トキトキメキメキ
ハルカカナタは全身を使って、発勁(はっけい)で肺胞の呼吸を助けながら、離れた間合いから、予備動作無しで、一気に十メートル以上跳び込んで、発勁を練り込んだ崩拳(ほうけん)を侍の腹部に捩じり込んだ――。
「八極拳・箭疾歩(せんしっぽ)‼‼」
後ろへと足跡を引きずらせながらザザザアァ――と、後ずさりした侍は、藁傘をしたままで、にやり、と顔を上げた。四十代の男性の顔であった。
『八極拳とな、ほほう……。沁みたわぁぁ……』
ハルカカナタは口から吐血しながらも、腕でそれを雑にぬぐって、地面を割るほどの「震脚(しんきゃく)」で、「箭疾歩(せんしっぽ)」で一気に突っ込み、たっぷりと発勁を練り込んだ掌底(しょうてい)と鉄山靠(てつざんこう)を流れるような連続技で放った――。
「八極拳・連義・掌底(しょうてい)・鉄山靠(てつざんこう)‼‼‼ っ……っどうだあぁ? ちった効いたか、あぁ?」
侍はまだ、刀を抜いていない――。名前すら、まだ自らは名乗り出ていなかった。
「おいこらぁ、お前なぁぁ、人を舐めんのもいい加減にしとけよこら、聞いてんのかおっさん……、山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)さんよぉぉ……」
『存じておったか小童(こわっぱ)……。某(それがし)は、山本五郎左衛門、魔界の魔王である。驚かんのか?』
ハルカカナタの【カナタ】の方の人格が、顔つきにも強く表れた。
「発勁(はっけい)が全く通用してねえとこで、もうびびりまくってんぜ、っへ……。負けりゃ死ぬだけよぉ……。殺し合おうじゃねえの、山本五郎左衛門さんよぉぉ」
『潔(いさぎよ)し……』
山本五郎左衛門は、脇差(わきざし)からようやく、刀を抜いた――。
カナタは凶悪なツラで全身の気功・発勁を両脚と両拳と両肩に意識を集中させて集めていく……。
北風に戦(そよ)ぐ黒いコートはずたぼろであり、高い襟部分(えりぶぶん)には濃い血液が染みついている。
カナタは息を研ぎ澄ます……。
侍の着物はところどころ破れているが、肉体には一つの内出血も見られなかった。藁傘から、刀を構える山本五郎左衛門の鋭い眼光が光る――。
「八極拳・通天砲(つうてんほう)っ」
『一刀流・天地禍々殺生の型(てんちまがまがせっしょうのかた)、其の一・無限地獄(そのいちむげんじごく)っっ‼‼』
超絶な速度の中――、カナタは身を翻(ひるがえ)して山本五郎左衛門は空を一刀両断する――。
「八極拳・双撞掌(そうとうしょう)っ‼‼」
山本五郎左衛門はカナタの両手から放たれる発勁の、ダンプカーに衝突されたかのような絶大な衝撃に、胸を反って吹き飛びそうになるが、草鞋(わらじ)を強く大地に捩じり込み、次の斬撃を放とうと構える。
『一刀流・天地禍々殺生の型、其の二・煉獄(れんごく)‼‼』
山本五郎左衛門の無理な体勢からの一振りは、また空を一刀両断した――。
『何とっ‼?』
眼にも止まらぬ身の熟(こな)しで一刀両断の斬撃を捌(さば)いたカナタは、そのまま最後の命の力を燃やし尽くすかのように、強靭な脚力で大地を踏みしめて、体勢を崩している山本五郎左衛門へと総攻撃で発勁を叩き込んでいく――。
「八極拳・鉄山靠(てつざんこう)‼‼ 奥義・猛虎硬爬山(もうここうはざん)んんっらあぁぁっっ‼‼‼ ハァ超越奥義(ちょうえつおうぎ)っ‼‼」
「崩撃雲身双虎掌(ほうげきうんしんそうこしょう)‼‼」
「翻提五虎覇山靠(ほうていごこはざんこう)‼‼ ハァ!」
「翻提五虎転折靠(ほうていごこてんせつこう)‼‼」
「斧刃冲天霹靂肘(ふじんちゅうてんへきれきちゅう)‼‼」
「ハァ屠龍纏身爬山開(とりゅうてんしんはざんかい)ぃぃ‼‼」
「オマケだぁぁっ、背身崩拳(はいしんぽんけん)んんっ、&ぉぉ、発勁全開っ鉄山靠(はっけいぜんかい・てつざんこう)ぉっ‼‼‼」
大きな身の丈を回転させながら後方へと吹き飛ばされた山本五郎左衛門は、森林の大木を何本か貫通するように薙ぎ倒してから、その図体を草場へと落とした……。
「ハァ、…ハァやったんか……ハァ、ハァ‼‼‼」
すぐさま、山本五郎左衛門が吹き飛んでいった森林の奥から、先ほどとは違う化け物のような馬鹿笑いが響き、大量の野鳥達が驚愕して赤い大空に飛び立っていった……。
森林の樹木を見下ろすように、のっそりとその30メートルはある背丈を立ち上がらせた山本五郎左衛門は、筋肉で外骨格を覆われた和尚のような姿をしていた。
カナタは、口元の血を腕でぬぐいながら、「チッ」と舌打ちをした……。
『我(わが)足(た)ルハ魔界之魔王(まかいのまおう)、山本五郎左衛門成(さんもとごろうざえもんなり)ィ……。捻(ひね)リ潰仕手繰(つぶしてく)レ様(よう)ゾォ、気功遣(きこうつか)イノ小童(こわっぱ)メガァァ、死(し)ヲ承知(しょうち)セエヤ、此ノ砂粒(このすなつぶ)メイ……』
「んぐあっ……、く、なんだよ……、てめえぇ……」
カナタは、急に苦しみ始める……――。その場に膝を落とし、草地に両手をついた。長髪であった頭髪がばさり、ばさり、と落ちていき、ツーブロックの光沢を作る黒髪になる……。
百面相のように、顔つきが誠実に変わったハルカカナタは、【ハルカ】の人格の方が強く表れた姿であった。
ハルカは、空を見上げるように、息を切らしながら、険しい顔でこちらへと向かってゆっくりとした動作で樹木を跨(また)いでくる山本五郎左衛門を激しく睨みつけた……。
「カナタ……、ハァよくやりましたよ。僕の方が、カナタよりもタフだからね……ハァ、八極拳は使えないけど、発勁は使えるからハァ、とにかく何か手立てが見つかるまで……、耐え抜いてみせるよ……」
ハルカは身体中の洋服に傷口からの血塗(ちまみ)れの染みが浮き出た状態で、呼吸を整え、静かに構(かま)える――。震える拳を笑うかのように、すたぼろの黒いコートが一陣の風に戦(そよ)いでいた……。
岩本蓮加は【超身体能力】を駆使して、ビルの頂上から大きく跳び上がり、ビルの谷間を大きく跳躍(ちょうやく)しながら、ずっと下に在る地上の交通機関を見下ろして、「うげ、落っこったらアウトかな」と怖けた。
蓮加のすぐ後を、【超身体能力】保持者の梅澤美波と、山下美月と、吉田綾乃クリスティーはついていきている。阪口珠美の事は吉田綾乃クリスティーがおぶさり、向井葉月の事は山下美月がおぶさっていた。中村麗乃は梅澤美波の背中にしがみついている。
与田祐希は【遊び心】を発動して、野生動物の約100倍の運動能力で聳え立つ高層ビル群を跳び渡っていた。佐藤楓は【機械の身体(サイボーグ)】の能力を行使して機械化し、背中に突起するジェット噴射で高い上空を飛んでいる。伊藤理々杏は【幻獣憑依】の能力を行使して、高層ビルと高層ビルの谷間を跳び越えて俊敏に移動している。その背中には、久保史緒里がしがみついていた。
大園桃子は〈式神〉の巨大な鴉(からす)の背に乗っている。