トキトキメキメキ
皆は空を見上げている。「は?」や「はい?」などという声が寄せ集まっていた。
――●▲■だから半波長ずれたところにパートナーがあると思われるんだけど、ずれちゃってるから、無いっていうね、それで散乱光が打ち消されずに君達の眼に届いてくる、ていう事だよね■▲●――
「はぁい?」与田祐希は、空に苦笑する。「なぁに言ってんだ……、この人は……」
「意味不明」伊藤理々杏も空に苦笑した。「なに、なんつった?」
「半(はん)か丁(ちょう)がどうのこうのとか……」山下美月は小首を傾げた。
――●▲■つまりね、君達の眼を可視化した時には、濃い紫から始まって、だーっと色のコントラストが右に続いていくとして、青から緑、黄色、赤、また黒に近い濃い色へと広がるコントラストバーがあるとする■▲●――
梅澤美波は顔をしかめた。
「はあ……」
――●▲■これは人間の持つ比視感度ってやつでね、実は人間の眼は、さっき言ったコントラストバーの緑、555メートルぐらいの光をピークに一番感じるんだ。だから紫に対する光の感度においても、青に対する光の感度の方が高いんだ。人間の眼として、青の光を一番感じる、という事だね■▲●――
久保史緒里は、空を見上げて苦笑する。
「いや今んところ、誰も理解してませんよたぶん……」
――●▲■レイリー散乱の強度ではね、入射光と原子核からの電子の接点で起こる散乱光の青の光は、赤色の4倍から5倍散乱するんだよ■▲●――
久保史緒里は笑う。
「ムキになってませんマスター?」
梅澤美波は鼻を鳴らした。
「そういうとこあるよね」
――●▲■太陽からやってきた光は、大気でめちゃくちゃ散乱される。だからあらゆる方向から、人間の眼には青い光が飛び込んでくる。赤色ももちろんきているんだけど、それは散乱されずに直進的に落ちてきてるのでね、眼には捉えられず、青が飛び込んでくるという事だね。わかった?■▲●――
向井葉月は子供のように笑う。
「いやわかんねえし」
阪口珠美はくすっと笑った。
「空が青いのは、空のかってだよね、んふ」
大園桃子は、不思議そうに、斜め上の上空を見上げる。
「マスターって、なんでそんなにおりこうさんなの? なんですか? なのですか?」
――●▲■この世の全てを把握しているからかなあ。そんなにお利巧さん? じゃあオマケしちゃおうかな……。幾何学的に、光の波長に対して粒子の波長がめちゃくちゃ大きいので、散乱の成分とかを無視する事ができて、反射とか屈折とかで語られる事になり、これは水滴とかがそうだね。水滴っていえば、たぶん光の波長の1000倍から10000倍くらいの大きさになってくるので、そこで何が起こるのか、て事だよね。みんな、空を見てごらん■▲●――
与田祐希は、はにかんで空に腕を伸ばした。
「わあ! 虹や、虹ぃ~……。綺麗~……、雷で雨降らしたからだ……」
山下美月は、疲れ果てたその顔を笑わせた。
「青い空に虹……、これ以上のご褒美はないね……」
――●▲■そう。これはもう一言でいって『虹』だよね。雨上がりに、大気中に水滴がある時、太陽光と水滴がみせるイリュージョンだ。どうする、夕焼けの色の現象説明もしとく?■▲●――
梅澤美波は首を振った。
「遠慮しとくわ、マスター。また今度、ね……」
吉田綾乃クリスティーは虹を見上げて、すっかりと埃塗れになったその美形に笑みを浮かべた。
「あの虹を掴めちゃうぐらい、でっかい人に勝ったんだね、うちらって……」
佐藤楓は吉田綾乃クリスティーと肩を組んだ。
「あったりまえよ~ぅ……、夢見る力をなめんなっつうの、世界最強の海蛇ごときに負けてたまるか……」
蓮加は、ぼろぼろの制服スカートを引っ張って、ぱっと手放して、片方の口角に力を入れた。
「ふん……。ってか、ズタボロすぎて笑えない?」
「蓮加、パンツ見えてるよ」吉田綾乃クリスティーははにかんだ。「エロいから」
「んーなの今さら気にしないだ~あよ」蓮加はそう言ってから、水没した都市を見つめて、溜息を吐いた。「なんにせよ、もう少しだぜ……。こんだけ必死こいて戦って、やっとわかったわ……。夢を叶えるって~のは……、つまり、命懸ける、て事なわけなのね……」
日光が燦燦(さんさん)と照らす透き通るような青空には、白い雲雲が延び広がり、七色に光を放つ虹の掛橋がかかっていた。
蓮加はぼろぼろになった背中の四角い鞄から、器用に、無事であったスマートフォンを後ろ手で取り出した……。
それを上にかかげて、しゃがみ込んで、携帯画面の撮影フレームの中に、皆の姿を納める。
「それ写真なんて撮って残るわけえ?」佐藤楓は苦笑した。
「任務終わったら、私達の元々住んでた地球の、自分が生きてた時代に、強制転移」梅澤美波は、呆れた笑みで蓮加のスマートフォンを見上げる。「ヒーローとして戦った記憶は、二時間以内に消される……。写真も残らないし、なんもかんも、残りまへん!」
「夢を叶える、ていう約束だけが残るわけか……」山下美月は、蓮加のかかげるスマートフォンに、険しい笑みを浮かべた。「それでいいのかな……」
「また出会えるんでしょう?」伊藤理々杏は、皆の顔を確認するように見回す。「運命の戦士達、なんでしょう? うちらは」
「どこで出会うのかな?」与田祐希は埃塗れの真黒な顔で、くすっと可愛らしくはにかんだ。「祐希、実は小さい島に住んどうとよ……、人口、1500人ぐらい」
「うっそう、マァジで!?」向井葉月はくたびれた顔で無邪気に笑う。「与田ヤッバ! 島育ちかよ!」
「じゃあ、本当にどこで出会うんだろう?」中村麗乃は小首を傾げた。
「いま、戦ってる場所が、東京…、ていうのも、何か繋がりがあるんじゃない?」久保史緒里は、皆の顔を見回していく。「だぁ~いじょうぶ。運命は、ちゃんと糸で繋がってるってえ」
大園桃子は、腕に乗せた〈式神〉の鴉(からす)を優しく撫でながら、囁くように言う。
「帰って早くお風呂入りたい……。でもお湯の中、怖くて入れるかな桃子……。なんか黒いの、思い出しそう……。思い出しそうでもう死にそう」
阪口珠美はくすっと笑った。「ほ~んと、なんか出て来そうとか、想像しちゃうよ……。あ~んなでっかい海のお化けずっと見てたんだから」
吉田綾乃クリスティーは眩しそうに景色を見つめた。「こんなに、ぶっ壊しやがって……」
梅澤美波は吉田綾乃クリスティーに微笑む。「大丈夫、私らが変身解いたら、この壊れた東京もぜ~んぶ直るから」
久保史緒里は蓮加のかかげるスマートフォンを真顔で見つめる。「それ撮ってんの?」
蓮加は「ははは」とやんちゃ坊主のように笑った。
「撮ぉってなぁいよだってみんなしゃべってんだもん……。はい、今から今から。はぁ~い、撮りまぁ~~す……」
カシャ――。
14
岩本蓮加は咄嗟に背後を振り返って、その人影を射撃する。しかし、その銃弾は空を切り、今度はイワモトレンカの銃口が火を噴いた。
銃口の角度と弾道の軌道と着地点を予測した蓮加は、そのイワモトレンカの銃弾を流れる動作で避けていく。
「ハァ、なんなんだってーの‼‼ 能力まで一緒かよ!!」