トキトキメキメキ
山本五郎左衛門は涙を浮かべて、悲痛な叫び声を上げる――。
地上のヒーロー達を鷲掴(わしづか)みにしようと、腰を折り畳んだ山本五郎左衛門の片脚の膝裏を、吉田綾乃クリスティーは重火器で機銃掃射する――。
「腹立つんだよ、うらああああーーっっ‼‼」
再び、山本五郎左衛門の悲痛の悲鳴が上がった……。
向井葉月はハルカカナタの手を取る。そして、叫んでいる山本五郎左衛門を睨み上げた。
「おぉい化け物ぉぉ、捕まえてみろぉぉ‼‼」
向井葉月の【トムとジェリー】の能力が発動した――。
山本五郎左衛門の頭の中は、向井葉月の拘束(こうそく)、及び向井葉月を餌食(えじき)とする欲望で溢れかえる――。
中村麗乃は【心を奪うもの】の能力を行使して叫び上げる。
「化けもんっ動くなぁぁーーっ‼‼」
山本五郎左衛門の身動きが、不思議な力により、ぴたり――と硬直した。山本五郎左衛門の頭の中は、中村麗乃への興味心と、向井葉月への好奇心で埋め尽くされていた。
久保史緒里は冷酷な視線で、【神の言葉】を顕現する。
「今すぐ、片脚がとぶよ、あんた……」
次の瞬間、ブシャアア――と大量の出血と悲鳴を上げながら、山本五郎左衛門の左脚の踵(かかと)が吹き飛んだ……。
山本五郎左衛門の後頭部の真後ろに開いた〈空扉〉の扉に脚をかけて、梅澤美波は強烈な眼光を巨大な後頭部に叩きつける。
「うちらはヒーローだからさあ、好きでヒーローやってるわけじゃないんだけど、同じくヒーローやってる人の気持ちぐらい、痛ったいほどよくわかるんだよ。イラっイラするんだよ……、あんたみたいな奴を見ると……、覚悟せいやあ‼‼」
〈空扉〉から飛び出した梅澤美波は、超超超握力で固めきった鉄の拳を、大きく振りかぶり……、振り返った山本五郎左衛門の顔面に、破裂音を発破させながら豪速で鉄拳を叩きつけた――。
逆方向へと首を捩じらせて、山本五郎左衛門は血反吐(ちへど)を噴き出す……。
「桃子はヒーローだから……。夢半ばに死んでいくヒーローを、見て見ぬふりは、できません‼‼」
大園桃子は印を結び、〈式神〉をこの世に呼び出し、顕現する。
「六壬神課(りくじんしんか)っ‼ 十二天将ぉ‼ 六人の吉将(きっしょう)と六人の凶将(きょうしょう)よっ!! 桃子の意思が命じます、応えよぉ‼‼ 凶将・白虎(びゃっこ)っっ‼‼‼」
白く細長い身体を持つ、獰猛な猛虎・白虎(びゃっこ)は、ゴルルル――と威嚇(いかく)に喉を唸らしてから、踏みつけようと右脚を上げた山本五郎左衛門の、左脚の抉れた踵(かかと)を更に食い千切った。
激しく豪快な叫び声が山本五郎左衛門の喉笛から響き渡り、近隣の山々で山彦となった……。
阪口珠美は【流行(トレンド)】の能力を顕現して、叫び散らしている山本五郎左衛門の事を見上げる。
「聞こえるかな……」
「あじゃあ、任して……。無風の凪(カーム)!」
与田祐希はそう言ってから【無音】の能力を行使して、山本五郎左衛門の喉笛と口元にだけ、〈無音〉の力を発生させた。
山本五郎左衛門はぱくぱくと忙しく口元を動かしているが、何も聞こえない――。
阪口珠美は大声で囁くように言う。
「ここらで、私達に降参するのが、今の最先端のトレンドだよ――」
不思議な空気感が、周辺の酸素に走ったような錯覚があった……。
山本五郎左衛門は、いつの間にか己の肩の上に立っていた岩本蓮加を発見すると、その形相を卑屈に歪めた。
蓮歌は、デザート・イーグルを握った片腕を、山本五郎左衛門の脳天へと向けて伸ばしている。
「イラつく事すんな……、忙しいんだよ……」
ダン――。
眉間(みけん)に銃弾を受けた山本五郎左衛門は、次の瞬間、嬉しそうに微笑むと――。みるみるうちにその巨躯(きょく)であった身の丈を、背の高い大柄な人間の侍(さむらい)の姿へと変えた――。
山本五郎左衛門は、恐れを成さないヒーロー達の強靭な精神力を称(たた)え、叩けば自分を呼び出せるという小槌(こづち)を、岩本蓮加へと渡した。
もし今後、もう一人の魔王、神野悪五郎(しんのあくごろう)が貴殿らの前に現れる事があれば、その槌(つち)を鳴らして、我を呼ぶがいい。貴殿らの力になりて、悪五郎を引き裂いてみせようぞ――。
藁傘をかぶった山本五郎左衛門は、脇差を腰に差し直すと、いつの間にかうじゃうじゃと湧き出していた妖怪の集団・百鬼夜行の担ぐ篭に乗り込み、笑い声を上げながら、百鬼夜行の大合唱と共に森林の奥底へと消えていった。
ハルカは、強引にも、ゆっくりと上半身を起き上がらせて、蓮加の顔を見て微笑んだ。
「またお会いできましたね……、綺麗なお嬢さん」
蓮加はその場にしゃがみ込んで、脚の上で頬杖(ほおづえ)をついた。
「よくやるねえ……。あのサイズに、対一(たいいち)なんて……」
ハルカは、「ははは」と爽やかに苦笑した。
「あなた方に、ついに助けられてしまいましたね……。たまにお見かけする、その強い勇敢な姿だけでも……、充分に勇気をもらっていたのに………。このご恩は、生涯忘れません」
ハルカに膝枕(ひざまくら)をしている向井葉月は、思い出したかのように言う。
「あ……」
皆が一斉に、向井葉月へと視線を集めた。
「てか、レビィアタン!!」
「ね、痛くないの? 骨、折れてるうよねえ? 全身……」久保史緒里は、しゃがみ込んで、ハルカの肌をそっと、つんと指先で触った。「なんで生きてるのかも不思議だし……、痛くないの?」
「発勁(はっけい)という、一種の気功術で、今は全身の痛みを和らげています……。さあ、先に進んで下さい、お忙しい事は、先ほど蓮加さんのお言葉から推測いたしました……。僕はもう大丈夫です、押忍!」
そっと、ハルカを座らせて、皆は立ち上がった。
ハルカは、苦しそうな表情で言う……。
「最後に、あなた方に、会いたがっている人がもう一人おりますので……、聞いてやって下さい、ぐはっ」
ハルカの頭髪が一瞬で、わさり、と長髪へと変わった――。黒い光沢を作る長髪の、凶悪な眼つきのカナタが人格を表した。
カナタは横たわったまま、上半身を起き上がらせて、命の恩人である蓮加達の顔を見回した。
「よう、今度ぁぁ、命救われちまったなぁぁ……。俺は、カナタ。さっきのは、ハルカってんだ……。俺らぁ二人で一人、ハルカカナタ、それが俺らん名前だぁ……。……この借りは、いつか、返させてもらうぜ……。あんがとな……」
蓮加はくすっと笑った。
「眼つきがイケメンじゃない、さっきの方がいいよ」
「ケッ」
皆もくすくすと笑い声を漏らした。
――●▲■おほん……。さあ、もういいかな? ほんと、お人好しだね君達って。自分の任務に体力を温存しとかなきゃならないっていうのに■▲●――
「やっべ、行かなきゃね?」蓮加は皆に言った。「がちで頭に血がのぼって、覚えてない。ははヤッバ、人ってがちでキレるとこうなるんだね?」
――●▲■全く、君達って奴らは……。ほんと、何処まで行っても、君達って正義のヒーローなんだね。うん、ふふふ。それでこそ僕のヒーロー達だ!! 僕の眼に間違いはなかったみたいだね!!■▲●――