教が指で十字架をきってそれを突き付けると、ガルグイユは恐れをなして簡単に捕らえられたというよ。その後は、火炙りで殺されてるね■▲●――
吉田綾乃クリスティーは落下してくるガーゴイルから身を避けた。1トン以上もある重火器を抱えている為に、その度に地面に大きな鈍い音が鳴った。機銃掃射は止めない。
「うらあああああああーーーっ‼‼ おらどうだ減らしたぞっ、葉月のガーゴイル、漁夫(ぎょふ)ったとこで一気に行け‼‼」
向井葉月は念力でガーゴイルと意志を疎通させる――。
「そいつを始末したらっ、今度はお前らで殺し合えっ! この世によくも、えと……、悪を! マスター、ガーゴイルってなんの悪ですか!」
――●▲■ガーゴイルは嫉(そね)みの悪だよ。つまり、優れたモノに対しての劣等感だね。罪を犯す可能性のある嫉みが、ガーゴイルとしてその恐れの姿を借りているんだ■▲●――
吉田綾乃クリスティーは機銃掃射を止めた……、カラカラカラ――と、ガトリングガンはやがて乾いた音を鳴らして静止した。
全て地面へと落下してきたガーゴイルは息絶えた様子であった。光の粒子に包まれていく……。
吉田綾乃クリスティーは強烈な殺気に、その気配を察知した――。
「何っ、何々なにっ、この感じっ!!」
向井葉月も遠くの方角を見つめた。
「最後の任務ってやつだよ……、こいつ……、けっこう遠くにいるのに、強さがここまで伝わってくる!」
「弾は無限!!」吉田綾乃クリスティーはにこり、と笑った。「いっちょ、新しいお仲間さんって人達と合流して、もう一仕事しましょ!」
向井葉月は、吉田綾乃クリスティーに振り返って、真剣な表情で頷いた。そのひたいには、汗で前髪がべったりと吸い付いていた。
「方向はこっち!! 綾てぃーそれしまってからついてきなっ!!」
向井葉月は走り出した。吉田綾乃クリスティーは具現化していたガトリングガンを空気の中にパッと消して、【超身体能力】ですぐに向井葉月の隣へと並んだ。
「おぶってくよ、葉月……」
「あそ? んんじゃお願いしちゃおっかなー」
「ほいっと」
「あー焼肉食べてくればよかった……、体力持つかな……」
「終わったあと、食べよ?」
向井葉月をおぶった吉田綾乃クリスティーは、間もなく超絶的な速力で砂埃を巻き上げながら、赤い世界線の中心部へと駆け出した……。
6
荒川自然公園の白鳥の池の前にて、大園桃子はきょとん、として制服姿で立っていた。