トキトキメキメキ
――●▲■もうすぐ、東京湾だ……。いいかい、海の大怪物レビィアタンは、不死の獣とされているよ。みんなはどうするの? 昨晩は作戦とか考えてきた? それとも冬休みの課題とかやっちゃってた? 言っとくけど、生活に馴染むのも条件なんだけど、任務を優先順位の最優先にしてね?■▲●――
山下美月は高層ビルを跳び越えながら、皆にも届くように声を張る。
「作戦なんって、んもう海で戦うって時点で無いでしょっ、マスターっ!! てかちょっと任務丸投げもいいとこすぎですよっ、ちょっと本気でっ!!」
山下美月の背中では、向井葉月が顔をしかめて風に前髪を捲られながら「ひゃ~~っ‼‼」と悲鳴を上げていた。
蓮加は高層ビルを跳び越えながら、無意識の中に飛び込んできた、禍々(まがまが)しい瘴気(しょうき)を感じ取った……。
与田祐希は高層ビルから高く跳ね上がりながら、真横を振り返る――。【遊び心】の能力で、その恐ろしいほどに禍々しい妖気の場所を頭の中で特定した――。
「こっちじゃない方に、あっちの山がある方に、今にも死にそうなヒーローと、でっかい妖気のバケモンがいるとよっ!!」
――●▲■任務が最優先だよ――。さっき言ったばかりだね。君達は、東京湾に出現する可能性がある嫉妬と遭難と国家転覆の悪、レビィアタンを倒すモノ達だ。夢を叶える為に戦っているヒーローなら、他にも沢山いる■▲●――
「任務優先ねっ」梅澤美波はビルを大きく跳び越える。
「わかってる」蓮加は先頭で、高層ビルに跳び移っていく。
「凄い瘴気と妖力だね、ここまで届いてくる……」佐藤楓は、上空を跳びながらそちらの方角を見つめた。「あそこら辺の山かぁ……」
「苦しんでると……」与田祐希は野生のカモシカのように高層ビルから跳び移りながら、両手で耳を押さえた。「悲鳴上げてる……」
「まだ赤い世界に入りませんね」山下美月はビルに跳び移りながら言った。「もうすぐ海が見えてくるのに……」
「早く、海に行かなくちゃいけない、桃子は夢を叶えるヒーローなんだから……」
大園桃子は、巨大な鴉の背で、指を組んで眼を閉じた。
「わかってる、わかってます……、急がなくちゃ、海の方に取り返しのつかない大災害が起きるって事……。桃子はヒーロー、行かなきゃいけないの……」
「どんどん生命力が弱くなってく……」与田祐希は耳を塞ぐのをやめて、高層ビルから次のビルへと高く跳び下りた。「こんなん嫌すぎる……」
「レビィアタンの方が先に出現しちゃったら、危険ですよね?」
久保史緒里は、伊藤理々杏の背に必死になってしがみつきながら、横を向いて声の主に質問した。
――●▲■危険だ――。君達の任務は重要任務だ、レビィアタンという神話の無敵の怪物の恐れの姿を借りたという事は……、その未来の地球に起こりうる可能性の高い災害か犯罪か、その何かはね、とてつもない規模の災厄だと、断言できる……。ヒーローって、複雑だよね。しかし、今は前だけ向くんだよ僕のヒーロー達!! いざ東京湾へ、急げ正義の勇士達‼‼■▲●――
「任務は最優先っ、夢の為に戦うヒーローはっ、大勢いるっ」
蓮加は唱えるようにそう復唱しながら、ビルの谷間を高く跳躍していく。
「私らも夢の為に戦ってんだから」梅澤美波は、ビルからビルへと高く跳び移った。
「悲鳴が大きくなってく……、もう、この人ダメだっ……」
与田祐希は、手脚を使った四本走行で、ビル群を跳び跳ねながら強く眼を瞑った……。
――●▲■わかってるよね? みんな■▲●――
「わかってるよ、くそがっ」
梅澤美波は跳び上がりながら、吐き捨てた。
蓮加はその顔から表情を消して、大きくはたはたと髪の毛を靡(なび)かせながら、ビル群を跳び移っていく……。
身の丈30メートル強もある山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)は、ハルカカナタを握りしめている毛むくじゃらの両の素手に、規格外の握力を込めていく……。
ハルカカナタから短い悲鳴が上がった。
それは、強く優しく、そっと、擂(す)り潰す胡麻(ごま)のように、丹念(たんねん)に、楽しみながら、握り壊されていく……。
「ぐ、があ、がう、ぐうっ、があああああぁぁぁーーっ‼‼」
『ホホウ、未(ま)ダ潰(つぶ)レヌカ、小童(こわっぱ)……。成(な)ラバ、此(こ)レナラ如何兼(どうか)ネ?』
背骨や肋骨、両の脚や、両腕の骨々が鈍鈍(のろのろ)と軋む残酷を音立てて、全身がゆっくりと時間をかけて粉砕骨折していくのがわかる……。
「がぁぁ、ぐう、ぎいぎぎいぎぃぃ、ああぁあぁあぁ、おおおぐがああぉぉ‼‼‼」
ハルカカナタの絶叫ともいえる悲鳴が山々の森林に木霊したその時――。
山本五郎左衛門は、頭上に乗っかり上がった何かに、ハルカカナタを地面へと捨て落して、頭上に手をやろうとする……。
「うざいよ、あんた……」
ダンダダダン――。
山本五郎左衛門の頭上から、血飛沫が上がった……。銃弾が貫通した喉笛からも、赤い鮮血が飛び散らかっている……。
山本五郎左衛門は、それを摘(つ)まんで、眼の前へとゆっくりと運んでみると、とくと確かめる。
不思議そうに、眉を顰めて顔をしかめる山本五郎左衛門に、摘ままれたままで、岩本蓮加はデザート・イーグルから、連射で超至近距離から山本五郎左衛門の顔面を射撃した……。
山本五郎左衛門の顔面から鮮血が上がった。
「あ~イラっつく………」
蓮加はそう言った後で、己を摘まんでいた山本五郎左衛門の指先も何発か撃ち抜いて、草木の生える地面へと落下し、うまく着地した。
「イラつく……、なんだろこの気持ち……」
「それでいいんだよ蓮加、あたしらヒーローなんだから」
そう言った久保史緒里は、ハルカカナタを膝の上に抱きよせ、山本五郎左衛門の高き顔面を睨みつける。
「勝負は決まってたはずでしょう……、こんなにいたぶるなんて……、お前の血は何色だぁ‼‼」
バチンバチチ――と迸(ほとばし)る雷光が、顔面を痛がっている山本五郎左衛門の脳髄目掛(のうずいめが)けて一直線に落雷した――。山本五郎左衛門の着衣に火がついた……。
「何やっとうと……、いい加減、頭きたわ……。こっからは祐希達が相手になるとよ‼‼」
山本五郎左衛門は、己の着衣を燃やし始めた炎に、大慌てでじたばたとたじろいだ。それは徐々に勢いを増して、爆炎へと姿を変える――。
『オオオ、熱イィ、熱イゾオォォッ‼‼』
「ムカつくんだよ、あんた――」山下美月は、切り裂くような強烈な座視で、その伸ばした手の平を握りしめる。「獄炎(ごくえん)っ‼‼」
爆発的に火炎が空へと燃え上がり、炎の高さは身の丈30メートルをすぐに上回った。
悲鳴を上げながら踊るように、消火しようと試(こころ)みる山本五郎左衛門は、はっと眼の前を見上げて呆気(あっけ)にとられる。
「アイアンテールッッ‼‼」
「ヒノカミ神楽・碧羅の天(ヒノカミかぐらへきらのてん)っっ‼‼」
幻獣化した伊藤理々杏は、鋼鉄の尻尾を高速回転で山本五郎左衛門の右眼に叩きつけた。
佐藤楓はジェット噴射で頭上から、山本五郎左衛門の脳天を炎巻く斬撃で抉(えぐ)り斬った。