ドリーム・キャッスル
夜までの時間はできる限りの家具屋を歩き回った。その日僕たちがゲットした家具は、シングルのベッドを2つと、美波念願の黒とベージュのチェックのソファ。美波の想像通りの品物があった時は2人で跳ねて喜んだ。
僕が選んだベッドもシンプルで大人チック。ベッドの枕元に3種類のライトがついていて、ベッドのスプリングの下に、そのまま収納できる木製の柵が足元と前の方についていた。その柵のかっこいいデザインにひかれて私は即買い。値段は34万円。ちょっと高いけど、見た目はもっと高い。早くあのベッドで寝てみたい。
美波が選んだベッドはすごい。前の方のスプリングが後ろの方のスプリングよりも高くなってるの。そのまま見たら寝る時に肩が凝りそうなんだけど、横になるとちゃんと平らになるの。前の方のスプリングだけが後ろのスプリングよりも柔らかくなっている分、厚みを作っていたわけ。僕も横になってみたけど、間食としては雲の上に寝てるみたいだった。見た目は黒で統一されたシンプルなベッドだけど、内容勝負のそれはやっぱり値段もしっかりとした30万円だった。
例のチェックのソファは20万円。これは確かに可愛いけど、私には少し高く感じた。セットで同じ柄の大きなクッションが4つ付いていたから、それの値段も含めてなんだと思う。そのクッションだけでも充分高級そうだったから。
その日購入した家具はそんな感じ。それは全部バラバラの店で買ったものだけど、10日後にまとめてお城の方に宅配してもらうことになった。
「88万2000円」電車の中で初めて、美波がその金額に触れた。「夢みたいな買い物だよね」
「本当だよう」僕も同感だった。普通ならありえない。これじゃあ富豪か芸能人。「普通20万以内だよね? しかも奮発してさ」
僕たちは美波の駅に到着。そのまま駅前の回転寿司に入った。僕は今日から美波のマンションに泊まる。毎日動かなきゃいけないから、それが一番の方法だった。
「なんたら食べられるか勝負する?」美波が言った。普段僕たちは絶対こんなことを言わないんだけど、急に懐が熱くなると、やっぱり基本的な行動や時間の中にも多少の変化が現れてくるみたい。
「受けてたとうじゃないか!」僕は口に放り込んだマグロを熱々のお茶で流し込んだ。「すいません、甘エビ」
そのくだらない勝負の間にも、僕たちの話題は変わらない。
「冷蔵庫が問題だと思わない?」美波よりも2皿ほど差をつけて僕が言う。「すいません、穴子」
「私は穴子といくら」美波も負けじと注文する。「冷蔵庫は絶対アンティークだよね?」
「いや、あなたがいいなら、僕は最新式が欲しいわよ」
「ダメ、冷蔵庫は絶対アンティーク」
美波はこれ一点張りだった。そんな感じの冷蔵庫ってありますか? って、デパートの電気製品担当の人に聞いてみたんだけど「ああ、それは骨董品を扱っているお店か、リサイクルショップにあるよ」と言われた。真新しいお城に古い冷蔵庫。これには少し抵抗があったけど、その後の店員さんの話でそれが少し和らいだ。「若い人で、たまにそれを探しに来るお客さんがいらっしゃいますよ」アンティークの冷蔵庫はやっぱり人気があるらしい。その人気の正体は絶対的なその見た目。性能は保証付きで日本製品の方が全然上だって言ってた。
「いくらくらいするのかな?」僕はそれをきく。普通なら一番最初に確認することだ。「うちらはあとどれくらい家具にお金を使えるの?」
「わかんない」美波は目の前の寿司に夢中で無責任な返事をする。「けど、冷蔵庫は100万円以上するって友達が言ってた」
「ええ? 100万もするの?」正直びっくりした。基本的な金銭感覚は麻痺しないらしい。「中トロ」とりあえず注文。
「知らなかった? 大トロ」美波も注文。お互いにこれで最後にするかどうかの満腹感だ。「アンティークの冷蔵庫は高いのよ?」
「高すぎない? だってテレビも大画面買うでしょう? それだけでも何百万よ?」
「計算では、たぶん全然余るもん。大丈夫だよ……」
大食い勝負は美波の勝ち。帰りに立ち寄ったスーパーの買い物袋は僕が持つことになった。
5
始まったばかりの下準備。これからまだまだ用意するものがいっぱいある。今日は壁の色決め。
今、僕たちの目の前に業者の人が来てるんだけど、僕はここでささやかな抵抗をしてみようと思う。
壁が赤いなんてあり得ないからだ――。
「ふ~ん、こういう赤も有りかもね~……」カタログファイルの主導権は美波が握っている。「模様ものもいいかもね」
「うん……、あ、これなんか綺麗じゃない?」僕はいつそれを言い出そうかとタイミングを待つ。
初めは塗装ということになっていたんだけど、塗装よりも物持ちが良くて、健康面にも安全な壁紙を業者側は推薦してくれた。そのおかげで「赤にしてください」の恐ろしい一言は封印され、代わりに多くのカタログから気に入った壁紙を選ぶことになった。
でも、美波のリアクションは明らかに赤以外のものに対してが、軽い。赤の柄の部分でしか本来の反応が見られない。これはかなりヤバいと思う。
「ああ、ブルーの壁ってのも綺麗じゃん」
「いや、なんか寒くない? 寒い感じがするんだけど」美波は人の気も知らないで苦笑。「水族館みたい」
やっぱり赤がいいみたい。どうして赤なんだろう。
「上品なワインレッドってありますか?」美波は業者の人にきく。「一応柄はない方が……、ベストなんですけど」
「ワインレッド……、ですね」業者さんは自分の抱えていたファイルを開いた。「少々、お待ちくださいね……。柄なしで?」
「はい。…柄なし」
僕はただ見守っていた。
「こんな感じになりますけども……」
業者さんが僕たちに見せたのはサンプルの四角じゃなくて、ワンルームをまるまる写したた写真だった。これが、見てみると意外にも格好良くて、何て言うか、ちょっと困った。
「ああ、はい。こんな感じです」美波は即答。
「こんな感じで、はぃ」
業者さんはもう最後のハイ、の部分の音声を消して、分かりました、の態勢に入っている。僕はとうとう土壇場(どたんば)で最後の抵抗を試みた。
「待って、赤だよ?」僕は言う。「血の色よ?」
「うん…、なんで?」美波は知ってるくせに僕の気持ちを確かめる。しかも真顔で。「やだ?」
「この前デヴィ夫人の部屋をテレビでやってたのね?」僕は最終兵器を出す。「デヴィ夫人の部屋でさえも赤くなかったぞ?」
「ふ~ん」美波はこんな感じ。でも手応えは充分あった。「え、理々杏はこの壁紙じゃやだ?」
この会話は途絶えで5分間ぐらい続いたんだけどね、その時の業者さんの顔を見てみたいよ。内容が平行線をたどっていただけに、多分苦笑してたと思う。
結局、説得されたのは僕だった。
「これでお願いします」
「はい、かしこまりました」業者さんは笑顔で受け答え。やっと終わったかって感じだったと思う。「じゃあ、今日中にこちらで査定しますので、向こう側の業者と様子を見まして、1週間後には全てが終了していると思います」
「あ、はい。あの、なるべく早めにお願いします」
「かしこまりました」
「赤かぁ~……」
「じゃ、失礼します」
「どうも、お願いします」
作品名:ドリーム・キャッスル 作家名:タンポポ