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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ6-1

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「借りた本の期限くらい把握してなくてどうする。その本を次に借りるつもりの人がいたら迷惑になるとは思わないのか。覚えていられないお粗末な記憶力なら予定はすべてカレンダーにでも書いておけ。だいたい一番の問題はそこじゃない。杏寿郎と別行動になるならなるで、なぜ誰にも告げず一人で行動しようとするのかと聞いているんだ。まぁ貴様の考えなど嫌でもわかるがね。どうせ貴様のことだ、杏寿郎を誘おうと電話したものの伯父上がぎっくり腰だと言われ、お大事にしか言わなかったんだろう。あとでお見舞いに行くとかなんとかごまかして、杏寿郎には図書館に行くことを告げていないに決まっている。だったら不死川なり宇髄なりに連絡すればいいものを、迷惑かけるわけにはだのなんだのといらん遠慮をしたんだろうが。くだらん、本当にくだらん。図書館ぐらい一人で行けると言うなら、それこそ、宇髄たちだってつきあうぐらいなんでもないと快諾するに決まっている。貴様の遠慮はかえって迷惑だとなぜわからない。貴様の脳みそに学習能力は備わってないのかね。いい加減、自己卑下はやめろと何度言わせる気だ」
 ネチネチと説教され落ち込むかと思いきや、義勇は、ふにゃっと蕩けるような笑みを見せた。
「伊黒はやさしいな」
「は? おい、ふざけるな」
 イラッとねめつける伊黒に、義勇は心外と言わんばかりの顔で、ブンブンと首を振っている。
 これだから、本当にコイツは苦手なんだ。ごまかしやごますりなら、くだらん奴だと切り捨てられるものを、本心で言っているから始末が悪い。
 伊黒は少しそっぽを向き、それこそ我ながらごまかしが見え見えだと自嘲しつつも、フゥッとマスクの下でため息をついてみせた。

「もういい。くだらん言い合いで時間を無駄にする趣味はない。行くぞ」

 ホッと頬をゆるめてうなずく義勇と、肩を並べて歩く。
 日差しはまだまだ暑く、けれども吹く風は秋の気配を漂わせている。街路樹の葉はまだ緑が濃いけれども、せっかちに色づいた黄色や赤の葉が風に舞い落ちるたび、義勇の顔にはほのかな笑みが浮かんでいた。
 一人でいるときにはたやすく笑みを見せるなと、杏寿郎が口酸っぱく言い聞かせていたはずだが、これだ。誰にともなく浮かべた笑みの理由など伊黒には筒抜けだが、思い込みの激しい第三者がどこで見ているともかぎらない。だというのに、ふにゃふにゃ微笑むとは、危機意識がなさすぎだ。
「……人前で笑うのはやめたんじゃないのかね」
「伊黒が一緒だ」
 だから『一人でいるときは』という前置きのある約束を破ってはいないと言いたいのだろう。
 なかなか慣れぬくせに、なつけばたちまちゴロゴロと喉を鳴らし、手に頭をこすりつけてくる猫みたいだ。知らず識らずそんなことを思い、うっかり頭を撫でそうになった自分に気づいた伊黒は、ハッと目を見開いた。

 危なかった。これだから本当にコイツは嫌だ。冨岡義勇恐るべし。

 人見知りなくせに、ひとたび受け入れてしまえば掛け値なしに気を許す義勇の気質は、微笑ましくも、やはりどこかしら危なっかしい。伊黒ほど人を警戒しろとは言わないが、もう少し用心しろと言いたいところだ。
 流されやすいタチなのも同じことだ。人の都合ばかりを優先しがちな義勇の性格は、伊黒にとっては少し腹立たしい。
 悪意と欲に満ちた卑劣な暴力にさらされかけるという、トラウマになりそうな経験をしたというのに、平然と笑っていられる義勇の神経が信じられなくもあった。ただそれは、杏寿郎への信頼あってこそと言えなくもない。
 伊黒のSOSに杏寿郎が即座に駆けつけなければ、どうなっていたことか。最悪の事態にならなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。伊黒一人で七人も相手に立ち回るのは、さすがに無理だ。最悪の結果を想像しただけで、伊黒は、おぞましさと罪悪感に吐きそうになる。

 忘れてしまいたいと願うのに、伊黒の記憶からどうしても薄れてくれないあれは、梅雨も終わり間際だった。街には七夕の竹飾りが揺れ、当日は晴れますようにと空を見上げる時期のことだ。
 かたわらを歩く義勇の、なんの憂いも見えぬ顔を横目で見上げ、伊黒はマスクの下で唇を噛む。
 あの日も伊黒は、図書館への道を歩いていた。

 期末テストの最終日ということもあり、放課後とはいえ、まだ日暮れは遠かった。
 不死川は弟妹の誰やらが夏風邪を引いたとかですぐに帰宅し、杏寿郎は、たしか……そうだ、七夕の竹を取りに行くと笑っていた。
 伯父の知人が所有する竹林に竹を貰いに行くのは毎年恒例だけれど、例年ならば杏寿郎は、義勇や伊黒も一緒にと誘う。なのに今年にかぎって杏寿郎は、今年は一人で行ってくると宣言した。一番キレイで丈夫そうなのをとってくるから、義勇は楽しみに待っててくれと笑う顔は、真っ赤に染まっていた。
 義勇がそのときどんな顔をしたのか、伊黒はあんまり覚えていない。七夕に晴れることをやたらと願っていた杏寿郎の赤く染まった幼い笑顔は、不思議とよく覚えているのだけれど。
 ともあれ、その日の放課後の行動は、いつものメンツの全員が単独行動となったわけだ。

 久しぶりにあの図書館に行ってみようか。伊黒がふと思いたったのは、偶然か、必然か。いずれにせよ、伊黒があの図書館へと向かう気になっていなければ、事態はもっと悲惨なものになっていたはずだ。それだけは、伊黒は神とやらに感謝してやってもいいと思っている。運命だなんて、口が裂けても言わないけれど。