トキトキメキメキ
「無風の凪(カーム)で音消したのにぃ、なんでえ‼‼ なんでしゃべっとるとぉ!?」
α(アルファ)の白面に、唇が現れ、ヒーロー達に微笑んだ。
『もう直(じき)、御終いにしましょう。時空間波動関数・殺戮確立・結合整数(ファインマン・ダイアグラム)――』
山下美月は決死にα(アルファ)へと手の平を向け、握り潰す――。
「火炎っ! あいつを燃え尽くして爆ぜろぉぉ‼‼」
次の瞬間、山下美月の伸ばした手の平が着火ポイントとなり、山下美月の身体は爆炎を巻き上げて起爆した。
「美月っ‼‼」梅澤美波は山下美月へと走る。「なんでっ、美月がっ‼‼」
「自爆!?」伊藤理々杏も山下美月へと走る。「どうしてっ‼‼」
中村麗乃は【頭脳王】の能力を発動させて、答えを導き出す。
「たぶん、技の確立を変動させて、暴発させる技を使われたっ……」
α(アルファ)は唇を喜ばせた。
『如何(どう)やら、名探偵が潜んでいる様ですね、御名答です』
蒸気を上げながら、山下美月は物凄い形相で、α(アルファ)を遠目に睨みつけた。
「確率でしょぉう、そんなら当たるまでやるだけよ‼」
蓮加は狙いを定めて、銃口をα(アルファ)へと向ける。しかし次の瞬間、デザート・イーグルは銃口が発破し、暴発的に銃弾は味方である中村麗乃の腕を貫いた。
「麗乃っ‼‼」
「だいじょぶ……。撃って、撃たないと倒せない」中村麗乃は片腕を庇いながら、蓮加に振り返って笑った。「こぉんなん、平気よ……」
蓮加はその顔から表情を消して、爆発的な脚力でα(アルファ)の眼前まで一瞬で飛び込んだ――。連射で発砲する。
『幻覚的知覚迷宮錯覚(カフェウォールさっかく)――』
「く、んなんっ!? だっ傾くっ‼‼」蓮加の射撃は虚しくも地面を弾いていく。「弾も出たり出なかったりっ、おまけに視界が傾いて狙いがっ……‼‼」
梅澤美波は、息切れを隠しながら、その表情を険しくさせる。
「勝てない……」
――●▲■そうだね。このままじゃあ勝ち目が無さそうだ。美波君、致命的な攻撃をされる前に、君の能力の空扉で作戦会議を開こう。君の空扉は、入った瞬間と、出た瞬間が繋がれて、空扉の中にいる時間は時の静止した時間で起こった、所謂(いわゆる)、物理学でいうところのぉ……■▲●――
「わかってる、中の人間は自由に動けるけど、それは止まった時間なわけでしょう?」
梅澤美波は身構えながら答えた。
――●▲■そうだね■▲●――
『選択的注意操作実験(インビジブルゴリラ)――』
α(アルファ)によって脳の選択的注意を弄られたヒーロー達は、一時的に注意が己の攻撃に集中している為、予期しない出来事に対する知覚が鈍る現象を引き起こされた。
「何されたの今っ‼‼」佐藤楓は後方に跳び移りながら叫んだ。「魔法かなんか使ったよっ‼?」
中村麗乃は【頭脳王】を発動させて、前方と後方の仲間達に叫ぶ。
「たぶんっ、いつ攻撃されたかわからなくなる技を使われたっ‼‼」
α(アルファ)は白面に浮かび上がる不気味な唇で笑う事をやめて、ヒーロー達を次々に指差していく。
『諸史射撃黒鉄大悪魔(サミュエル・コルト)――』
ヒーロー達の肩や脇腹から、突如として血飛沫が上がった。遅れて激痛が走る――。
ヒーロー達は何をされたのかが全く理解できずに、身体をひきずって必死に回避しようとする。
しかし、α(アルファ)の指先が誰かに向けられると、その誰かは血飛沫を上げるのであった。
――●▲■美波君!!■▲●――
「うぅハァッ、空扉ぁぁ‼‼」梅澤美波は〈空扉〉を押し開けるようにして開いた。「みんなぁぁ、ひとまずぅ、っこの中に入ってぇぇハァ‼‼」
α(アルファ)はその白面に浮かぶ唇を、再び喜ばせていた。
『アカシック・レコードによると、此の世界には絶対に超えられない壁が在ります――。此の世には、素粒子よりも小さな物は無く、光よりも早い物も存在しません。決して超えられぬ光速をも凌ぐとすれば、ビッグバンや宇宙の膨張スピードぐらいでしょうか。然しそれは未だ証明されていない。そう、絶対に超えられない壁、其の一つが光速です』
血飛沫をあげて倒れ込んでいく者達を、まだ唐牛(かろうじ)で動ける者達が決死に手助けしていた。
『私の術は、発生源が標的なのでは無く、標的へと術を光速でぶつけているのです。其れでは、私に貴女方人間が如何しても抗えぬ訳を、少しお話ししましょうか。では、貴女方と似たような力を使うとしましょう。動かないで下さい、催眠術(メスメル)――』
最後の一人が、跳び込むようにして〈空扉〉の中へと入ろうとした時――。その最後の一人である岩本蓮加の身動きが止まった……。
「嘘でしょうハァ……、動かないぃぃ」
どうやら、〈空扉〉の中へと非難している皆も、身体の身動きを封じられている様子であった。
「なんなの、まるでヒーローと闘ってるみたいなハァ」梅澤美波は、動かぬ身体を軋ませながら、囁いた。「しゃべるのも、やっとか……」
α(アルファ)は、白面の唇を喜ばせながら、両手を開く仕草をみせた。
『私はα(アルファ)――。例えば、α(アルファ)という値が、ほんの3%だけ大きい場合、電子の結び付きが非常に強く成り、其の結果、化学反応が生じ難く成り、タンパク質やDNAなどを作っている高分子化合物の形成が困難に成ります。α(アルファ)の値がほんの数%違うだけで、生命の発生や維持が困難になるのです』
――●▲■更にα(アルファ)は、現代物理学の根幹を支えていると言われている。電化の運動を量子力学的に説明し、現代物理学で最も成功した理論といえる量子電磁力学。物理の最小単位である素粒子と、それらの相互作用を現代で最も難解な理論の1つである素粒子物理学。物質の性質や反応を理解する為の数学的な枠組みを用意し、現代技術を支えている原子物理学。これら全ての理論に、α(アルファ)が用いられており、もしもα(アルファ)が存在しなければ、これらの理論は全て崩壊する……■▲●――
『α(アルファ)は正に、宇宙の法則を支配する数なのです――。さあ、話し合いをしてきなさい』
蓮加の身体が動き始め、そのまま〈空扉〉に跳び込んだ――。梅澤美波は慌てながら大急ぎで〈空扉〉を閉じる……。
異空間――。皆は青空の空間に浮遊しながら、四つん這いになったり、座り込んだりと、へたり込んで上の空間を見つめた。
梅澤美波は激しい息切れを整えながら言う。
「マスター、ハァ説明お願いします、でもハァ、前の空とか虹とかのハァ、わかりずらい説明は勘弁して……、ハァ」
――●▲■137。別名【α(アルファ)】その正体は、微細構造定数(びさいこうぞうていすう)だ……。微細構造定数とは、自然界におけるもっとも不思議とされた数の事なんだ。微細構造定数とは光が物質とどのくらい相互作用するかをはかる数で、α(アルファ)と呼ばれているんだよ。α(アルファ)の値は、137分の1。これは、光が原子に当たった時、電子に跳ね返る確率が、約0.7%しかないという事を意味する。