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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ6-1

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 くねくねと身をくねらせる小さな白い蛇をむんずと掴み上げ、ニコニコと笑う小さな杏寿郎が、きっと義勇の脳裏にも思い浮かんでいるに違いない。ムズムズと口元を震わせわずかにうつむく義勇の様子と、伊黒だって大差はなかった。マスクの下で唇を無理にも引きしめねば、吹き出しそうだ。
「あれは、ちょっとかわいそうだった」
 どっちが? と、聞くのも馬鹿らしい。鏑丸に決まっている。だって杏寿郎は、義勇に「ミミズじゃないよ、蛇だよ。噛まれちゃうかもっ。危ないよ、杏寿郎っ」と言われても、伊黒の母が縁側から「イヤッ、捨ててきて!」と叫んでも、キョトンとしていた。



 それは伊黒が六歳になった日のことだ。煉獄家で開かれた初めてのお誕生日パーティーに幼い伊黒はいつもよりちょっぴりドキドキしていた。生まれ一つ歳を重ねたことを寿がれる。そんな日があるなんて知らずにいたから、なんだか緊張もしていた気がする。
 準備が終わるまで遊んでらっしゃいとうながされるのは、いつもと変わらなかった。当然、義勇がその場にいるのも。お祝いといってもいつもと同じなんだなと思いつつ始まったかくれんぼ。最初の鬼はジャンケンに負けた義勇だった。悔しいことに伊黒はすぐに見つけられた。
 さて、杏寿郎はどこだろう。キョロキョロと庭を見回していた二人の耳に、先のセリフが聞こえてきたのだ。
 広い庭の隅に入り込んだ小さな白い子蛇を、かくれんぼしていた杏寿郎が見つけてきた。ただそれだけのことだが、伊黒にとっては大事な思い出の一つである。

 杏寿郎が怖いもの知らずなのは誰もが承知しているけれども、まさか蛇を鷲掴みにしてくるとは。しかも本人は、見たことのないめずらしいミミズだと思っていたらしい。
 ミミズと思い込んでいたならなおさら、怖いというより気持ち悪がりそうなものだ。だが、杏寿郎の博愛は生き物にも及ぶのか、まったく嫌悪の色などなかった。
 必死にもがく白蛇に腰が引けていたのはむしろ、義勇と伊黒のほうだ。そして、義勇が及び腰に後ずされば、杏寿郎が即座に反応するのは火を見るよりも明らかだ。
 即座に地面へと蛇をおろした杏寿郎から一目散に離れた蛇が向かっていったのは、なぜだか伊黒の足だった。あっと思う間もなく小さな白蛇は伊黒の足を這い登ってきた。

「小芭内!」

 叫び声とともに縁側から素足で飛び降り駆けてきた母が、蛇を払い落とそうとするより早く、小さな蛇は伊黒のシャツの内側にシュルンと入り込み、ふるふると震えていた。
 威嚇するでも伊黒に牙を立てるでもなく震える小蛇の豆粒みたいな目と、シャツのなかを覗き込んだ伊黒の目が見つめあう。蛇のキュルンとつぶらな目は、なんだかとてもいとけなく見えて、この子を守れるのはきっと俺だけなんだと、なぜだか思った。
 けれど母はいよいよ青ざめて、蛇を掴み取ろうとしてくる。蛇を見ただけで悲鳴を上げたくせに。
 言いしれぬ喜びと小蛇への庇護欲に挟まれて、どうしたらいいのかわからずにすがる目でみんなを見回した伊黒の耳に、涼やかな笑い声が聞こえてきた。

「その子は小芭内さんがとても気に入ったようですね。名前のせいでしょうか」

 杏寿郎の母であり、伊黒の伯母となった瑠火だった。
 小芭内の名付け親は瑠火だ。名前の由来のなった芭蕉には「燃える思い」という花言葉があるのだという。小さな体のうちに不遇に負けぬ強さを秘めた子だからと、少々めずらしいひびきをしたその名をくれた。
 初めてそれを告げられたときには、大仰なと、覚えたばかりの言葉が浮かんだが、大部分は照れ隠しだ。
 伊黒小芭内。それが自分の名前。自分だけの。
 槇寿郎も瑠火も、父や母となった人たちも、杏寿郎だって、小芭内と自分を呼ぶ。とてもやさしく温かな声で。誰もクズだのバカだのと呼んだりしない。それだけでもうれしくてたまらなかったけれど、その名はとても特別に思えた。
 書道家でもある瑠火がしたためた命名書は、伊黒家のリビングに家族写真とともに飾られ、見るたび伊黒の胸はキュッと甘く締めつけられる。

「姉さま……」
「小芭内さんの名前には、蛇がいますから。草冠の下の巴は蛇の象形です。お友達だと思われたのかもしれませんよ?」

 騒動を聞きつけて集まってきた大人たちはみな、瑠火を除き少し戸惑った顔をしていた。瑠火と同じように笑ったのは義勇だけだ。
「じゃあ、俺もお友達になるっ。小芭内とおんなじなら、蛇さんもう怖くないもん」
 義勇が笑って言えば、キョトンとしていた杏寿郎だって笑顔になるのは、当然の成り行きだ。
「おれも! へびしゃんもいっちょにあしょぼう!」
 笑顔で小芭内のシャツのなかを覗き込もうとする杏寿郎と義勇に、一番戸惑っていたのは、伊黒だったかもしれない。
 この子と一緒にいたい。そんなことを言えば、きっと母は困るだろう。だってあんなに怖がっていた。無邪気に笑う杏寿郎と義勇が、ちょっとばかり恨めしい。
 どうしよう。泣き出しそうになりつつ、恐る恐る見上げた母の顔にいつものやさしい笑みはなく、なんだか怒っているようにも見えた。ビクリと首をすくませごめんなさいと口にするより早く、母が震える声で言った言葉に、伊黒は目を見開いた。

「そ、それなら、名前をつけてあげなくてはいけませんね。小芭内の、お、お友達っ、なんですからっ」

 顔はまだ青ざめて、手も足も震えているのに、母は「お、お母さんにも見せて?」と、伊黒に笑いかけてきさえする。
「……いいんですか?」
 伊黒の声も震えていた。信じられなかった。たとえ法的には家族になったとはいえ、伊黒は傍《はた》から見れば厄介な子供だ。他人の目の奥にある厭わしさを、伊黒は理解している。
 いつまでたっても食は細く、成長も著しく遅い。語彙はぐんぐんと増えたが、まず口にするのはいまだにごめんなさいだ。駄目だと自分でも言い聞かせるのだが、部屋の隅で膝を抱えてしまう癖もなかなか抜けそうにない。というよりも、そうしていると少しだけ安心するのだ。じっとこうしていれば叱られない。少なくとも、殴られることは減る。そう無意識に思ってしまう。
 父や母はとてもやさしいのに、それでもどうしたって怯えてしまう自分が、申し訳なかった。こんな厄介な存在は、いつかこのやさしい人たちにも厭われるだろう。父や母の役目を降りると言われても、自分には拒否することなどできやしない。当然だ。だって自分は本当の子供でもなく、仮初《かりそめ》に子供の役を振られただけに違いないのだから。
 今もやっぱり怯えが勝って、母の顔を見ていられずにうつむいた伊黒は、すぐにまたパッと顔をあげた。
「血! お母さん、血が出てる!」
 尖った石でもあったのだろうか。素足で飛び出してきた母のつま先に、血が滲んでいた。
 うろたえて泣き出しそうになった伊黒は、やっぱりごめんなさいとは言えなかった。華奢な腕が信じられないぐらい強い力で、ギュッと抱きしめてきたので。

 きっとあの日、あの瞬間に、伊黒は本当の意味で家族を得たのだ。お母さんと、その人を迷いなく呼び、強く抱きしめられたそのときに。