トキトキメキメキ
「貴様らは、駆逐される運命なんだよ……、大魔王様がその名で呼ばれるには、確固たる云われがあってな……。地獄の魑魅魍魎共でも逃げ惑う恐れの存在だからこそ、大魔王様はその名で呼ばれるようになったんだよ、わかるか? 契約の雑魚がいくら徒党を組んだところで、その眼前に立ちはだかっていい存在じゃないんだよ‼」
ヒーロー達はその姿を睨み上げ、息を呑んだ……。
身長は百八十センチ前後。頭髪は白く長く、ツインに結ばれた部分からは赤く、もう一方は青く、肩まである長髪が二つに束ねられている。顔も身体も、白いシルエットとしか視覚では捉えられない。しかし、胸部の辺りに、女性的なふくらみがあり、陰(いん)と陽(よう)を表す黒色の勾玉(まがたま)と、白色の勾玉が弧を描いた入れ墨のように浮き上がっているのが見られた。
『稚拙(ちせつ)な自己紹介をアリガトウ。しかし私は魔王ではなく、この銀河の歯車。所謂(いわゆる)、大宇宙においての仕組みそのものに過ぎません』
久保史緒里は【神の言葉】を行使して空中に叫び上げる。
「いつまで偉そうに空に浮いてるつもり? この神の言葉によって、お前達はもうすぐにでも浮かんでいられなくなる‼ 重力に屈して地上に這いつくばって生きる‼‼」
閃光が走った途端、ヒーロー達の分身体は、ばらばらと地上に落下した。
宇宙の仕組みであると己を語った存在も、ゆっくりと地上へと立った。
『神の言葉、人知を超える力をお持ちのようで……。しかし、貴女の其(それ)は、決して神なるモノの力などではなく、あなた自身の放つ超常能力と、人一倍強い念、恐らくは強力な思念の放つ【暗示】の力でしょう。証拠に、この手の現象は、知能あるモノへしか効果は無いはずです。そして自然的な超常現象は、あなたの契約者としての超能力に過ぎない……』
「竜巻旋風脚(たつまきせんぷうきゃく)っ‼‼‼」
竜巻現象を巻き起こしながら、分身体を一人残らず弾き飛ばしていったのは、ハルカカナタの超人的な脚技であった――。
仮面に致命傷を負った分身体から、光の粒子に包まれてこの世から消えていく……。
ハルカカナタは生き残った分身体へと続けて体技を放っていく――。躍動する髪の毛が風に靡(なび)いて長髪へと変化していった。
「鉄山靠(てつざんこう)‼‼」
また、一人の分身体が吹き飛びながら仮面を割って、光の粒子に包まれる。
流れるような動きで、ハルカカナタは体勢を入れ替え、分身体の懐(ふところ)へと跳び込もうとする――。
「炎っ‼‼ この小僧を焼き殺せっ‼‼ 瞋恚の炎(しんいのほのお)‼‼」
「雷よっ、こいつに墜ちろっ‼‼ 渦雷(からい)‼‼」
雷鳴が唸るなか、爆発的に発生した火炎の渦中、ハルカカナタは息を止めて肉体を焼け焦がしながら、分身体へと体技を決め込む――。
「熱いじゃねえぇぇかっ‼ 鉄山靠(てつざんこう)‼‼‼」
ガガァァン――と迸(ほとばし)る落雷がハルカカナタの肉体を一瞬で滅ぼす――。
刹那の事――。火炎現象が掻き消され、吹き飛んだ分身体は仮面を粉々に砕かれ、光の粒子に包まれていく……。
ハルカカナタの頭髪が、ばっさりと半分ほど焼け落ちた。ハルカカナタは失いそうな気を、歯を食いしばる事で引き締めながら、軸足を強烈に踏ん張らせて、最後の分身体の懐から、超越的な跳躍力の体技を打ち放つ――。
「くぁ、ふん! 発勁の拳からは逃れられませんっ、昇竜拳(しょうりゅうけん)っ‼‼」
仮面の顎(あご)を砕かれた分身体は、宙に吹き飛ばされながら、その身を光の粒子へと蝕(むしば)まれていった……。
「フウ……。お疲れ様ですハァ、皆さん。押忍! ハァ、ハルカカナタ見参! 借りは返せませんがハァ、気持ちだけでもと思い、ハァここに馳せ参じました次第です、押忍!!」
蓮加は宇宙の仕組みだと己を名乗った者に銃口を向けたまま、ハルカカナタの顔を小さなリアクションで見つめた。
「ああ、あんときの死にぞこない……」
「はい! ハァしかし……、今もまた、死にぞこないのようです、どうやらハァ、……こいつがボスですね、雰囲気と覇気でわかりますハァ……」
皆が戦闘態勢を身構えたまま呆然とするなか、ハルカカナタは息絶え絶えに苦しそうに呼吸をしながら、己を宇宙の仕組みだと名乗った者へと歩み寄った。
ハルカカナタは、そこで「おおぉ、ぐっは」と苦しみ、髪の毛を一瞬で長髪へと伸ばしてみせた。
カナタは焦燥した表情で、観念したのか、己を宇宙の仕組みだと名乗った者へと、右の手の平を差し出した。
「あんたつえーなぁぁ……。こんな俺でもぁ、最後に殺されんのがあんたで本当に良かったぜ、光栄っつうのかぁ、こういう感じは……。最後に、握手だけして、さっさと殺してくれやぁぁ……」
『元来、文化交流や交易に至る始まりの儀式と云えば、握手がそうでした。現在では言語の上での挨拶で済むし、文字にすればいいだけの世の中です。握手は、そういった意味でも時空を超えて重宝すべき文化と云えるでしょう』
己を宇宙の仕組みだと名乗った者は、差し出されたハルカカナタの右手の握手に応じた。
次の瞬間、カナタの【狡猾(こうかつ)なる暴力】が発動した。――【狡猾なる暴力】は、非常事態に敵と交渉する能力が芽生え、交渉が成立すると、次の攻撃が必中するという能力である。
『動けない……』
「ひっひそうりゃそおうだろぉぉなぁぁ、俺の10万以上ある握力に握りしめられてりゃあなぁぁひっひ、内臓吹き飛べやおるぁぁあ‼‼‼」
卑劣で狡猾かつ獰猛なカナタの左の拳が、その周囲の大気を散散する猛烈な破壊力で、宇宙の仕組みと名乗った者の腹部に突き刺さった……――。
『もう、動かせる……。根源は何の力でしょうか』
「嘘つけ効いてねえのかっハァ、ちっ、鉄山靠(てつざんこう)‼‼‼ のああっと!!」
擦り抜けるように躱わされた体技は、ドシン――と空気中に衝撃波を造り出した。
ダダダン――。ハルカカナタの死を予感し、蓮加はその者に射撃した――。
その者は、銃弾を一瞥する事もなく、擦り抜けるようにして銃弾の軌道を躱わしていた。その者の片手は、カナタの方へと伸ばされている。
『貴方は時空を超越し、契約をループしていますね。いいでしょう、私に手を向けた罰として、貴方に相応しい懺悔(ざんげ)を与えましょう』
蓮加は連続で射撃しながら走り出す。
「逃げろハルカっ!!」
「今はカナタだっ!」ハルカカナタは、ひるんだ表情で、すぐにその者に振り向き直して睨みつけた。「なんかやんのかよハァ……、死ぬのかよ俺ぁぁ……、ハァ」
与田祐希は赤く染まる天に片腕を伸ばす。
「ハルカっ、早く逃げてっ!!」
「カナタだってばカワイ子ちゃん! おっとハァ、命の恩人にカワイ子ちゃんはねえよなハァ」ハルカカナタは、研ぎ澄ました凶悪なつらのまま、身構える。「俺の辞書に最初っからの逃げはねえんだわハァ……、やってダメなら、逃げちまうけどなハァ!」
山下美月はその者を視覚的に手の平で捉えて、遠方から握り潰すイメージで握力を込めた。
「非正当地獄乃業火炎撃(ソドム)‼‼‼」
「超高層雷放電(ミラー・イー)‼‼‼」