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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ6-1

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 口を押さえられ連れ拐われていく義勇に、伊黒がとった行動はと言えば、走りながらスマホを取り出し杏寿郎に電話をかけるというものだった。
 あのときの自分の行為が正しかったのか、伊黒にはいまだわからない。真っ先に杏寿郎に義勇が拐われたと電話したのは、最善だったか、否か。
 結果として義勇は無事だったし、杏寿郎だってお咎めはない。けれども、どこかでなにかを間違えた気がしてしかたがなかった。


 男たちが向かったのは、図書館から少し行った場所にある廃工場の倉庫だった。大きめの物置程度のシロモノだが完全に放置されているらしい。機械が残されている工場と違い倉庫の鍵はいかにもチャチで、素行不良な中高生が入り込み、たまり場になっている。
 動転する杏寿郎がすぐ行くと怒鳴る声に、図書館の先の町工場と告げれば、すぐに電話は切れた。杏寿郎がどこにいるのか問う間もない。
 倉庫の入り口は当然閉ざされていた。迂闊に開ければ自分も捕まるのは自明の理だ。自衛グッズも大人数相手ではそこまで役には立たない。そうなれば奴らは、義勇への脅迫材料に伊黒を使うだろう。コイツを痛めつけられたくなければおとなしくしろってなものだ。馬鹿の考えることなど理解したくもないが、たやすく想像はつく。
『冨岡、拉致。町外れの廃工場倉庫。相手七人』
 メッセージアプリに打ち込んだ情報は簡潔だ。宇髄と不死川ならそれだけですぐ駆けつけるだろう。
 窓から覗いてみようと回り込んでみたが、ガラスはすべて汚れきりなかの様子はよくわからなかった。録画するのは難しいだろう。だがゲラゲラと笑う声は大きく、音声なら充分証拠を抑えることは可能だ。
 そのときは、それが最善だと伊黒は思った。けれど伊黒は自覚もしている。
 馬鹿どもの下衆で知性の欠片もない言葉に吐き気がしそうなほどの怒りを覚えながらも、震える手で録音し続けたのは、それしかできなかったからだ。

『泣くんじゃないよっ、クソガキ! 薄気味悪い目ぇしやがって……こっち見んな馬鹿!』
『はぁ? お腹へったぁ? アンタみたいな気持ち悪いガキに、食わせる飯なんかあるわけないでしょ!』
『勝手に食べやがってこのクズが! そんなに意地汚い口なら、それらしくしてやるよ!』

 頭のなかでグルグルとひびきまわる声に、ギュッと目をつぶる。それでも怒りに醜く歪んだ女の顔と、ギラリと光ったハサミは、瞼の裏から消えそうにない。
 消えろ。消えろ。消えろ! もうおまえなんかに負けない。おまえなんか消えろ! 女の声を必死に打ち消しても、マスクの下がひどく痛む。ガンガンと頭痛がする。吐きそうだ。
 身勝手な暴力は、反吐が出る。理不尽な言い分には、身震いするほど腹が立つ。けれども体は勝手に震えて、動けなくなる。だからこそよけいに、徹底的に反撃するようになった。
 動かなければ。冨岡がどんな目に遭うのか、聞こえてくる馬鹿の声から想像なんて簡単にできる。いま助けられるのは、自分だけだ。
 どうやって? 自衛グッズだけじゃ、七人もを相手にはできない。義勇が動けたとして、その前に自分が捕まったら、もっと最悪な結果になりかねない。伊黒の思考は堂々巡りを繰り返す。
 
 早く来い。早く。早く! いつのまにか、伊黒はただそれだけを必死に祈っていた。

 祈りに答えるように突然、空気を切り裂き金属音がガァンとひびきわたった。ビクリと飛び上がりつつも、伊黒が感じたのは安堵だ。宇髄か、それとも不死川か。いずれにしても彼らを敵に回す度胸など、愚劣な奴らには欠片もない。これで終わりだ。
 いっそ泣きたいぐらいにホッとし、一目散に入り口に向かおうとした伊黒の耳に飛び込んできたのは、けれども思い描いた二人の声ではなかった。
「杏寿郎!」
 驚愕以上に悲痛な色をまとった叫び声は、怒号にかき消された。
 最初に伊黒が浮かべた言葉は、まさか、だ。竹林は遠い。早すぎる。伯父が一緒なのか? 竹を取りに行くときはいつも、伯父の車でだ。
 助かったと、思った。自分のときと同じだ。槇寿郎なら、助けてくれる。機動隊員である槇寿郎ならば、義勇が陥った事態だって外部に秘匿しうまくおさめてくれるに違いない。
 信頼と安堵は、けれどもすぐさま不安に取って代わられた。だから伊黒は動けない。走り出そうとしていた足は意のままにならずブルブル震える。行け、行かなければ、どれだけ念じても震える体、動かぬ足。なにも……なにもできない。
 聞こえてくるのは、奴らの怒号。物が壊れる音。それから、義勇の悲痛な呼びかけ。杏寿郎。その名しか義勇は呼ばない。
 伊黒が動けずにいるうちに、怒号はやがて悲鳴に変わった。それでもなお、杏寿郎の声は、一度も聞こえてこない。

「杏寿郎! よせ! もうやめろ!」

 義勇の叫び声に伊黒は血がにじむほど強く唇を噛みしめた。今動かなければ、自分を心の底から嫌うことになる。憎むことになる。非力な自分になにができるかなんてわからない。自衛グッズだって役に立たないかもしれない。それでも。
 渾身の勇気を振り絞り必死に一歩踏み出せば、あとはもう転げるように走った。入り口まできっと一分とかかっていないだろう。けれど入り口が見えたとき、伊黒はまるでフルマラソンを走り終えたかのように肩で息をするありさまだった。
 中を覗き見るより早く、背後でガシャンと派手な音がした。飛び上がらんばかりに振り返れば、倒れた自転車もそのままに宇髄が駆け寄ってくる。ふと思い出したのは、幼い日に自分を救い出してくれた金色。揺れて光る宇髄の銀の髪は、あの日の金色のきらめきと同じくらい鮮やかで、伊黒は泣き出したくなるほど安堵した。
 けれど。

 ホコリの舞う倉庫に飛び込んだ伊黒と宇髄が目にしたものは、青ざめきって震える義勇の横顔だ。はだけたシャツや、外されて垂れ下がったままのベルトを見れば、どんな目に遭いかけたのか一目瞭然だ。あのありさまを見れば、誰だってまず義勇を案じて当然だろう。
 けれども、伊黒と宇髄が心配したのは、むしろ杏寿郎の様子にだった。