トキトキメキメキ
山下美月は、極まった眼で、鷲掴(わしづか)みにした複製人間の顔面を炎で爆発させる――。そのまま墨と化したその燃え糟(かす)を振り払うように投げ捨てると、次の瞬間、大地に膝をつき、天に伸ばした両手を大地に叩きつけた。
それと同時に――。久保史緒里は、中村麗乃と山下美月の心の声を【仲間意識統一通信(ボイスチャット)】で察知し、複製人間の消えゆく死体の山の頂上から、指を重ね合わせて祈りの態勢をとった。
「炎熱地獄必要工場(ヒット・ア・ユー・メイド・ウォー・ニード・ミル)ぉぉぉーーっ‼‼‼」
地獄の業火は瞬く間に、その数百メートルを紅蓮の業火に包み込んだ――。山下美月と久保史緒里は強大な咆哮を上げて力の限界まで能力を発揮していく――。
【仲間意識統一通信(ボイスチャット)】を通して、与田祐希は大園桃子と心を通い合わせる――。与田祐希は伸ばした片腕を徒党を組んで襲いかかってくる複製人間達へと振り下ろした。
「まだまだぁぁー幾重煮連鳴神乃制裁(りょうさんがたりこ)ぉーーっ‼‼」
轟(とどろ)く稲妻が重なり合って大きくなっていく……。
大園桃子は〈式神〉の能力で権限した十二体の式神を、1つの大いなる呪いへと変幻させた……。
「六壬神課(りくじんしんか)っ‼ 十二天将ぉ‼ 六人の吉将(きっしょう)と六人の凶将(きょうしょう)よっ!! 桃子の意思がハァ命じるっ、応えよぉ‼‼ 十二天将同時変幻・呪殺相応(じゅうにてんしょうどうじへんげん・じゅさつそうおう)っっ‼‼‼」
襲い来る数多の複製人間達を眼前に、大園桃子は、眼を瞑る……。
与田祐希も、その瞼(まぶた)を閉じた――。
桃ちゃん、アレ、いくとよ。
うんわかった。アレね……。
与田祐希は天に右手をかかげて怒り、大園桃子は眼を閉じて印を結んで祈った――。
「超高層雷放電呪(ミラージュ)――っっ‼‼‼」
巨大な積乱雲が轟轟と轟(とどろ)き、大いなる脅威に呪われた落雷は大地の複製人間達の数万にも及ぶ身体を炭化させ、その数多の仮面を一瞬で溶解していく……。
山下美月は、膝をついたままで、意気消沈してその場に座り込む。
久保史緒里は、赤く染まる大空を見上げるように、大地に仰向(あおむ)けになって横たわった。
与田祐希は、その顔を笑わせたまま、肩から俯(うつぶ)せに大地へと倒れ込んだ。
大園桃子は、膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んで、激しい息切れをそのままに、その視線の先の岩本蓮加へと襲いかかっている複製人間達を指差した。
「六壬神課(りくじんしんか)っ‼ 十二天将ぉ‼ 六人のハァ吉将(きっしょう)と六人の凶将(きょうしょう)よっ!! 桃子の意思が命じるっ、ハァ、ハァ応えよぉ‼‼ 四神同時召喚・四神相応(しじんどうじしょうかんしじんそうおう)っっ‼‼‼」
上空に浮かびながら岩本蓮加を見下ろす不気味なα(アルファ)を、ただひたすらに心頭滅却し、突き刺すような視線で見上げる岩本蓮加は、銀色の拳銃を上空のα(アルファ)へと向けて構えている。
岩本蓮加を襲う数多の銃弾が、腕や、脚や、腸(はらわた)を抉(えぐ)り貫通していく……。しかし、一斉射撃をしている複製人間達を、聖獣・青龍が食い殺し、聖獣・白虎が引き裂き、聖獣・朱雀が燃やし始めた……。聖獣・玄武が、岩本蓮加の盾となっている。
山下美月は、膝をついて項垂れながら瞑(つぶ)っていた眼をぎらり――と開き、岩本蓮加を覆う複製人間達に向けて、伸ばした手の平を、最後の握力で握り締めた。
「燃え盛る紅い鳥(フラミンゴ)ぉぉぉぉーーっっ‼‼‼」
燃え盛る爆炎に巻かれるなか、明鏡止水の境地に至った岩本蓮加は、複製人間の銃弾に左頬(ひだりほお)から血飛沫を上げながら、その煌めく眼光の先に浮遊するα(アルファ)を捉えたまま、銀色の拳銃の引き金を引いた。
α(アルファ)の白面に、鋭角な眼玉が二つ出現し、己の左胸の辺りを、ゆっくりとした動作で見下ろした。
数秒前の刹那――。岩本蓮加の構えた銀色の拳銃から、宇宙全体を照らすほどのガンマ線という名の死の放射線の光が、ビーム状に拘束、収束されて放たれた……。その光線は、一直線に彼方の宇宙空間ごとα(アルファ)の心臓を貫いたのだった。
それは、陰と陽の入れ墨の浮かび上がった左胸のやや中央……。今は黝(くろ)ずみ、小さな風穴が空いている。
α(アルファ)の白面に、鼻筋が浮かび上がり、細い眉が浮かび上がった……。
『人形複製(バイオ・プリンター)で出現してくる数十万にも及ぶの自分達と殺し合い乍(なが)ら、選択的注意操作実験(インビジブルゴリラ)で脳の一部である選択注意を弄(いじ)られ、予期せぬ事態に対する知覚を鈍らされ乍(なが)ら、幻覚的知覚迷宮錯覚(カフェウォールさっかく)で実際には直線で在る物にも関わらず、全て傾いて見せられてい乍ら、時空間波動関数・殺戮確立・総合定数(ファインマン・ダイアグラム)で拳銃の射撃成功確率を滅茶苦茶にされ乍ら、諸史射撃黒鉄大悪魔(サミュエル・コルト)で肉体を抉り取られ乍ら……、私の心臓を撃ち抜いた、と云う訳ですか……』
虚空に浮かび上がったままの、赤と青の長いツインテールをしたα(アルファ)の美しい顔が、綺麗に微笑んでいた。その両手は黝(くろ)ずんだ左胸に当てられている。
17
蓮加は、構えていた銀色の拳銃を、ゆっくりと下ろした。その眼は、上空の美しい欧米人の女性、α(アルファ)を見つめたままである。
梅澤美波は、俯(うつぶ)せで空を見上げながら。
向井葉月は、伊藤理々杏を膝枕に乗せながら。
伊藤理々杏は俯けで空を見上げながら。
中村麗乃は、脚を広げて後ろ手をつきながら。
阪口珠美は、膝立ちで空を見上げながら。
佐藤楓は、空を見上げて立ち尽くしたまま。
吉田綾乃クリスティーは、重火器の上に座りながら。
久保史緒里は、山下美月に肩を貸しながら。
山下美月は、顔を空へと見上げさせて。
大園桃子は、与田祐希の元へと駆けつけながら。
与田祐希は、空を見上げて大の字で寝転びながら。
ヒーロー達は、赤い空に浮かぶα(アルファ)の美しき姿を見上げた――。派手なTシャツにデニムの短パンに、革製のロングブーツ、腕や首や耳に飾る数々の装飾品に、白衣を肩に纏っている。
蝋(ろう)のように色白の艶やかな素肌に、赤い唇。鋭角に整った瞳に、高い鼻筋。銀髪の頭髪に、赤と青に染められたツインテール。
その赤い唇が、語っている。
『云ったでしょう。この世界には、絶対に超えられない壁が在ると。其こそが、光の速さなのです。光速をも操るとは、御見事です、契約者達』
蓮加は、すとん――と、その場にあぐらをかいて、頬杖をついて、α(アルファ)から視線を外して、眼を閉じた。大きな溜息を吐く……。
つま先から、ゆっくりとした現象で、光の粒子に包まれて輝いていくα(アルファ)は嬉しそうに微笑んでいた。