トキトキメキメキ
山下美月も、次の瞬間――。超絶的な素早さで住宅街の屋根を跳び移っていく与田祐希について行くように、道路を豪速で走り抜ける――。
「………」
山下美月は、ちらりと後方をうかがって、「へえ」と口元を笑わせた。
岩本蓮加はぴたり――と、吸い付くかのようにその豪速の爆走に顔色一つ変えずについてきていた。
幾つもの景色を乗り越えて、与田祐希は商店街の多少の広さがある道路へと降り立った。
山下美月も、蓮加も、ぴたり――と土煙を上げてその脚を止めた。
岩本蓮加は、つま先から頭上まで一気にのぼりあがった寒気に、眉間を顰めて、その前方の景色を睨みつける。
背中の四角いバッグから器用に後ろ手で拳銃を取り出して、新しい弾倉を装填(そうてん)した……。
大きさは、十二メートルはある……。それは雲丹(うに)のような歪(いびつ)な棘(とげ)だらけの頭部を持った、巨大な蜥蜴(とかげ)のような化け物であった。
「あはは、頭なん? あのトゲトゲ」
与田祐希はそれを指差して笑った。
蓮加は、冷静に、瞬時に距離感を計算して銃口をそれへと向けた。だが、すぐにそばから襲ってきた熱気に、山下美月を見つめていた。
山下美月は激しい熱気を蒸したてながら、逆立つ髪の毛をうねらせている。
「私はファイヤー・スターター……。能力は、発火能力(パイロキネシス)……、悪と呼ばれた事を恨んで燃え尽きなさい……、炎っ‼‼」
突如として雲丹(うに)のような棘(とげ)だらけの頭部をもつ巨大な蜥蜴(とかげ)の巨躯(きょく)を包んだ爆炎が、火柱となって赤い天空へと燃え盛る――。
岩本蓮加と与田祐希は、熱気から自身を庇(かば)うようにして、顔の前に腕をクロスさせて耐え凌ぐ。
山下美月は唱える。
「その蜥蜴を燃やし尽くす爆炎となって、爆(は)ぜて消えろっ‼‼」
ドガガガアアン――という、物凄い爆発音と溶解する蜥蜴の欠片をまき散らしながら、燃え盛る真っ赤な炎は、すぐに空気に透けていくようにして消えていった――。
赤かった街の景色が、また通常の色彩の景色へと戻った……。
蓮加は蜥蜴のいた部分をじっと垣間見ていた。死したその巨躯は、泡ぶくのような繊細な粒子へと変わっていき、やがて光の粒子に包まれるようにして、この世からその存在を消していた。
山下美月は、現場を見つめたまま表情とリアクションを消して呆然と立ち尽くしている蓮加に、顔を覘かせて微笑んだ。
「この敵を倒したのも、さっきの怪人を倒したのも、三人の功績になるから大丈夫だよ。点数式とかでもないから、そこんとこは安心して。ん、……蓮加ちゃん?」
「すっごい‼‼」蓮加は眼を見開いて、山下美月に身体を向けた。「なに、パイロキネシス? 火の能力者ですか!」
「うん、そう」山下美月は微笑んだ。「ヒーローは能力持参だから、私は思いつくままに火にしたの……。あっちの与田は、なんだか覚てないんだってさ」
蓮加は与田祐希を一瞥する。
与田祐希は、焦げ付いた現場のアスファルトを蹴って、ぶらぶらとしていた。
「え、ヒーローってそんな自由だったの!」蓮加は今さらだが、驚愕していた。
「うん、まあね……。でも銃だって強いじゃん」山下美月は、蓮加の右手に握られている拳銃を見つめて言った。「急所に打ち込めば、一撃とかもあるんじゃないかな……」
「なんっで私銃なんかにしたんだろう、馬鹿かっ」
「いや、銃だって強いよ」
「ねえ~、コンビニ行かんと~? 祐希お腹減ったんやけど~」
変身を解かずに、人の存在しない悪がいた場所から約一キロ以内のセブンイレブンにて、ヒーローの報酬でもある食べ放題飲み放題の時間が始まった――。変身を解いた後、焦げたアスファルトが元通りに復元されるように、喪失した食料品、飲料品も元通りに復元するするのである。
山下美月は、床にあぐらをかきながら、岩本蓮加に改めて美しく微笑んだ。
「私は山下、名前は美月。美月って呼んでね、蓮加ちゃん」
蓮加は照れ臭く恐縮する。
「はい……」
与田祐希は、干し芋を咥(くわ)えながら、整った童顔を笑わせた。
「わたひは……、与田でふ。与田祐希っていう名前で、みんな与田ちゃんって呼ぶから、ん~……いいや、好きに呼んでぇ」
「はい。ああ、うちは岩本っていいます」蓮加はぺこり、と上目遣いで会釈した。「蓮加って呼び捨てで、呼んでくれてOKです……。あの、急で何なんですけど、改めて、ヒーローとか、怪人とか、この世界の事について教えていただきたいんですけど……」
山下美月は「うん」と感じ良く微笑んだ。
「それには、この人の説明が一番手っ取り早いかな。……マスター、いるんでしょう?」
与田祐希は山下美月の見上げた天井を、同じように見上げる。蓮加も、その周辺の天井をついつい見上げていた。別にそこにマスターという存在は存在しないのであるが。
――●▲■はいよ、いるよ。うん、蓮加君、初任務完了だ、おめでとう。どうだい、無料食べ放題の気分は?■▲●――
蓮加は何もない天井にむずっとする。
「てか……、あんたアホでしょ? 怪人は黒いコートって言ったじゃん。なんか違う人撃っちゃったよ……。だし、任務終わったと思ったら、すぐ二回目の任務始まるし……」
山下美月はホットカフェラテで手を温めながら、苦笑した。
「んふ確かにっ」
与田祐希は眠たそうに干し芋を咀嚼(そしゃく)しながら、天井を見上げる。
「どこ行っとったと?」
蓮加は卑屈な顔で二人を見つめる。
「なんか夕ご飯食べるとか言ってたんだよ~、こいつ」
――●▲■うん、こいつはやめようね蓮加君。僕が現場を離れる事はこれからも度々あると思うけど、君達はもう悪を打ち砕く正義のヒーローなんだから、こう、作戦を練って戦いに臨(のぞ)むとか、まあ色々と前向きにやってごらん。それらを可能にするだけの潜在能力が君らにはあるんだから■▲●――
蓮加は天井に苛立った顔を向ける。
「ヒーロー撃っちゃったよう! 黒いコートっていうからぁ……、銃弾がマグナムだったらヤバかったよマジで?」
――●▲■存じてるよ。ちゃんと見てたからね、ご飯食べながら。彼は、うん。彼も僕の傘下のヒーローだけど、君達のチームではない。彼はフリーのヒーローで、なんというか、彼は勝手に悪を滅ぼす一匹狼のヒーローなんだ。命令がなくても動くし、命令があっても動かない時もある。ただね、彼は二度目の夢の契約者である為に、この世界の熟練者でもある。会えたら話を聞かせてもらうといいよ■▲●――
山下美月は、飲んでいたホットカフェラテを唇から下ろして、蓮加の事を一瞥した。
「マスター、この世界の事、色々と知りたいってさ。蓮加が……。教えたげて」
蓮加は無表情で宙を見上げた。与田祐希はあぐらをかいたままの体勢で、眼を瞑(つぶ)って眠ろうとしている。
――●▲■うん。まずね、蓮加君、君の能力なんだけど。君の能力は【射撃(ヒット・ザ・マーク)】。ヴァロと呼ばれる能力者だ。詳しくは、銃を具現化でき、あらゆる種類の銃弾を具現化できる。あ更に君は【超身体能力】パワーと呼ばれる能力者でもある。空の飛べないスーパーマン、てとこだね■▲●――