トキトキメキメキ
「え、待って全滅じゃなかったの‼ つか待って待って、パニくるパニくる……、え、もう赤くないよ? 景色……。えーねえ何で生きてるの~!!」
蓮加は拳銃を構える。
「じゃあ、撃っとくか」
「てぇぇめぇなぁ~……」
蓮加は拳銃を下ろした。
「ねえ怪人ってしゃべれんの? なんなの?」
黒いコートの男はよろよろと近づいて来ながら、激昂していた。
「だぁれが怪人なんだこの馬鹿娘がぁ~っ……」
蓮加は立ち尽くしたままで、きょとん、とする。
「え、怪人じゃあないの?」
長髪の黒いコートの男は、蓮加の眼の前で、強烈にその顔をしかめた。
蓮加は肩を竦(すく)めて、男を見上げた。身長差はゆうに二十センチ近くもある。
「凶悪なツラしてて悪かったなぁ……、こんなんでも俺はヒーローだ、このクソガキが………」
3
岩本蓮加は驚いた顔で拳銃を背中の四角いバッグへしまうと、黒いコートの男を指差した。
「あんたヒーローなの! ねえ嘘でしょう、だって怪人は黒いコート着てるって……」
「ファッションだ、わりいか! ケッ」
蓮加は顔を驚かせたままで、気づいた事を先に言う。
「石投げたでしょ!」
「てめぇは銃で撃ったろうが! しかも、息の根止める為に二度殺しにかかりやがって……、んんぐ」
「ええ、えっ!」
黒いコートの男は、どさっ――とその場に膝をつき、両腕をついて、急に苦しそうに四つん這(ば)いに這い蹲(つくば)った。
長かった髪の毛が、ばさりばさり、と抜け落ちていく……。
蓮加は驚いている。
「髪抜けてるよっ、え、大丈夫?」
次の瞬間、黒いコートの男は、精悍(せいかん)な顔つきで蓮加を見上げてから、さっと立ち上がった。
髪型が、中分けのツーブロックになっているし、顔も先ほどの凶悪な眼つきとは違って、大きく誠実に見開かれていた。
「僕の名前は、ハルカ……。ヒーローのハルカカナタです。さっきのは、カナタの方です、失礼をお詫びします。押忍(おす)!」
蓮加はぽかん、とハルカを見つめた。
「なんか顔変わってるし……、なんか誠実になったし……。わけわからん、ヒーローって何……」
ハルカは苦笑する。
「カナタは、僕のもう一人の人格です。それは僕らの個性的な特徴であって、他のヒーロー達の特徴とは異なります。僕らも、人格が二人分ある、というその一点をのぞけば、それ以外は普通の、夢の為に戦うヒーローですよ。君の、名前は?」
「あそうなんすか……」
「あの、お名前をうかがってもいいですか?」
「蓮加……」
そう聞き届けると、ハルカは血塗れの右手を差し伸ばして、爽やかな笑顔で蓮加に握手を求める。
「僕はハルカ……、今後ともよろしくお願いします! 蓮加さん!」
蓮加は手塗れの手を見て、嫌そうに怯えた。
「いやっ……、ねえ血ぃ出てるからぁ……」
「はい! 撃たれてますから、致命傷です!」
蓮加は猛烈な罪悪感におろおろとする。
「どうしよ……、止血、する? でも背中撃ったから、できないよね止血……」
ハルカは爽やかに笑った。
「大丈夫、僕はカナタより弱いけど、カナタよりも頑丈なんです。それでは、うん。治療をしに帰りますので……、またお会いしたらよろしくお願いします。それでは! 押忍!」
ハルカはすたすたと緑地公園のアーチをくぐって、歩く地面に血痕を滴(したた)らせながら、北西の方角へと続く道路へと歩いて行った。
蓮加も緑地公園を出る。
「あ」
「おお……、ヒーローでしょう?」
蓮加が道路側へと出ると、そこにセミロングほどの髪の毛をした美少女が歩いてきていた。――その背後にも、もう一人、セミロングほどの髪の毛の美少女が歩いてきている。そちらの方は、かなり背が低い。
蓮加はあたふたと頭を下げて自己紹介をする。
「あ、岩本蓮加といいます……。さっきヒーローデビューしました」
「知ってるよ? 私は美月ね。あっちは与田」
美月と名乗った美少女は、後ろを一瞥してから、眠たそうなもう一人の美少女に鼻を鳴らし、肩を竦(すく)めて笑った。また、蓮加を誠実に見つめる。
「銃声がしたもんね……、鉄砲かなんか、使う人なんでしょ?」
蓮加は即答する。
「あはい! そう、です……」
美月は美しく苦笑した。
「かしこまるのはやめようよ。今日から仲間なんだから。ね? 与田」
与田と呼ばれた背の低い美少女は、美月の隣に立ち、眠そうな眼をにこり、と笑わせた。
「与田祐希です……。えと、お名前は?」
蓮加は敬礼をしそうな勢いで背筋を伸ばした。
「岩本蓮加です……、初めまして」
「初めまして、山下美月です。あのさ、こういう事は、コンビニに行ってから話さない?」
山下美月は与田祐希に微笑む。
与田祐希も、にやにやと微笑んだ。
「食べ放題飲み放題! ね、行こ行こ!」
蓮加は不思議そうに、恐る恐る尋ねてみる。
「あの~……、怪人倒してくれたのって…、お二人ぃ、ですか?」
「そだよ」美月は歩き始める。「蓮加ちゃんもついてきて、行きつけのセブンがこの辺にあるのよ」
与田祐希も笑顔で歩き始める。「干し芋もあると~?」
山下美月は背中を向けたままで、小首を傾げた。「知らな~い、でも大抵ない? コンビニって、干し芋とか、あるよね?」
蓮加はとにかく、この二人の後について行く事にした。――街に人の気配は無いままで、夜を照らす外灯やマンションや一般住宅から洩れる生活の明かりだけは、そのままの状態でフリーズしている様子であった。
「!?」
「なんだ?」
「えっ‼‼」
突如として、世界中を包み込むような赤が景色を血の色へと染め尽くした――。
山下美月は血相を変えて二人を振り返る。
「敵が出たよっ‼ ん~、んもう、マスターがいないとこれだから……」
蓮加は周囲を見回す。
「どこですか?」
「マスターが情報送ってくれないとわからないの……」山下美月は、必死な様相で言った。「とりあえず今わかってるのは、私達がすでに悪の出現した直径四キロの範囲内にいる、て事!」
与田祐希は山下美月を見た。
「待って……。祐希たぶん、敵さんがどこにいるか、わかるよ」
「え?」山下美月は、眼をぱちぱちと呆気に取らせて、慌てて言葉を返す。「じゃ、じゃあ早く教えて! 何処にいる‼」
与田祐希は、ふっと――眼を閉じた。
乱れ一つ無い水面下に、一滴の水滴が垂れる……。
波紋を波たてながら広がるそのソナーは、周囲四キロの情報を詳細的に与田祐希の第五感へと繋げた――。
「うん、わかった」与田祐希は、壁の向こう側を指差した。「もうワンブロック向こうの住宅街から、商店街に向かって走ってる……」
山下美月は表情を凛々しくさせる。
「行くよ。与田、先頭走って……。蓮加ちゃん、ついてこれるかな、ちょっと急ぐけど、無理ならゆっくりでもいいからついてきて!」
蓮加はぽかん、とするのをやめて、真剣な顔で「はい!」と頷(うなず)いた。
「んんじゃあ、祐希先に行くね!」
次の瞬間――。野生の能力が乗り移ったかの如(ごと)く、与田祐希はピューマの如き素早さでその住宅街の景色を次々と乗り越えていった。