トキトキメキメキ
「なんとかの、概念、てやつも強かったよ」伊藤理々杏はお茶を両手で持ち上げながら、その表情を曇らせた。「だんだん強くなってきてる……」
中村麗乃は微笑んだ。「大丈夫だよ、それだけうちらも強くなってるって証拠だろうから」
テレビのあるソファの置かれたリビングで、梅澤美波はテーブルにあったリモコンで、室外機の暖房設定を27度から31度に設定した。
「そんな寒い?」久保史緒里は、カルピスを飲みながら不思議そうに言った。「え、真冬の任務中、ずっと寒いと思いながら戦ってんのじゃあ? 制服で戦ってるよねえ?」
「つか、みいんな制服だよ。あんたも制服でしょうが……。私だけ私服っておかしいじゃんか。でしょう?」梅澤美波はソファに腰掛けながら、久保史緒里に向けて口元をにやけさせた。「それとも、私だけコート着て戦ってもいいって? それだとなんか、この軍団のリーダーっぽくなっちゃうけど…、ふふん」
「あの……、ハルカカナタ? だっけ? あの人、見かけるといっつも襟(えり)のでっかい黒いコート着てるよね……。梅も着ればいいじゃん」久保史緒里はきょとん、と口先を尖らせる。
「いいよ、別に制服で……」梅澤美波はスマートフォンを見下ろして答えた。「てか、マスター何してんだろう?」
向井葉月は、蓮加に借りたキッチンのコンロを使って、持参してきた牛肉をフライパンで焼いている。
「待ってて下さいよ~、も~うすぐ、焼けますからね~」
与田祐希と佐藤楓はテーブルにきちんと座って、わーきゃー、騒いでいる。
「え、1人何枚?」与田祐希は左手側のキッチンを見つめて言った。「五枚以上は食べんと、腹の虫が怒る、たぶん」
「はづ、1人何枚までぇ?」佐藤楓は、右手側のキッチンを覗き込んだ。「何枚まで食べていいの~?」
「四枚だよアホ~。ワンパックだもん、買ってきたの」向井葉月は肉を焼きながら、背中で答えた。「足りなかったら、蓮加に言って冷蔵庫あされ。ずうずうしいなあ、全く……。本当なら私が十二枚食べる予定だったんだけどな」
「いやいや、みんながいるのに肉ワンパックって」佐藤楓は苦笑した。「どうせスーパーとかデパートでも、どこでもタダなんだからもっと持ってこいよ」
「あ、行く? 今から」与田祐希は、半ば本気で笑みを浮かべている。「いっちゃう? 肉取りに……」
「アホかあんた、遊びで集まってんじゃないんだから」佐藤楓はまた苦笑した。「てかはづぅ! もう焼きすぎだよ絶対!」
「ちょと待ってえ、あ~焦げてる~!」向井葉月はパニックに陥(おちい)る。「あ~今夜の晩餐があ!!」
阪口珠美はソファに座って、ふっと蓮加を見つめた。
蓮歌はすぐにそれに気づいた。
「ん?」
「ううん……。蓮加って、さあ。あの、出逢った頃の任務で、300人の怪人を、1人だけで全滅させた、て本当?」
阪口珠美は、にやけたままだったその表情を落ち着けて、真剣な眼差しで蓮加を見つめた。
蓮加は「ああ、あれね」と呟いた。その瞬間――。今夜そこに集結しているヒーロー達の脳裏に、突如として声の主の言葉が流れ始めた。
――●▲■あの時、蓮加君が相手にしていた窃盗の悪は、はじめ300人いたんだけどね、応援を呼び寄せて、最終的には1000人いたんだ。つまり、蓮加君が一人で倒した怪人の数は、1000人だ■▲●――
吉田綾乃クリスティーは軽く驚愕して、蓮加の事を見つめた。
「1000人キル? え、たった一人で……?」
蓮加は「ふう~ん」と唸った。
「別に、数、数えて倒してないから……。ふうん、1000人もいたんだ……」
梅澤美波は信じられない、といった驚きの視線で蓮加を見つめていた。
久保史緒里は「それって凄いの?」と唇を尖らして質問している。
「馬鹿なの? んすっっ、ごいよ~!!」梅澤美波は久保史緒里に笑みを浮かべた。また、蓮加を一瞥する。「だって窃盗の悪は、確か一人一人が鉄砲、持ってましたよねえ? マスター?」
――●▲■うんそうだね■▲●――
「蓮加の武器も鉄砲なんだよ?」梅澤美波は快感に近い笑みを浮かべて、久保史緒里を見つめる。「1丁の鉄砲が、1000丁の鉄砲をやっつけちゃったんだよ? そぉんなの…、だって……。この世界は漫画じゃないのよ? こんなリアルな現実世界で……」
「なるほどね」久保史緒里は、深々と納得して、蓮加の事を見つめた。「異端児か……、大天才か、だね……」
吉田綾乃クリスティーと阪口珠美は、呆気(あっけ)にとられながら、蓮加の事を見つめていた。蓮加は欠伸(あくび)をして、大きな伸びをしている。
――●▲■みんな、色んなとこにいるね。いいよ、そのまま何かしらしながら聞いてて。僕は全員の頭脳にいっぺんに話しかけるからね。一人一人の質問も、その質問への回答も、同じく全員の頭脳へと送るね。じゃないと何言ってっかわかんないだろうから■▲●――
各自が個性的な「YES」を答えた。
蓮加は黙ってついていないテレビ画面を見つめながら耳を清ましている。
大園桃子は、浴室の電気を消して、バスタオルで髪を拭きながらリビングへと向かう。
――●▲■長らく戦ってきてもらったけど、改めて言わせてもらう。みんな、無事でなによりだ。これは夢の契約、夢半ばで命を落とすヒーローも少なくない。戦いは困難を極め、うけるダメージの痛みも、現実の十分の一はちゃんと感じる。ここまでよく戦ってきたね■▲●――
大園桃子はリビングのドアを開いて、天井を見上げた。
「敵は、あと何人ですか?」
――●▲■うん。それなんだけどね、結果的にいえば、あと三回の戦闘で、君達の夢の任務は完了となる。しかし……、また、本当に夢ってやつは、簡単に約束を果たそうとしてくれないものだね。悔しいけれど、ここからの相手は、いつもヒーロー達がやられてしまっている、恐ろしい力を持った大妖怪や、大悪魔、得体の知れない謎の大魔王が相手になる……。全員で、一体一体、立ち向かって行くしかないだろうね。君達は、疲れていないかい? 夢を叶えたいと夢を見れるかい? まだ、戦えるかい?■▲●――
大園桃子は、リビングのカーペットに女座りをしながら、誠実に答える。
「はい、戦えます……。ここまでやってきたんだから、最後まで、絶対走り抜ける。勝ちたいんじゃなくて、勝つんです!」
蓮加も、強い視線でテレビ画面を見つめた……。
梅澤美波は天井を見上げてきく。
「次の相手は誰?」
――●▲■うむ。次なる討ち滅ぼすべき悪は……、誘拐(ゆうかい)、強盗(ごうとう)、酔漢(すいかん)、虎(とら)、物欲の悪……、大妖怪『酒呑童子(しゅてんどうじ)』だ。酒呑童子はね、強力な鬼共を従えていて、その背丈(せたけ)は六メートル以上、五本の大きな角に、眼は十五もあるという。艶(あで)やかな甲冑(かっちゅう)に身を包んでおり、剥きだした皮膚の色は夕日のような赤だと伝えられている■▲●――
「酒呑童子……」蓮加は呟いた。「甲冑か、鎧なわけね……」
「鬼か……」梅澤美波はピュレグミを口の中に入れた。「鬼の、親玉ね……」
「強いん?」
キッチンテーブルから、ペットボトルの和紅茶を飲みながら、与田祐希が天井に囁いた。