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Without strength

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 「!ゴ……ォ、ア……? 」
 他の虚に喰い潰されかけて退散したものの、逃げた先でまたアジューカス級に襲われた僕は、今度こそ静かな終わりを覚悟した。
 その時、何かが一閃ひらめいて、アジューカスは目の前で四散する。事態が飲み込めずに突っ伏したままの僕を見下して、彼は……ノイトラは、苛立ったように言った。
 「ウゼェんだよ、雑魚。んな邪魔クセェとこに転がって斬り殺されてェのか? さっさと失せろカス」
 はじめ怒られているのかと戸惑ったけれど、不思議と相手に対する恐怖や不快感は無かった。寧ろ、眩しいモノを視認してしまった時のように、胸が急いて目がちかちかしたくらいだ。

 僕が憧れたのはあのノイトラだ。あの目を瞑りたくなるような眩しい背中だ。だからこそ好きでもない戦いに身を投じて、どうにか破面にまで成長したのだ。

 『どうしてそうまでして戦いたがるの? 貴方がまるで解らないわ。さしたる理由も無い癖に』
 どちらかと言えば、僕はネリエル様の方に勝ってほしかったのかもしれない。従属官(フラシオン)になってからそんな不敬な考えを起こしたことは、ただの一度とて有りはしなかったが。
 闇雲に剣を交えて己を死に近づけるノイトラを見るのは、辛かった。「そんな無益な真似をせずとも、君は充分強いし生きていける」と、そう言いたかった。君は本当は優しいはずだ、と。
 けれど、ノイトラにとって僕は“救いようの無ェカス”と大した差異のない、取るに足らない弱者だ。戦いを厭って逃げ回るのも、敵に情けをかけて同胞の命を慈しむのも、どちらもノイトラにしてみれば吐き気を催す程不愉快な振る舞いでしかない。
 __そう、僕は彼に嫌われることが、見放されることが何よりも怖かったのだ。あの砂塗れになった仮面みたく、彼から存在を否定されることを恐れていたのだ。
 十刃に匹敵する強さも、ノイトラと離別して生きていくことも、それに耐える覚悟も、僕は何一つ持っていやしなかった。
 二つに一つしか道は選べない。彼と「対等」になるか、それとも__。

 暗い闇夜の中をぼんやりと進んでいると、ドン、と肩に何かが軽くぶっつかった。脇に避けてそのまま去ろうとしたものの、相手は虫の居所でも悪いのか口汚く言いがかりをつける。
 「痛ぇな、あ゛あ!? 何ボサッと歩いてんだウスノロが!」
 返事をする気にもならなかったので、ただじっと抗議の目を向けた。この頃には既に、僕もノイトラ以外の対象への興味関心を著しく損なっていた。
 「何だよ、反抗的な目しやがって……!よっぽどキツくぶん殴られたいらしいな、えぇ? 」
 ジリジリと間合いを詰めてくる男は、同じ破面で強さも凡そ変わらないように見える。以前の僕であれば無理に戦おうとはしなかっただろう。だが。
 (同じ破面、か……)
 「……“打ち伏せろ”」
「は? 何つったよ? 声が小さくて聞こえねえなあ!」
 この日僕は選んだのだ。情けない臆病者の、意地汚くみすぼらしい、あまりに恥ずかしい生き方を。
 (……試してみるか)
 「牙鎧士(ベルーガ)」


 くらくらと揺れる視界の端に見慣れた姿を収めた時、僕が最初に感じたのは喜びとも誇らしさとも程遠い、後ろめたさだった。
 「ノ……イト、ラ」
 掠れた声で何とか彼の名前を絞り出す。いつも通り鬱陶しそうに振り返ったノイトラは、僕を見咎めるとすっと手を差し出した。
 「立てるか? 」
「、ぁ……」
 ああ、と答えようと腕を伸ばした刹那、腹部に息が止まる程の衝撃を覚える。「ガッ……!? 」と呻いて、気づけば僕は十数メートル以上弾き飛ばされていた。
 「何て言ってやる程オレは偽善者じゃねェんだよ残念だったなバカが!そうやって惨めったらしく転がってりゃよしよし可愛がってもらえると思ったか? んな訳無ェだろうが!テメェみてェな甘ちゃんはこの世界に何人も居やしねェんだ、解るか? 」
 分かっている、分かっているんだ、ノイトラ。僕は君にベタベタした友愛なんて期待していない。だって僕では隣どころか、君の歩幅に追いつけそうもない。
 「分かって……る、」
「……あ? 」
 僕はゆっくりと立ち上がった。口の中を粘ついた血の味が満たして気持ち悪い。手の甲でぐっと唇を拭った。
 「違うんだ、ノイトラ……いや。ノイトラ、様」
 もう後戻りは出来ない。するつもりもなかった。傍らに転がったままの破面を石でも退かすように足先で転がして、僕はノイトラに向かって片膝をつく。
 「これは僕なりのけじめのつもり……です。どうか、ノイトラ様の……貴方の従属官に、僕をお使いください」
 一か八か、の心境だった。紙一重の勝利だったし、十刃落ちですらないただの破面一人に勝ったくらいで、何がけじめだと罵られるんじゃないかと不安だった。
 だが、意外なことにノイトラが僕に寄越した返答はイエスでもノーでもない、簡単に言えば“黙認”だったのである。根負け、そういう理由なのだろうけれど。
 「チッ。どうでも良いからさっさとテメェで歩け。肩なんざ貸してやる気は毛頭無ェからな、テスラ」
「……!は、はい!ノイトラ様」
 今度は高揚に胸が急く。耳どころか身体中が火照って仕方なかった。追いかけて良いんだ、側に居ても良いんだ。
 それからは何を斬って捨てることも、悲しくなくなった。ノイトラ様に嫌われさえしなければ、何を敵に回したって良いとさえ思った。
 __まだ大丈夫だ、自分はまだ、彼に捨てられていない__
作品名:Without strength 作家名:月辺流琉