ドリーム・キャッスル
もうそら驚いてたね。正確に言うと、親に1000万あげた。もうね、親は予想外にすっごい喜んでくれたね。「もう親孝行してもらっちゃったよ」なんて言ってた。なんか親の喜ぶそういう一面を見れてよかったよ。
美波も自分の姉にお小遣いをあげて、それから親に1000万の残りをプレゼントしたみたい。
残るのはそ3000万円だった。正確に言うとそこからタクシー代と宴の代金が5万円分ほど引かれてます。
僕たちはその分配方法を考えた。まあ、普通に考えれば「半分こ」。それが一番当たり前だと思う。もちろんその案も出たよ。でも、美波がこんなことを言ったの。
「私ね、理想のお城に住むのが夢だったの」美波は胸の前で両手を合わせる。「小さい頃からね、素敵な家に住むのが夢だったの」
「家かぁ~……」僕は苦笑する。「でも、家はちょっと無理なんじゃない? だって、ここから、2000万円は引かれるわけでしょう?」
「マンションなの……」美波はソファーから立ち上がった。そのままリビングをゆっくりと歩く。「今の私がその夢を語るとぉ……、超おしゃれなマンションにぃ~……、おしゃれな家具、ちょっとリッチなおしゃれな生活……」
「ああ~、なるほどね」僕はテーブルの上の札束を見た。横には食い散らかしたピザの箱。飲みかけのコーラ。食べきれなかったチキンナゲット。僕はすぐにこの大金が消えてしまうような気がした。「でも、マンションってやっぱ高いんじゃないの?」
「高い……」
「でしょ?」
「だから、安い普通のマンションを借りて、内装工事をするの……」美波はキッチンにあるテーブルで足を止めた。そしてそのままそこにあった椅子に座る。「それで、オシャレな家具をい~っぱい買うの」
「借りたところを、勝手に工事なんかしちゃっていいの?」僕はきく。面白い発想だとは思った。
「うん。ここだって、前の人が内装工事したまんまなんだよ」美波は横向きに座り直して、こっちを見る。「三階と、四階のここを見せてもらって、三階は普通だったけど、ここはもうこうなってたの」
「不動産屋さんがそう言ったの?」
「うん。私が見学に来た時、ここの管理人さんも一緒にいて、管理人さんが教えてくれた」
夢のお城。この話から、僕たちはすぐに2人暮らしの案を導いた。
「窮屈にならないかな?」僕はこう言ったけど、実は、2人暮らしという響きでは少し憧れがあった。「え~? だっていつも一緒なんでしょう?」
「意外と楽しそうじゃない?」
はっきり言って、楽しそうだと思った。僕たちはその方向で話を展開していく。まあ、最初は適当だからね。そういう使い方もあるよなーって感じ。
「改装する必要はあるの?」
「ある。壁の色とか変えたいもん」
僕たちの目の前には5000万円があるからね、そういう会話が始まったら、もうハイテンション。すっごく楽しいの。
「例えば、ここに化粧棚。あの、私が考えてる想像ではもうすごい素敵なの!」美波はルンルン気分で語り始めた。「こう…鏡があってぇ…、その周りに照明があるのね? その光はすっごい強い白なの」
「どんな化粧棚なの?」僕は思わずきく。
「真っ白なの……」
「真っ白って、それ光のことでしょう?」
「そう、化粧棚の照明が真っ白に光ってるの」美波はもうあっちの世界に入っている。まあ、いつもの超女子力の時間だ。「んで~、ソファーは網目の細かい黒とベージュのチェック」
僕たちの計画はそんな感じに始まったのだった。
4
後日、僕たちは同時にバイトを辞めた。半年くらいは何もしないで合流しようと決めていたのだ。
「お待たせ~」銀座の駅で待ち合わせ。美波は時間通りにやってきた。
「親が泣いて喜んだわよ」僕たちは歩き始めた。
その日僕たちが向かったのは不動産屋。雑誌であらかじめ見つけておいた物件をおさえに行ったのだ。
僕たちが抑えた物件は2つ。1つは高田馬場のマンション。そこは2LDKのベランダ付きで、7階の一番端の部屋。もう一つは山手で隣の大崎のマンション。DKのベランダ付き。7階の一番端だった。両方とも7階でしかもその部屋が階の一番端っこなのは全くの偶然だった。
内装は、部屋の形だけなら大﨑。広さがあるのは高田馬場だった。僕たちは不動産屋さん案内のもと、その両方の部屋を見に行った。
最初に向かったのは高田馬場。
「景色がいまいちだけど……、実際に見ると結構広くていいね」
美波は最初からここを推していただけあって、その口から出てくる感想は褒め言葉ばかりだった。
「そうね、なかなか理想的かも……」
駅までの距離も徒歩で12分とまあまあだし、近くに大きな道路もない。コンビニは近いところで5分くらい、格安の物件にしては条件が最高に感じた。
時間をかけてじっくりと見ても変わらないから、僕たちは早々に次の物件へと移る。
次は大崎のマンションだ。
「ほらほら~、広さなんてあんまり変わんないでしょう?」
ここは僕の一推し物件。とにかく室内の形がいちいちかっこいいの。
「カ~ッコイイ~~」
美波も一目でここを気に入った。ここに来た瞬間に僕はここに決定していたぐらい。この大崎のマンションはオシャレだった。
壁に突き出で柱がかっこいい。部屋の形が四角だけじゃなく、丸みがかったリビングが超オシャレ。駅までの距離はどこで30分ちょっとあるけど、近くに大きな道路もなく、歩いて2分の場所にコンビニ。大きなスーパーやデパートも近くにあると不動産屋さんが教えてくれた。
「ここに決めます」僕は一通りの説明を受け終わると、すぐにそう言って頷く。
「ちょっと、1人で決めないでよ」でも美波はご機嫌斜めな顔でこう言う。「私がまだ決定してない」
「え? 美波は向こうの方がいいの?」僕が聞く。不動産屋さんもまともにかけていた商談に真剣な顔で美波を見る。
「おほん……」不動産屋さんに微笑んで美波。「ここに決めます」
何だそりゃ? って感じで一応お城のベースは決定した。契約は店に戻ってそのまま。保証人にはお互いの親を立てた。職場内で契約金を支払ったんだけど、やっぱり私たちの考えていたのよりも少し出費が大きかった。見落としがないように2人で計算したつもりだったけど、こういう時の意味不明な加算金はすごく怪しく感じる。間違いはないんだろうけど、やっぱり初めに電話で聞いていた額よりも不明な加算金があるような気がした。
敷金礼金に保険や保証。それに付け加えて僕たちは2年分の家賃を先に前払いした。毎月銀行に振り込むのが面倒だと言ってこうする客もたまにいるらしい。
2年先までの全てを精算した金額は細かいのを抜いて344万円だった。
すんなりと後ろを決定した私たちはその日の午後、塗装をお願いする会社に電話してみた。
会社側の答えは明日の午後までにサンプルの壁紙を持って美波のマンションに来るというものだった。
7日後に新しいお城に入居できることになっているから、その他の段取りもそれ中に終わらせなければいけない。別にそんなに急ぐ必要もないんだけど、僕たちは誰に急かされるわけでもなく、パッパと引っ越しの下準備を始めた。
作品名:ドリーム・キャッスル 作家名:タンポポ