トキトキメキメキ
「お前はもう動けないっ‼ 身動き一つできないまま、そのまま焼けてゆくっ‼‼ 夢見る力を嘲笑(あざわら)ったお前を、地獄の業火が焼き尽くすっ‼‼」
久保史緒里は、梅澤美波に担がれている山下美月に、親指を立てて微笑んだ。山下美月も、唐牛(かろうじ)で、微笑み返す。
雷雲から飛び降りた与田祐希は、力を使い果たしたせいか、大地でよろけてあぐらをかいた。
ばちばちと放電しながら、漆黒の炎に焼かれ打ちひしがれる酒呑童子は、泣き叫ぶ赤子のように、蒸発していく涙を発生させては消しながら、あんぐりと大口を開けた……。
『巧(うま)く仕手(して)やったというところか、夢の契約者の餓鬼共(がきども)がぁ、最後に我が渾身(こんしん)の妖術を見舞ってくれようぞぉ、食らうがいいわ――。奠茶大不道徳明響(てんさだいふどうとくめいきょう)――』
鼓膜(こまく)を破る災臠(さいれん)のような赤子の産声(うぶごえ)が――、周囲数百メートルという範囲に存在する事象ごと全てを灰塵(かいじん)にして上空へと捲き上げていく――。
最後の一体である巨大な褐色の鬼が、光の粒子になって赤き空間にて消えていくのを見守っていた岩本蓮加と吉田綾乃クリスティーは、その物凄い地響きに、脚を竦(すく)ませながら瞬時にそちら側を振り返っていた……。
「なにい? なんの鳴き声ぇ?」蓮加は不安げに吉田綾乃クリスティーに振り返った。「今のヤバくなかった? なんか、空にゴミが舞い上がってるし……」
「みんな無事かな、大丈夫かな、あ痛っ……」吉田綾乃クリスティーは鬼にやられた片脚を押さえた。「行こう、早く行った方がいいかもしんない」
今は恐ろしいほどの静寂と、北風が吹き荒んでいく……。
風景を染めていた赤い世界が終わった――。元の色彩の美しい世界の姿が露わになる。
「うん」蓮加も負傷した肩を押さえながら、拳銃を握ったままで、走り出しうた。「てか吉田、走れんのう!?」
「走んなきゃみんなやられちゃうかもでしょ!!」
「うん!」
跡形もなく消し飛んでいる館跡にて、蓮加は立ち尽くした……。吉田綾乃クリスティーも、「嘘だ……」と呟いて、膝から崩れ落ちた。
草木一本たりとも残されていない土砂の荒ぶる地面に、極寒を伝える一陣の風が吹き抜けていく。
「嘘でしょ、やだやだやだ……」蓮加は表情をしかめる。「だって、あんなに強い人達だったのに………」
「もっと、私達が強ければ……」吉田綾乃クリスティーは土を握りしめて、遠くに振り払った。「ごめんね、みんなぁ………」
「え、嘘嘘、どっかにいない?」蓮加はあたふたと、焦燥して辺りを見回す。「ねえ、みんな何処にいるのぉーーっ!!」
「ごめんなさい……」吉田綾乃クリスティーは、荒れ果てた大地に涙を落とした。「痛かったよね……」
「痛かったよ!!」
その声に、蓮加と吉田綾乃クリスティーは咄嗟にそちらの方角に振り返った。
空間に、点と点が繋がるように線ができ、それはみるみるうちに大きな扉となり、空間を繋ぐ青い〈空扉〉となった。
開かれた扉から、梅澤美波が苦笑しながら顔を出した。
「痛かったよ、もう!」
「梅ぇぇ!!」蓮加は笑顔で飛び跳ねた。「う~め~~!!」
「あ~んも~う……」吉田綾乃クリスティーは改めて膝から崩れ落ちる。「生きてんじゃ~~ん……」
次々と、傷つき果てた戦士達が、〈空扉〉から顔を見せる――。蓮加は梅澤美波に、飛びつくようにして抱きついた。吉田綾乃クリスティーは、ぼろぼろの佐藤楓に、立ち上がって手を差し伸べる。
「でんちゃん、お疲れ~……。よくやったよぉぉ」吉田綾乃クリスティーは涙眼ではにかんだ。「さぁすがぁ」
「とりあえずやりましたよ」佐藤楓は、疲れきった笑みを浮かべた。「ハア~~……。つか、強すぎだった…、酒呑童子……。マジきついっすわ~……」
伊藤理々杏は、向井葉月を肩を貸しながら、蓮加に微笑んだ。
「マジで……、僕…、生まれて初めて死ぬかと思ったよ……」
「うちらなんて雑魚(ざこ)で手こずったんだから、わかるよう、よくがんばったねえ!!」蓮加はいっぱいにはにかんで笑った。「優勝!!」
「へへ、最後…ナイスコだったでしょ……」向井葉月は伊藤理々杏に肩を持ってもらったまま、項垂(うなだ)れながら微笑んだ。「ビーストテイマーってか、ポケモンマスター、私じゃない? もはや……」
「なに、ナイスコって?」伊藤理々杏は向井葉月の顔を覗き込む。「ナイスコ? は?」
「ナイスコンビネーション……」向井葉月は鼻を鳴らして笑った。「ダメだな…、もっと意思を疎通(そつう)しなきゃ……。うちら相乗効果あるんだから……」
与田祐希は、山下美月と支え合うようにして、先に瀕死の山下美月を大地に座らせた。
「与田……、あれ、本気…?」山下美月は、くたくたの顔で、苦笑した。「なんつったか、忘れたけど……、本気出しちゃった?」
与田祐希は、どかん、と大地にあぐらをかいた。
「最初っから本気」与田祐希は、涙を浮かべて、微笑んだ。「てか、みんな好き!」
阪口珠美は、蓮加の肩に手を置いて、ほっと溜息をついた。
蓮歌は「あっはは」と無邪気に笑った。その眼には涙が浮かんでいる。
「珠美、がちで疲れてんでしょ、あっはっは」
「マジで…、鬼ヤバい……」阪口珠美は苦笑した。「脚つってる」
中村麗乃は「や~もう今日は無理」と、その場にしゃがみ込んだ。
佐藤楓はにやける。「あ、麗乃ちゃんパンツ見えるよ……」
「嘘う? でしょう?」中村麗乃は、改めて。ぼろぼろの制服スカートを折り畳んで、しゃがみ直した。「ていうか、こ~んなに苦戦するなんて、聞いてないよ~」
大園桃子は、へなへなと地面に女座りをして、「ハア」と溜息をついた。
蓮加は拳銃を背中の四角い鞄へと器用に後ろ手でしまって、代わりに、ごそごそと器用にスマートフォンを取り出した。
「そんじゃ、とりま記念撮影……、いっときますか?」
疲れ切った顔で苦笑するヒーロー達……。
「はーい、撮りま~~す」
カシャ――。
山中の抉(えぐ)られた森林の景色を背景に、十二人共が、瞬間的にピースサインで泥まみれの満面の笑みを浮かべていたのであった。
11
ハルカカナタは満身創痍(まんしんそうい)の身体を奮い立たせながら、最後の気力を振り絞って、身の丈の大きな侍(さむらい)の徒手空拳(としゅくうけん)を交わし、強く大地へと脚を踏み込ませると「八極拳(はっきょくけん)・闖歩(ちんほ)」でその手首をがしりと強力な握力で掴んで、流れる動作で侍の懐(ふところ)に入り、全体重と気功・発勁(はっけい)を練り合わせた体当たりを減り込ませる――。
「八極拳(はっきょくけん)・妙技(みょうぎ)・鉄山靠(てつざんこう)‼‼」
侍は刀で受け、身体ごと吹き飛ばされたが、頭の藁傘(わらがさ)もそのままに、少しだけよろけただけのようであった。
『ほうほう……。体技、とな。最後まで、それ一筋(ひとすじ)でくるか……』