トキトキメキメキ
「夢は芸能界かなぁ……」
阪口珠美は中村麗乃を一瞥した。
「それ珠美もちょっと思った……。もしかしたら、かな、…って」
梅澤美波は大園桃子の肩に腕を回した。
「夢かあ~……。なんなんだろうね、夢って……。桃子、泣ぁきすぎぃ。てか、蓮加、記念写真どうした? 撮らないの?」
蓮加はげらげらと笑う。
「そぉんなん、スマホなんて速攻吹っ飛んだよはっはっは、あ~んな戦いでスマホ無事だったら奇跡だわ」
大園桃子は傷ついた顔ではにかむ。
「れんたんが笑った……。ようやく、いつものれんたんみたいになった……。任務が無い時さ、みんなで…、誰かんちに集まってた時は、いっつも一番笑ってたじゃん?」
蓮加は笑う。
「戦ってる時も笑ってたらただのヤバい奴じゃんはっはっは」
先頭を歩く久保史緒里は、そこで立ち止まった。
「この辺じゃない、神宮の外って……」
――●▲■いいよ。変身を解いてくれたまえ、みんな。変身を解けば、君達が命懸けで守り抜いた世界が待ってるよ■▲●――
蓮加は遠くの雪を見上げる。
「ねえマスター……」
――●▲■ん? なんだい、蓮加君■▲●――
蓮加は不思議そうに、佇んだままで、腕組みをした。
「悪の発生ポイントから半径二キロ……、は、赤い世界で……、悪から近い場所は人の存在が消えてるんでしょ? それ以降の場所は、人の時が止まってるだけだったよねえ? 今回の闘いとか、レビィアタンの時、明らかに二キロ範囲じゃ災害が収まりきってないよねえ?」
――●▲■うん。その二つの闘いでは、時を止めた人々は、爆発や瓦礫、海の水なんかに巻き込まれただろうね。でもそこは大丈夫、この僕が神様に申告して赤い世界の範囲を災害が生じない範囲まで引き延ばしてもらったから。それだけ、想定外の大死闘だったって事だね。心配だったでしょう? でも心配無用なんだな。僕を誰だと思ってるの? 僕は、君達大いなる無敵のヒーロー達の指導者、マスターだよ!!■▲●――
「さっすが。マスター、ありがとう」
蓮加はそう言って、変身を解いた。ホワイトのプリズムが岩本蓮加のつま先から頭部までに渦を巻き、瞬間的にその世界から彼女を消してみせた。
十一人のヒーロー達も、変身を解いていく――。
梅澤美波は、雪の降りしきる白色の上空に笑みを浮かべた。
「ふふん、いいとこあんじゃん」
梅澤美波は、変身を解いた――。その一部都会が崩壊した世界から、十二人の勇者の姿が消えた。
――●▲■自分達でも気がつかないうちに、君達はすっかりと、身も心も、ヒーローになったんだね。強いわけだよね。本当に、ありがとうね。マイ、ヒーローズ■▲●――
18
気がつくと、明治神宮野球場の外観が見えていた。十二人が佇むその歩道には、ちょうど人の背丈ほどの緑の植木が植えられていて、空からは深々と粉雪が降り注いでいた。
街には崩壊の形跡もなく、破壊の欠片も見当たらなかった。人々が行き交うその世界は、ただ単純に、生き生きと活性していて、雪が肌寒く、息が白く染まるだけの、平和な世界であった。
梅澤美波は、蓮加の頭を抱きしめた。
「忘れないぞ、蓮加……。ありがとう、一緒に戦ってくれて……」
蓮加はけらけらと笑っている。その眼に、いっぱいの涙が浮かび上がっていく。
佐藤楓は、蓮加の頭をなでた。
「あっちで一緒に、夢叶えようね」
佐藤楓は、それから、向井葉月と与田祐希にハグをした。
向井葉月は、嗚咽(おえつ)を上げて泣きながら、二人の腕に頭をこすりつける。
「絶対、んっん、……っんはぁ、絶対に、忘れないから!! 契約が終わって、二時間経ったって忘れない!」
「二時間経ったら、記憶消されるのが、ちょっと悔しいね」佐藤楓は、涙ぐんで笑った。「与田、あんたは~、変!! でも最強だった……。楽しかった」
「へへ、祐希も、楽しかった」与田祐希は、指先で涙をふいて、笑った。「毎日がやがやしてたから、これから寂しくなるね……。うちの島、友達少ないとよ」
伊藤理々杏と山下美月はお互いに抱き合った。
「美月ぃ、僕のこと忘れたら、しょうちしないからなぁ……」
「わずれない……」山下美月は、眼を閉じたままで、いっぱいの涙を落としていく。「神様に、怒られだって、忘れないもん……」
中村麗乃は、伊藤理々杏と山下美月を、抱きかかえた。
「みんな私の宝物……、へへ……、忘れ、たく、ない、なぁ~……」
向井葉月は山下美月にハグする。
「美月ぃ! 強すぎだよあんた!」
「へふ……、みいんながいたから、がんばれた」山下美月は、微笑みながら鼻筋に涙を走らせる。「ありがとね……。ちょ~ぉ、燃えたぜ」
久保史緒里は梅澤美波と固い握手を交わした。
「リーダーっぽかったよ、梅……。それでやってこれたかもしれない、うちら……。ありがとう」
「久保、だらしない私生活、大人になったら直しなさいよ……。んふ」
梅澤美波と、久保史緒里は、互いに熱く抱きしめ合った。
阪口珠美は、岩本蓮加に後ろから抱きつく。
「蓮加、今日泊まりに行っていい?」
「え?」蓮加は涙をふきながら、驚いた顔をする。「え、だって……。二時間したら……」
「泊まりに行っていいの? 悪いの?」阪口珠美の声は、震えて泣いていた。「いつも…みたいに……、今日も、また一晩中、騒ぐんだよ……。いいの、悪いの?」
蓮加は嬉しそうな笑みに、温かい涙を浮かべた。「いいに決まってんじゃん。騒ご!」
吉田綾乃クリスティーは、阪口珠美と岩本蓮加を抱きしめた。
「みんなと出逢えただけでご褒美だもん……」吉田綾乃クリスティーは涙をこぼしながら、鼻をすすった。「忘れたくないよぉ~、うぅ~~………」
大園桃子は、照れ臭そうに微笑みながら、泣き笑いを浮かべている与田祐希と握手をする。後ろから、大園桃子を梅澤美波と山下美月が抱きしめた。
「桃子……、ほんとの世界でも、もっと、強くなる……」
――●▲■吉田綾乃クリスティー、おめでとう。綾乃クリスティー君、君の夢は成就する。僕のヒーローになってくれてありがとう■▲●――
吉田綾乃クリスティーは強く眼を閉じて、岩本蓮加と阪口珠美と佐藤楓と抱き合う。
「嫌だ嫌だ行きたくないよ、だってまだ、私…みんなぁ、大好きっ……――」
その姿は、雪の舞い落ちる緑の植木の歩道から、散り際の打ち上げ花火のように忽然と消えた。
――●▲■中村麗乃、おめでとう。麗乃君、君の夢は成就するよ。僕のヒーローになってくれてありがとう■▲●――
中村麗乃は山下美月と伊藤理々杏と両手の指を重ねて、微笑み合う。
「全部の時間が宝物……、私、きっと芸能人になる、なってみせる……だから」
中村麗乃の姿は、降りしきる雪景色の中で、空気に溶け入るようにして見えなくなった。
――●▲■向井葉月君、おめでとう。葉月君、君の夢は成就する。僕のヒーローになってくれて、ありがとう■▲●――
向井葉月は大声で泣き叫ぶ。
「また焼肉食べようねっ、みんな未来でまたご飯食べよっ、出逢ってくれてありがとう大好き!!」
その姿は、深々と降り積もる雪の中、ふっと、景色に溶けるようにして消えていった。